ドアを開けると赤司様がいました 83

「光樹は教えるのは上手だよ」
 そんなの、赤司の方が上手い――最初は、赤司が他人に教えることが出来るのかねぇって思ってたけど、カントクと桃井サンの料理の腕を上げたのは間違いなく赤司だ。
「光樹はね、料理もとっても上手なんだ」
「へぇー。食べてみたいです」
「そんな……まだ食べてもらう程の腕前はないよ」
「そうだ。皆に焼き飯ご馳走してあげたら」
「いいの?!」
 そう言った子供達の目がきらきらきらきら。
「うん。でも、まず買い物に行かなきゃね。皆、お手伝いしてくれるかな?」
「やるー!」
 上手いもんだな。赤司。――あっという間に子供達をのせちゃった。
「よぉっ、降旗。何だ、赤司もいたのか」
 この声は――。いつでも試合では頼りになっていた、センターの男。男らしくて優しい、鉄心……いや、鉄心と呼ばれるのは嫌ってたな。木吉センパイ――木吉鉄平は。
「わぁっ、木吉さんだー」
「いつこっちに帰って来てたの?」
 流石木吉センパイ。子供達を手懐けるのも上手い。大柄だし、温かいし、優しいし……オレも子供だったら、木吉センパイに憧れていただろう。いや、今だって……。
「木吉センパイ!」
 オレは思わず木吉センパイに抱き着いてしまった。赤司の突き刺さるような視線も気にならない。――木吉センパイ、日本に帰って来てたんだ。清潔な、石鹸の匂いがする。黒飴の甘い匂いもちょっとする。
「降旗サンは木吉サンの後輩なの?」
 南野クンが代表した形で訊いて来た。
「うん、そう。降旗はオレのひとつ下で誠凛に入って来たんだ」
「ていうか、南野クンと木吉センパイって、知り合いだったんだね?」
 オレが訊く。
「……去年の夏に日本に帰って来た時、この子達がいてね。一週間しかいれらなかったけど、凄く楽しかったんだ」
 何だ。木吉センパイ……帰って来てたなら声をかけてくれたって……。変なところで水臭いんだから。もう。
 いや、帰って来たよってメールがあったけど、あの頃はオレ達はオレ達でそれどころじゃなかったんだ。木吉センパイは誠凛に来なかったらしい。そういえば、朝日奈が『木吉サン、来なかった』って愚痴ってたっけ。何で来なかったんだろう。
「木吉センパイ、その時何で誠凛に行かなかったんですか?」
「んー、いろいろ理由はあるけどね……オレの決心がつかなかったから。それにもう、誠凛は新しい時代に入ってると思ってね……オレ達の時代は終わったんだと」
 ――何と寂しいことを……でも、そこまで考えてくれてるなんて……流石誠凛バスケ部の創始者。今は誠凛にも女バスが出来ている。男バスや――木吉センパイのおかげだ。
 それに……オレも、何となく木吉センパイの気持ち、わかるような気がする。
「木吉センパイ……オレ達ともプレイしてください」
「ん、いいよ。――そういや、オレのじいさんばあさんも元気にしてた。――て、それは関係ないか」
「関係あるよ! 木吉センパイ、おじいさんにおばあさん、好きだったんだろ? 傍にいて、役に立ちたかったんだろ?」
「うん。バスケは高校まで、と思ってた。けどな、じいちゃん、俺にこう言ったんだ。『ワシのことはいい。お前は自分の道を歩め』――と。オレの道ってやっぱ、バスケしかなかったからさ」
「NBAで活躍してるとか?」
「あはは、まだそこまでのレベルじゃないけど……大学卒業後には、可能性はあるかもしれないって。でも、スポーツ選手の寿命って、短いだろ? その寿命が来る前に、じいちゃんに少しでも、頑張ってる姿、見せてあげたいなぁって……」
 ああ、この人は、大切な人の為にプレイしている。オレは……どうだろう。自分の為? わからない。
 ただ、バスケをしてると、体が熱くなるんだ。チワワメンタルもだいぶ改善されて来たしね。――赤司からのプレッシャーを日々受け続けてるおかげで。
 赤司征十郎。やっぱりあいつ、こえぇよ。今では、優しいところも弱点もあること知って、好きにはなって来たけどさ。
 けど――夏に不良達とやり合った時……あいつ、オーラだけで追っ払ったもんな……。やっぱりただもんじゃねぇ……。
「我が家へ行こう。案内するよ。キミ達」
「わーい」
「赤司様の家って言ったらさぞかしすごいんでしょうね」
「いや。実家は確かにちょっと凄いかもしれないけど――オレ達、アパートに住んでっから」
 赤司の実家は、ちょっと凄いどころではありません……。
「へー、赤司様アパートに住んでるの」
「ああ。ここにいる降旗光樹とね」
 わざわざ紹介しなくていいって。はずいから。……でも、確かにいつかは明らかになることなんだから、説明下手なオレより、赤司の方が話が早くていいかもしれない。
 ……でも、あそこは狭いからなぁ……この人数だったらまぁ、全員入れるだろうけど。子供が多いし。でも、木吉センパイは体でかいからなぁ……。
「じゃあ、皆で買い物に行こう。オレはスマホ持ってるから、スマホ決済で買い物出来るよ」
 ――流石赤司。用意周到だね。オレがそう言うと。
「学校から連絡が来ることもあるからスマホは手放せないんだ。この頃はスマホは必需品だからね。LINEも便利だし」
「オレもLINE出来るよー」
 一人の少年が言った。なかなか爽やかそうな少年だ。女の子達からも人気があるんじゃないかな。
「高野くんはねー、LINE友いっぱいいるよー」
 女子の一人が言った。やっぱりそうか。
「でも、赤司様には敵わないと思うけどねー」
「何だよー。赤司さんと比較することはないだろう? 赤司様は凄い有名なんだから。前にもジャバウォックといういけ好かないアメリカのチーム倒したし、NBAに入るんじゃないかと、噂されてるし」
「赤司、NBA入るの?」
 オレは思わず赤司の方を向く。
「――いずれは、と考えてるよ」
「わー、すごい! やっぱり皆が言ったのは本当なんだ!」
 子供達がわっ、と歓声を上げる。オレは複雑な気分だった。
 赤司征十郎。何でも出来る赤司。どこに行っても、そこで彼は中心になった。そんなスターの赤司の足を、オレが引っ張ってるんじゃないだろうか……。オレはついそんなことを考える。
 オレが赤司を見つめていると、赤司はにこっと笑った。
「まぁ、NBAの話はそんなにすぐじゃないよ。――話はあってもね。オレはもう少し日本で技を磨きたいんだ」
 いや……いやいや。赤司はアメリカでも充分活躍出来るよ。オレと違って。オレは――赤司の負担にはなりたくないんだ。というか、誰の負担にもなりたくないんだ。
 オレは、一人でも生活出来るから。赤司の活躍をいつもテレビで観たりとかしてるよ。そりゃまぁ……寂しいとは思うだろうけど。
「さてと、店へ行こう」

 オレは、自分の部屋を案内した。
「わー、せまーい」
「赤司様、こんなところに住んでるのー?」
 ――女の子達は面白がっているようだった。狭くて悪かったな。ここは元はオレの部屋だったんだぞ。
「でも、綺麗にしてるますよねー」
 女の子は部屋の清潔度もチェックする。
「赤司が掃除をしてくれているからだよ」
 と、オレは赤司を立てた。
「何を言う。光樹。キミも掃除が得意じゃないか。キミのおかげで、オレも掃除がしやすいんだ。感謝してるよ。今は男も家事をする時代だからね。――さてと。光樹。オレも手伝おう」
 うう……天帝赤司様がオレと一緒に焼き飯作るなんて……。ファンが知ったらびっくりするだろうな……。羨ましがられたりして。
 太った少年が、荷物持ちを手伝ってくれた。荷物はもう机の上にある。
「ありがとう。えっと……」
「花山良吉っス! 力仕事は任せてくださいっス!」
 そう言って、花山クンはかぽーん、かぽーんという身振りをした。南野クンが教えてくれた。
「花山くんは相撲取りを目指してるんだよ」
「でも、バスケも好きっス」
「花山くんは相撲取りの方が絶対向いてるよ」
「それか、ダイエットするかね。痩せたら絶対かっこいいと思うから」
 女子達の声に、花山くんは赤くなる。純情なんだろうな――。そして、多分気は優しくて力持ち。オレのクラスにもこの子に似た同級生がいたなぁ……。オレは自分の小学生時代を思い出して、微笑ましく思った。
 焼き飯作りはオレが中心になってやることになった。赤司が力を貸してくれる。焼き飯作るのって楽しいんだよな。女子達はオレ達の写真を見てきゃっきゃ言っていた。赤司が子供達に、自由にしていい、と言ったのだ。南野クンが食器を出してくれる。
「オレも手伝おうか?」
 木吉センパイは言ってくれたけど、今回は遠慮してもらった。――この部屋の台所は狭いから、三人もいると窮屈になってしまうんだ。しかも、木吉センパイはオレ達より体格がいいから……。
「赤司様と降旗さんて、仲がいいんですね。いいなぁ」
 女子が溜息交じりに言った。オレはガスコンロに火を点ける。――材料を炒める音で、子供達が話す音が聴こえなくなった。
 赤司は使った食器を洗ってくれている。助かるよ、赤司。
「ありがとう、赤司」
「――どうも」
 赤司がオレに礼を言う。感謝するのはオレの方なのにな。どのくらい、こんな風に赤司と料理を作ったり、バスケをしたり出来るのだろう。
 ――いつか、赤司と別れたりすることもあるんだろうか……。いやいや。そんなことは考えない。考えない方がいい。降旗光樹。例え、ここの生活が、赤司とっては場違いだったりしても。
 ……でも、オレはいつも、赤司とオレは住む世界が違う、と思ったりするんだよなぁ……。

後書き
花山クンが何となく好きです。
今回は木吉サン登場。
私も降旗クンの焼き飯食べたいです。
2019.11.01

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