ドアを開けると赤司様がいました 82

「日向先輩……相田先輩が、お雑煮を作りました」
「え? ほんとか……? でも、旨そうな匂いしかしないぜ」
「ええ。奇跡的に、ほんの一杯分、出来ました……相田先輩が食べさせたいと……美味しいですよ。オレの、お墨付きです……」
 赤司がよろよろしている。オレも手伝った。カントクがサプリメントを入れないかどうかも見張っていた。
「赤司君……大丈夫?」
 桃井サンが赤司を支える。いいなぁ、ボイン……。
「あ、あの……良かったら、無理しなくてもいいのよ……」
 カントクは今までの経験から、料理には自信が持てないらしく、おずおずと言った。
「いいや……これは、リコが愛情込めて作ったんだろ? だったら、ありがたくいただかないとな……」
 そう言って、日向サンは雑煮を一口、啜った。
「――旨い」
「あのポイズンクッキングを知っていて、尚且つそれを食べようとするなんて……愛の力ね。……負けたわ」
 柱に寄り掛かっていた実渕サンの声をオレは聞いた。実渕サンはいい男……いや、女だから、日向サンよりいい恋人が現れるよ。赤司もそう言いたげに、実渕サンの傍に行って、ぽんと肩を叩いた。
 ――日向サンはその後も倒れることなく、ピンピンしていた。……そして、またひとつ、二人についての伝説が生まれた。

 一月三日――。
「見てごらん。光樹。凧あげだよ」
「正月の風物詩だね」
 ――いい景色だ。太陽がきらっと光る。鴉が飛んで行った。
「新年っていいなぁ……もう少ししたら大学が始まるけど」
「箱根駅伝も風物詩だよ。――ちょっと興味があったからね。DVDに撮ってある」
「えっ?! 嘘っ! 後で見せて!」
 オレはつい大声を出してしまった。
「駅伝もいいけど、オレはバスケの方が好きだな」
 そんな赤司の言葉に、オレも、と同意する。やっぱりオレ達二人、バスケ馬鹿だ。オレをバスケに誘ってくれた彼女……彼女がいなかったら、バスケになんぞ興味を示さなかったかもしれない。
 ――だから、そうなると赤司にも会えずじまいだったかもしれない。
 縁って、不思議なものだよなぁ……。
「――相田先輩がね、普通のお雑煮を作れるようになったって。オレ達のおかげだって言ってた」
「えっ?! カントクがまともな料理を?!」
「料理の腕がワンランクアップしたって――けれど、相田家の料理は景虎さんがやっているって聞いたなぁ……お母さんのは食べれたもんじゃないって」
 そう言って赤司はくすくすと笑った。
 ああ、カントクのお母さんは景虎サンに胃袋で釣られたという訳か。確か、海常のカントクさん――武内源太サンも、景虎サンの奥さんが好きだったって言ってたなぁ……だから、武内サンは未だに独身なんだと。
 ――まぁ、それは景虎サンの奥さんも独身時代の話だっていうし、今じゃもういい思い出だろう。
「オレ、役に立てたかなぁ……」
「充分役に立ったよ。あ、あの凧すごい上がってるね」
 赤司が指差した。赤いビニールの凧だ。
「凄いねぇ」
「ほんとだよ……キミと見られて良かった……これって、ちょっとデートみたいだろ?」
「むさい男二人がデートって言うのも何だけどね……」
 ――嫌かい? そう言って、赤司がにやっと笑う。まぁ、こんな風に散歩するだけなら、悪くないよな。赤司はみばもいいし。向こうからも男の子が二人、走って通り過ぎて行った。
「……赤司。バスケットボールないの?」
「持って来なかったねぇ……ただその辺を散歩するだけのつもりで来たから」
「オレも持ってない。――残念だな。赤司と1on1したかったのに……」
 ――やっぱりオレもバスケ馬鹿だ。赤司がまた笑った。
「何だ。言ってくれたら持って来たのに」
「その時は思いつかなかったの」
「じゃあ、持って来るか。家はこの近くだからね」
 ――オレ達はストリートのバスケットコートの近くに来た。わーわーと、子供達が遊んでいる。というか、あれは――南野クンじゃないか! ミニバスのキャプテンの! クリスマス会で教会で出会った!
「あっ!」
 南野クンがこっちに気付いた。――そのせいで、ボールを相手に取られた。何やってんだよ、雄二ー、と言う声がする。邪魔しちゃったかな……ごめんごめん、悪かった。
「知り合いが来てるんだよー」
 と、南野クンは答えた。南野雄二って言うんだ、なるほど。
「えーと、あれ? あの人赤司様じゃない?」
「そうだそうだ。テレビで観たことある。で、隣の人は?」
「降旗光樹です。宜しく」
「宜しくー。赤司様のお友達ですか?」
「うん、そうだよー」
 赤司の方を向くと、ヤツは苦笑いをしていた。だって――恋人とか言ったらややこしいことになりそうだもんね。それにしても、南野クンはこの近くに住んでいるのかな。
 オレの疑問を南野クンはあっさり片づけた。多分自覚なしだと思うんだけど。
「この近くにオレの叔母さんの家があるんです。オレ、今そこに遊びに来ててね」
「雄二兄ちゃん、バスケ上手いんだよ」
「あは……ありがと……周ちゃん。んで、ここで皆とバスケしてたって訳」
「皆バスケが好きなんだね」
 赤司が穏やかに言う。よく見ると女子も混じっている。ニ、三人だけど。――小学生だから、男女の差はそうないのかもしれない。
「赤司様、実物もかっこいい……!」
 女の子達がきゃあきゃあと騒いでいる。うっせーぞ女子、と、男子が叫んでいたけれど、あれはやっかみかもしれない。いろんな意味で。
「赤司様、ダンクやって」
 まだ幼い少年が言った。確か周ちゃんだっけ?」
「オレも見たいな。赤司さんのダンク。――オレ、まだダンク出来ないんだよ。恥ずかしいけど」
 そう言って南野クンはぽりぽりと頭を掻く。
「ようし、そら!」
 ――赤司、すげぇ迫力! リングにボールを叩きつけた。
「わぁっ! すげぇ!」
「迫力~!」
「オレ達もあんな風になれるかな」
「なるなる。キミ達なら絶対!」
 ――オレは元気づけるように言った。赤司のダンクは、努力と練習の賜物だ。彼がスモールプレイヤーと呼ばれていた頃から、赤司は華麗なダンクを決めていた。
「光樹兄ちゃんもダンク出来る?」
「いや……オレはちょっと……まだ練習中?」
「ダンクって難しいんだよねぇ。でも、オレ、火神派なんだ」
 へぇ……火神も有名になったもんだね。こんな少年達にまで憧れられるなんて……。ちょっと羨ましいな。
「火神はずりーよ。あの体格だもん」
「そうだよね。キミ達もそう思うよね」
 赤司は相好を崩している。やっぱり正月の時のこと、まだ引きずっているんだろうか。――赤司だって、火神の体格を羨ましがってたもんな。誰かを羨む心のないヤツなんて、いないのかもしれない。まぁ、それが向上心に繋がるんだろうけど。
「赤司様はすごいよ。あんなにでかくないのに、ダンク決めるんだもん」
「赤司家の人間には、不可能があっちゃいけないんだ」
 ――赤司のこのセリフは、自分にいい聞かせているんだと思う。
「光樹兄ちゃんはどんなプレイするの?」
「――光樹はとても堅実なプレイをするよ」
「堅実って?」
「確実なプレイってことだよ」
「光樹兄ちゃんもプレイして見せてよ」
 少年少女達がキラキラした目でこちらを見ている。オレのプレイなんてお粗末なもんだけど、期待されたら応えない訳にはいかない。
「ボール、こっちへ寄越して」
 オレはパスを受け止め、ドリブルしてシュートを決める。いかにも平凡な、基本に忠実なだけの型通りのシュート。それでも、一人の少年が言った。
「かっこいい……」
「降旗さん……」
 南野クンがオレの前に来た。
「オレにバスケを教えてください! お願いします!」
 お願いされたって――オレは誰かにバスケを教える器じゃないと思うんだけどな――まだ。

後書き
南野クンは見る目ありますねぇ。
子供達を書くのは楽しいです。
私も赤司様や降旗クンと一緒に凧揚げ見たいなぁ。
2019.10.30

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