ドアを開けると赤司様がいました 81

 ――台所に訪れたのは元洛山のSG、実渕玲央サンであった。俺も何度か会ったことがある。去年のクリスマスのパーティーでも……。
「実渕さん!」
 声を出したのは赤司だった。オレはというと、何だかぼーっとしてて……。
 元洛山の選手は皆一癖あったけど、実渕サンも他を圧する雰囲気があるというか何というか――逆宝塚的? そんな匂いがするのだ。
 それは、男と女の融合した存在の持つ者の匂いだった。実渕サンは実際華やかな匂いがしたが……。
「あら、どうしたの? 征ちゃん」
「ああ……相田先輩が指を切ってしまって……」
「まぁ、大変」
 そして、つかつかとカントクに歩み寄り、手を取った。
「こんなに綺麗な指なのに……料理なんかで怪我させちゃいけないわ。女の子は皆お姫様なのよ。わかってないわね。――征ちゃんも降くんも。まぁ、痛かったでしょうに……順平ちゃんも流石に厨房の中の事故までは防ぎきれなかったって訳?」
「あの……事故という程大袈裟なものじゃ……」
 カントクが頬を染めている。女の子は自分をお姫様扱いしてくれる男に弱い。況してや、実渕サン程の美形にかかれば、例えば思春期の少女なんかだとイチコロだろうなぁ……。
「絆創膏私が貼ったげる。はい、これで良し、と」
 カントクはまだぽーっとしている。カントクには日向サンがいると言うのに……。
「でも、肝心な時にここにいないなんて、順平ちゃんはダメな騎士ねぇ……」
 順平ちゃんというのは日向のことだ。それにしても順平ちゃん……オネエの世界のわからないオレは思わず吐き気と寒気を催してしまった。なるほど、これは気持ち悪い。日向サンの気持ちもわかる気がした。
 というか、オレの中に日向サンが乗り移ったようで――オレ、本当は実渕サンのことそんなに嫌いじゃない。――美人だし。
 実渕サンは今日は玉虫色の男性用のドレスを着ていた。
「え? 日向クンはダメな男じゃないわ。私の料理を文句も言わず平らげてくれたし……」
「その後、キミのこと責めたんでしょ? 本当に、ダサいだけでなく、最低の男ねぇ……」
「ううん。違うの。私が料理習いに来たの。日向クンの為に。日向クンに本当に美味しい手料理食べさせたくて……」
「あら、そうなの? まーあ。そうだったの」
 実渕サンはにんまりと笑った。
「アンタ達、釣り合ってないように見えたけど、やるもんねぇ。順平ちゃんだってキミ――誠凛の元カントクのリコちゃんと同じ大学に入りたくて猛勉強したって噂が流れているもんねぇ……」
「あ、あの、その情報どこから……」
「やぁね。風聞に決まってるでしょ。でも、広がるのは早いものよ。こういう美談は。私も順平ちゃん見直したわ。あの眼鏡取ったら結構いい男かも。やぁだ。チェックするべきだったわ」
「実渕サン!」
「やぁねぇ。リコちゃん。冗談に決まってるでしょ? 私、こう見えてもモテるの。だから、全力で順平ちゃんとリコちゃんの恋を応援するわ。取り敢えず料理は手順見て覚えて」
 オレらは、実渕サンが冷蔵庫から食料を出したり、手際よく包丁を使ったり、味付けをして満足げに微笑んだり――そんな様子を口をぽかんと開けて見守っていた。
「はい、出来上がり」
 ――実渕サンが差し出したのは、何とも言えない旨そうな匂いのするお雑煮だった。
「お餅を入れたら完璧よ。――皆の分あるから、食べてみる?」
「いいんですかっ?!」
 桃井サンはきらきらな声を出す。
「当然。桃井サンの分も作ったわよ」
「ちょっと。何で私が『リコちゃん』で、桃井サンを『桃井サン』て呼ぶのよ。年齢は私の方が上よ」
「だって、リコちゃんは胸が控えめだもの」
 ――それはカントクにとって最も聞きたくない言葉であったに違いない。
「――ぐふっ」
 カントクは血を吐いた。……今のは実渕サンの責任だ。彼女――いや、彼は悪くないと知ってても。
「大丈夫よ。リコちゃん……小さい胸が好きな人もいるんですもの」
 日向サンとかかな。でも、日向サンはボインも好きそうだしな。それに、結構スケベで――。
「そうですよ! 相田サンの方がいいっていう人だっていっぱいいます! 例え胸のサイズがAでも――」
「Bだって言ってんでしょ! 小娘が!」
「仲間割れしている場合ではない。胸の話は後だ」
 赤司が平然と仕切る。確かに、ここでは今は胸の話をするべきではない。お雑煮を心待ちにしている人達も随分いるだろう。遠くの国からわざわざ来た人なんかは。
「相田サン、ごめんなさい。そんなに気にしてるなんて知らなくて――私、胸のサイズ以外は相田サンには敵わないと思ってるの」
「そ、そう……?」
「ええ。一緒に頑張りましょう! 私もテツ君が『美味しい』って笑ってくれるような料理を作るわ!」
「そうね。わかったわ。――お互いに頑張りましょう」
 桃井サンがカントクの手を握った。美しい女二人の友情。――って、そんな場合じゃないんだってばぁ!
「それにしても相田先輩。今、血を吐いたのは何故ですか? 病気なら病院に行った方が……」
「ケチャップよ」
 カントクが平然と赤司に答える。何、この茶番劇。
 オレは雑煮を残して台所を後にしようとした。さよならカントクに桃井サン。お互い意中の相手が喜ぶような美味しい料理が出来るといいね。そんな風に遊んでばっかじゃまずムリだろうけど。
 オレの肩にぽん、と手が置かれた。それは、大魔王を背負った赤司だった。
「光樹。オマエだけ逃がすなんてことはしないよ……」
 ――それは、かつての赤司がよみがえって来たようだった。オッドアイだった右目がぎらりと光った。
「相田先輩! 桃井。光樹が味見を手伝ってくれるって」
 え、えええええええ?!
 ――その後、カントクと桃井サンは、一応雑煮らしい物を作った。けど、この雑煮、何か啼いてるよ……。
「さ、召し上がれ」
 美女二人に勧められ、チワワメンタルのオレはそれを食って――その後の記憶がない。

 目を覚ますと、豪奢な部屋だった。オレはソファに寝かされていた。
「意識は戻ったかい? 光樹」
「ん……何とか……つか、赤司。オレが倒れたのにはオマエの責任もあるんだぞ。……そりゃ、いつぞやの別れよう宣言は悪かったと思うけどさぁ……」
「オレは、そんな昔のこと、根に持ってないよ」
 いーや! 赤司は根に持つタイプだね。絶対。
「実渕サンも匙を投げてたよ。『料理すんのは男どもに任せなさい』って。――相田先輩には、日向先輩がいるからいいけど、桃井サンはどうするんだろう……青峰は料理なんて作りそうもないし」
「ああ。やっぱりキミも青峰と桃井がぴったりのカップルだと思ってんだね。――オレもだよ」
「けど、桃井サンは黒子一筋だもんなぁ……」
 そう言ったオレも、聞いていた赤司も互いに苦笑した。
「上手くいかないもんだな。恋愛って」
「そういや、赤司家のお客のご馳走はどうしたの? 赤司ったら料理人全部台所から追い出しちゃうんだもんな」
「ああ、仕出しの弁当で我慢してもらったよ。一応、一流という店からとったから」
 一応、一流ねぇ……。一応で一流の弁当をとるところが赤司家の凄さだよ……。
「でも、これはやっぱり何とかしないとな……」
「でしょう? ――オレ、不味さによる遅効性の毒を入れられたりしたこともあったし……」
「遅効性の毒? 何だい? それは――」
「……フルーツ鍋」
 ――オレら元誠凛バスケ部員のトラウマのひとつ。知らない赤司はとても幸運だと思う。
「……は?」
「だから……カントクが果物まるごと入れて鍋にしちゃったんだよ。そりゃ、味は結構イケたけど……その後皆倒れちゃったから。あのサプリメントのせいで……」
「料理にサプリメント入れようという考えが謎だな」
「――カントク曰く、体に良さそうだからだと」
「……このまま相田先輩の料理を食べてたら、日向先輩の寿命が縮みそうだな。よし、光樹! オレはやるぞ! 相田先輩と桃井がまともな料理をこなすようになるまで、面倒見てやる!」
 おお……赤司、かっこいい……光ってる、光ってるよ、オマエ……。オレも惚れ直しそうだな……。
「よし、オレも手伝う!」
「光樹……オマエはどこまで優しいんだ……オレがオマエを巻き込んでしまったと言うのに、怒って帰らないなんて――けれど、相田先輩の料理の下手さは予想を超えてたよ。桃井と同じくらいだ……」
「あの二人、妙なところが似てますよね。胸の大きさは似てないけど」
「光樹。それを言ったら野暮だろ」
「そうだねぇ……特にカントクは怒り狂うだろうし……」
「――じゃあ、行こうか。先輩も桃井もまだ大広間にいるし」
「ああ……オレも手伝えるところは手伝うよ」
「味見係とか? でも、オレは懲りたよ。こんなことで光樹の命を落としては示しがつかない。――キミの記憶がブラックアウトした時、オレはキミが死んだんじゃないかと思ったよ……味見係はオレがする」
 おお……赤司が輝いている……オレの代わりに犠牲になってくれるのか……それは慈悲の心だ。だから、オレは赤司を嫌いになれないのだ。
「相田先輩と桃井を呼んで来るよ」
 カントクも桃井サンも、倒れたオレを心配してくれていたらしい。ポイズンクッキングさえなければ、いい人達なんだけどな……。弱点はあった方が可愛いけど、この二人の場合度を超しているもんな……。
 ――後に聞いた人の話によると、オレ達が台所でヘビメタやロックの練習をしているようにしか思えなかったらしい。

後書き
レオ姉大活躍!
しかし、ヘビメタやロックって……どんな音をさせていたんでしょうね。
2019.10.28

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