ドアを開けると赤司様がいました 80

 ――初詣の後、オレ達は赤司家に連れて行かれた。オレはやっぱり、ちょっと緊張した。
「和服の方も多いですね」
 着物を着た外国の人も多かった。征臣サンは言った。
「やはり今回は人数が少ないみたいだな……」
 えっ? これで少ない? ――まぁ、クリスマスパーティーにも結構人数は来てたからな。凄いな。赤司家。
「ハイ。セイジュウロウ。会いたかったよ」
「やぁ、ジャック……」
 ジャックは赤司に抱き着いてキスをした。――オレは目が天になった。赤司も困っているようだった。
「おー、あそこにいるのはプリティ・ボーイね」
 プリティ・ボーイ……オレのことじゃないよな。オレはきょろきょろとその辺を見回した。――何だ。結構顔のいいのがいるじゃないか。でも、沢山いるから、誰がそのプリティ・ボーイかわからないな……。
 赤司がまた、はーっと溜息を吐いた。
「What's your name?」
 ――はぁ? オレ?
「ノンノン。I'm not.I'm not……」
「あ、ごめん。英語わからなかった?」
 ――いや、今のは中一レベルの英語だからすぐわかったけど……。
「ジャック……彼はオレの恋人だよ」
「恋人?! Oh!」
 ジャックとやらが英語で、『赤司が男に目覚めた!』とか、『可愛い少年が一緒だ!』とかわめいている。
「気を付けたまえ。光樹。ジャックもゲイなんだ」
「ああ……」
 そのゲイの少年の前で、オレを恋人だとのたまう赤司の心臓の強さもなかなかなものだと思う。ジャックは文通で知り合ったのだと言う。
「赤司! その子とはどこまで行った!」
 ――ジャックがぐるんと振り向いた。赤司が苦笑する。
「光樹とはキスまでしかいってないよ」
「嘘だー。赤司がまだ手をつけていないなんて」
 ジャックが言うと、後ろにいた連中が笑った。大事にしてるんだねーと言う人もいた。……赤司にはいろんな知り合いがいるなぁ……。赤司の人脈はすごいよ、やっぱ。オレは改めて赤司を見直した。
「昔だったらね、こんな友達作れなかったよ」
 ――と、赤司が日本語で言う。それは、赤司父が変わったから? それとも赤司自身が?
「少し、外の空気を吸おう」
 赤司はオレを連れてテラスに出た。……ああ、木々の匂いがかぐわしい……雪は降ってないみたいだな。
「やれやれ……ちょっと寒いね」
「そうかなぁ……」
 でも、新鮮な空気が吸えるのは有り難かった。オレは一生懸命深呼吸をする。
「光樹。光樹はどの季節が一番好きだい?」
「冬!」
 なんてったって、ウィンター・カップで優勝したのが冬だから……オレのそんな心を読んだのか、赤司が嬉しそうに笑う。
「オレは、春夏秋冬どれもいいな。――光樹といられるなら」
 まーたまた。この頃の赤司は、機会があるとすぐオレを口説こうとする。オレが、男同士の行為をする気にならないのを知ってて。――可哀想だけど、オレはまだ痔にはなりたくない。
「機会があったら、スキー場に行こうか」
「それより、バスケがいい」
「春は乗馬もいいんだよね。でも、いつぞやのように、光樹が馬に乗り損ねたりして怪我を負ったりしたら嫌だな。――ああ、そうそう。ミルキーウェイは元気だよ」
「……赤司もミルキーウェイに乗ってやりなよ」
「ああ。少しはミルキーウェイの心も読めるようになったよ。機会があったら彼女にも乗るようにしている。……嬉しそうだったよ」
 ミルキーウェイは、赤司家の牧場で飼っている白馬だ。白馬の王子様だって、女子達が騒いでいた。――まぁ、無理もないわな。赤司と白馬。ぴったり過ぎる。ビアンカという馬もいる。
「その気になれば、馬とも話をかわせることが出来るのも初めて知ったよ。光樹のおかげだ。ありがとう」
「あ、いえ。どういたしまして」
 オレは、何だか変な感じで赤司のお礼に答えた。赤司はそれきり口を閉ざしたままだ。オレも、何も言うことはない。オレと赤司。このまま黙っているのも悪くない。ただ一緒にいるだけでいいなんて、オレにとっても珍しい体験だ。
 それなのに、大切な秘密を分かち合っているような……。赤司は寒いと言ったが、オレはちっとも寒くなかった。リラックスして体がぽかぽか温まった頃――。
「赤司くーん。どこなのー。私達に料理教えてくれるんでしょうー?」
「赤司くーん。どーこー?」
 カントクと桃井サンが呼んでる。
「行かなくていいの?」
「ああ、今彼女達のところへ行くよ。約束だからね。光樹も来るかい?」
 う……ちょっと行ってみたいかも。怖いもの見たさだな……。それに、ちょっと赤司が先生って言うのが不安だったし。
「わかった。オレも行く」
「あはは。そんな強張った顔しなくたって大丈夫だよ。でも、あの二人に料理を教えるのは、意外に骨かもしれないね」
 赤司の言葉にオレは、何度もこくこくと頷いた。――満足な言葉も出ないんだよね。あー、ちょっと水戸部センパイの気持ちがわかるかもなぁ……。小金井センパイは喋らない水戸部センパイの通訳をこなしていたけれど、あれも野性なのかなぁ……。
 話を戻そう。
 赤司はオレの手を引いて台所へと連れて行った。――というか……台所、広過ぎじゃね? オレらが暮らしている部屋がすっぽりと入るよ……。二人は三角巾に新品のエプロン。桃井サンはピンクの長い髪を後ろで一つに縛っている。気合入ってんなぁ……。
「私、カレー作れるのよ。桃井サンは?」
「え? あ、私も、カレーだったら作れる!」
 ほんとかなぁ……確かに、今のカントクなら普通のカレーを作れる。けど、以前はカレーにサプリメントを入れてた人だからなぁ……。
「赤司……カントクは高校時代、カレーにサプリメント入れてましたよ」
「そうか……そいつは怖いな。桃井とどっこいどっこいと言う訳か」
「赤司クンに降旗クン。なにこそこそ話してんの。男らしくないわよ」
「ああ、済みません。相田先輩。ちょっと光樹とこれからの相談を……」
「私達に料理を教えるだけなのに、降旗君と相談が必要なの?」
 桃井サンが小首を傾げる。ああ、その姿、可愛いんだけど、可愛いんだけど……カントクの同じくらいの料理音痴らしいからな。ああ、夢も希望もなくなるぜ……。
「じゃ、まずは基本から。一応訊くけど、包丁は使えますよね」
「何よ。赤司クン……私達をバカにしてる訳?」
「私も使えるわよ」
「いや、そんなんじゃありませんよ。ただ訊いてみただけです」
 赤司がいつもより及び腰なのは気のせいだろうか。……昔はオレを及び腰にさせたくせに。
「今日は皆さんで赤司家特製のお雑煮を作ります。つまり、滅多な物は出せないということです」
 ――赤司、お前、滅多な物出そうとしてるじゃねぇか……。
「わかったわ」
 カントクは息も荒く張り切っている。ああ、この後の展開が不安……。
「じゃあ、このセリを切ってください」
「了解。……とりゃああああああ!」
 カントクが包丁を構えた。
「ま、待ってください、相田先輩……薙刀じゃないんですから……」
 赤司が一生懸命笑いをこらえている。……なんか、赤司の気持ちわかる気がする。これは前途多難だな……。
「いいですか? まずこうやって左手を猫の手にして、落ち着いてトントントンと……」
 赤司はカントクに手取り足取り教えてやっている。桃井サンの声が弾む。
「あ、私でも出来そう」
「――では相田先輩。今度は一人で切ってみてください」
「わかったわ」
 カントクがセリを切る。――おお、なかなか様になってんじゃん。そう思った時だった。
「痛っ!」
 カントクが指を切った。血が出てる。
「いったーい」
 カントクは自分の指を舐める。赤司が傍で様子を見ていた執事に声をかけ、絆創膏を持って来るよう指示する。
「相田サンの代わりに、私が切りますね」
「そうしてくれ、桃井――でも、材料を切るだけのことが何で出来ないんだ……まぁ、やるだろうとは思っていたけど……」
 赤司……それを言ったらおしまいだろ……。それに、それが教える立場の者の言うセリフか。カントクと桃井サンは、ま、確かにちょっと手がかかるだろうけど、熱意だけは人一倍なんだし――。そりゃ、赤司の言い分もあるにはあるだろうけどさ……。
「光樹。ちょっと手伝ってあげてくれ。セバスチャン、お前も……まず鍋に湯を沸かして……」
「はいっ!」
 一応勢いよく返事したオレが水をはった鍋に火を入れようとした時、女にしては低い声が聞こえた。
「お邪魔していいかしらぁ?」

後書き
赤司様は男に目覚めた、というか、相手が降旗クンという男だっただけでしょうね。
カントクと桃井サンに料理を教えるという赤司様……頑張ってください……。
2019.10.26

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