ドアを開けると赤司様がいました 8

「降旗くーん」
 二人組の女の子がオレに声をかける。まぁ、例によって赤司の話なんだけど。
 でも、二人とも可愛いし、性格いいし、いい匂いはするし――こんな素晴らしい女の子と話せるなんて、役得というもの。例え二人が赤司にしか興味がなかったとしても。
「ねぇ、いつか、降旗くん家に行ってみたいな」
 それは……。
「ごめん。それはダメなんだ。赤司が女を連れてくるの嫌がるから――」
 赤司はこの間の一件で懲りたらしく、
「もう女は連れ込んだりしない。約束するよ。光樹」
 ――って悲痛な声で言われちゃったから、オレだって女の子よびづらいよなぁ……。
「降旗くんの家って、興味あったのに……」
 ――興味あるのは赤司にだろ? 素直になれよ。尤も、彼女達はゴリ押しはしなかった。
「今から部活?」
「そうだけど?」
「応援に行きたいけど、私達も部活あるしねぇ――」
「何部だっけ」
「演劇部よ。良かったらいつか遊びに来てね。じゃ」
 ――二人は行ってしまった。

「降旗クン。君に頼みがある」
 オレは顧問の先生に呼ばれた。オレはバスケットボールを手にしながら駆けて行った。
「何でしょう」
「まずボールをそっちへ――実は……キミを副主将に推薦したい」
「――は? オレまだ一年ですが……」
「君は上の学年の学生からも同学年の学生からも頼りにされているからねぇ……君の承諾を得る前で悪いんだけど、ここの主将にも話した。『降旗だったら上手くこなしますよ』って、あいつもえらく君のことを買ってたよ」
「はぁ……」
「考えてみてくれないかい?」
「――でもオレ、普通のことを普通にしてただけですよ?」
「その普通さがいいんだ。普通なのが自然だから、きっとみんなついてきてくれる。色良い返事を待ってるよ。将来はキミを主将にしたいと考えているんだが……」
 ――オレは思わずガッツポーズしたくなった。取り敢えず報告しよう。皆どんな反応してくれるかな。誠凛の先輩達は? 火神は? 黒子は? ――赤司は?

「ただいま」
「お帰り。声が弾んでるじゃないか。何があった?」
「赤司、帰るの早いね」
「うん、まぁ、昨日は遅かったんで、光樹が寂しかったんじゃないかと――でも、今日はキミが遅かったんじゃないのかい?」
「ああ、ごめん。練習に熱中してて」
「――気持ちはわかる」
 ああ、旨そうな食べ物の匂いがする。お腹が鳴りそう……。
 でも、あのことを伝えなければ。赤司は同居人だから。
「どうした? 光樹。随分嬉しそうじゃないか」
「あの、赤司……オレ、副主将にならないかって誘われた」
 赤司が目を丸くした。そして満面の笑みを浮かべて、「おめでとう!」――と言ってくれた。
「オレは信じてた! 光樹は主将の器だと」
「副主将だって――今の主将はとてもいい人だし」
「じゃあ、これはお祝いになるかな。ノンアルコールのシャンパンでも買っておけば良かった」
「――高いだろ。そんなの」
「うちからは一応仕送りがあるからね」
「でも、無駄遣いはダメ!」
 赤司はふふっと笑った。そして言った。
「キミは本当にしっかりしているね。自分が恥ずかしくなるよ」
「赤司でも恥ずかしいと思う時があるの?」
 ――オレは疑問だった。何でも出来て金持ちで、だからこそわからないことがあるのは知ってるが……。
「ああ。キミと過ごしていることで、キミに気づかされることがよくあるよ。――黒子にもそういうところはあるけどね」
「あっ、そうだ。黒子!」
 オレは黒子に電話した。黒子は、
『それは良かったですね。降旗君にとってもいい話だと思います』
 と言っていた。
 けれど、オレ、まだ話は決まってないのに、浮かれ過ぎだな。まぁ、話だけでも嬉しいから――。
「もしかしてこれのおかげかな」
 赤司はパンを取り出した。えっ、これって――。
「誠凛のイベリコ豚カツサンドパン!」
「そう。今日誠凛の近くに行く予定があってね……相田さんにこういうパンがあるんだけど……と言われて、ついでだから買って来た」
 ついでだから買って来たって……あのパンはほぼ全校の生徒が狙っていて、火神ですら一年の時は買えなくて……黒子は買って来たけど。だから、黒子マジスゲー!って思ったもんだよ。
 赤司のことだ。涼しい顔して買って来たんだろうな。
「とても人気があるパンなんだね。みんな目の色変えてたよ。なかなか楽しかった」
 赤司はにこにこ笑う。
「それ、オレ達一年の時に買わされたけど、黒子しか買えなくて……」
「相田さんもそう言ってた。黒子はすごいね。一見すごく地味だけど、その地味さがいいんだろうな」
 その黒子の特性に気づいたのは、青峰や赤司であったと聞く。
 幻のシックスマン。あの緑間ですら一目置いているらしい。――緑間のことは高尾から聞いた。
 赤司の大学だけでなく、黒子や火神も相手どらないといけないのだ。――もし、本当に副主将になれたとしたら。
 オレはごくんと唾を飲んだ。まぁ、とにかく今は――
「赤司。そのパン食べていいよ」
「――キミはオレがあのパンをひとつしか買えなかったと思っているのかい? 全部買い占めることも可能だったけど、二人分に抑えておいたよ」
 赤司はあっさりと言う。あのラッシュの中でも顔色ひとつ変えなかったんだろうな、きっと。
「よく買えたね」
「このパンを買えば恋愛も上手く行くって話だからね。オレは恋愛の方はいまひとつだから」
 へぇ……赤司でも苦手分野はあるんだ。なんとなく親近感。
 彼女サンとは別れたのか、話にも出て来ないし、きっと上手く行くよ、そのパンを食べれば!
「相田サンは女バスのカントクになってたよ。男バスにはオレがいるしね。でも、主将と監督の二足のわらじはきついから、主将としてバスケに専念することにしたよ」
 あれ? 赤司ってばカントクのことにやけに詳しくなってないか? もしかして……。
「赤司ってカントクのこと好きなの?」
 赤司は吹き出して、それからくっくっとしばらく笑っていた。何か変なこと言ったかな……。
「いやぁ、相田サンとは大学が同じなだけだよ。日向サンも一緒なんだ。あの二人は秘密の恋人同士だよ」
 ああ、日向サンか……。オレは誠凛バスケ部の元主将の先輩のことを思い出す。
 日本一と言われる大学に、カントクと一緒に行きたくてモーレツに勉強頑張ったんだってな。この話は誠凛高校の美しい伝説にもなっている。
 オレが一年だった頃、日向サンはそれ程成績は良くなかった。悪くもなかったけど。まぁ、普通かな。
 それが、今ではT大の副主将である。主将は赤司征十郎。さっき赤司自身が言った通りでね。
「まぁ、オレンジジュースがあるからそれで乾杯しよう」
 オレ達は祝杯をあげて、まずはカツサンドを食べた。キャビア、トリュフ、フォアグラも乗せてある。旨いけど、誰が考え付いたんだ、こんなけったいなパン。
 そういや黒子も気に入ってた。火神はでかいパンの方が好きみたいだったけど。
「副主将の話、勿論受けるんだろ?」
「……実はちょっと迷ってるんだ」
「どうして?」
「あの大学にもすごい人達がいっぱいいるのに、何でオレがって――」
 赤司がオレの頬をパン、と軽くはたいた。
「……痛いなぁ」
「光樹。君は自分の実力を低く見ない方がいい。謙虚さも過ぎれば害毒だぞ」
 そう言って、赤司は怖い顔をした。何が気に入らなかったんだろう。
「特にこのオレ、赤司征十郎には、キミは甚大な影響力を持つ。それを忘れるな」
 甚大な……影響力……? 赤司にオレがぁ? まさかぁ。信じらんねぇよ。――でも、そんなことを言ったらまたはたかれそうなので黙っていた。

後書き
降旗クンは、私にも甚大な影響力を振るっています(笑)。
イベリコ豚カツサンドパン、私も食べたいです。
2019.05.06

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