ドアを開けると赤司様がいました 79

 賽銭を入れて祈った後、黒子に誘われて、オレは綿菓子を買った。甘い匂い。ふわふわの感触。でも、唾がつくとぺたっとなるんだよな。
 あー、美味しー。
 オレは幸せに浸っていた。
「美味しいかい? 光樹。随分満足そうだね」
「うん。屋台大好き」
「あ、あそこのお好み焼きも買おうか」
「そうだね」
 オレ達が緑間達と一緒に歩いていると――紫原敦がいた。何だ。寝てなかったんだ。しかも、この神社名物の食べ物をちゃっかり買っていたようだ。しかしあの量――紫原でなければ到底食べきれないだろう。
「あ~みどちんに赤ちん~。旗ちんもいる~」
「ね、ね、オレは? オレは?」
 高尾が意気込んで指差す。
「あー、誰だっけ。忘れた」
「そんな~」
 高尾ががっくりする。紫原が、「嘘だよ」と言って、高尾の髪をくしゃっと撫でる。
「ん。ちょっとやめろよ……カチューシャズレるから!」
「高ちん、カチューシャ似合うね……みどちんと初詣だからおめかし?」
「もう、そんなんじゃないってばっ!」
 高尾が紫原を軽く小突く。緑間はアンダーリムの眼鏡を直している。――理性を保つのに必死なのだろう。確かに高尾は赤いおべべ着て、いつもより数倍可愛く見える。
 その手の趣味の外人が高尾を誘おうとする。……だって、そういうのって、何となくわかるじゃん。……緑間が必死で断っている。ていうか、高尾。お前は自分で断れるだろ。
 あー、こんなシチュエーションあったな……オレのお袋が、イタリア系だったかフランス系の男だったかにナンパされたこと。
(ふふっ。私もまだまだ捨てたもんじゃないわよねぇ)
 なんて、お袋のヤツ、自慢にしてた。親父ともラブラブな関係が戻り、今日も二人で過ごすらしい。終わりよければ全てよし――か。
 ところで、高尾と外人の問題はまだ解決していない。男も必死のようだ。そこで――何だかわからないけれど、射的大会になった。緑間と男色家の外人が対決することになったのだ。何故か。
「真ちゃ~ん、ガンバレ~」
 高尾はのん気に応援している。緑間が負けるとは露程も思っていないのだろう。それは信頼の証拠だ。
 オレにはそんな存在なんて――ああ、いたか。赤司征十郎が。
 赤司だったら、オレも何の根拠もなく信じることが出来る。それは理屈じゃない。
 ――緑間に射的が出来るのか謎だったが、ターゲットを難なく撃ち抜いて行く。人事を尽くしているんだろうな……。それとも、やっぱり緑間も何でも出来るんだろうか。流石元秀徳のNo.1シューター!
 緑間と外人の腕はほぼ互角。そして、後ひとつの景品が残った。撃つ順番はじゃんけんで決めるのだ。
 緑間が銃を構えて撃つ。ぽこんと、球が当たって棚から景品が落ちる。――緑間が勝った。
「やったぁ! 真ちゃん!」
「It was a good game.(いい勝負だった)」
 外人が手を差し出すと、緑間はその手を握った。今度はバスケで勝負をしたいのだよ――と無理難題を言う。けれど、緑間も成長した。黄瀬から聞いた話によると、緑間はエールを送った黄瀬に『死ね』と返したらしいから。
 でも、敵同士だもんなぁ……。どっちの気持ちもわかるよ。
「やはりこの安産祈願のお守りを前もって買っておいて良かったのだよ。今日のラッキーアイテムなのだよ」
 そこで、緑間は安産祈願のお守りにちゅーをした。……何の意味があるんだろう……。
「オレの為に決闘してくれてありがと、真ちゃん」
「別にお前の為ではないのだよ。ただ、自分の所有物を取られたくなかったからなのだよ。単なる独占欲なのだよ……」
 それは、はっきり言って高尾の言うことを認めたのと同じだぞ。オレが口を開きかけると、赤司が腕を掴んで「しぃーっ」とジェスチャーをした。
 ――緑間と高尾は人目も憚らず抱き合っている。なるほど。こいつら大胆になったなぁ……。
(さっきの決闘だって!)
(あの緑の髪の青年が勝ったそうよ)
(あのカチューシャの子、可愛い……)
 腐女子っていうのかなぁ……BL好きな女の子、最近増えて来たっていうから、生の恋の鞘当て見て、興奮するんじゃないかな。まぁ、オレはバスケの方が好きだけど。
「絵馬描かないかい? 光樹」
 赤司が誘ってくれた。
「そうだな」
「その後でおみくじ引こう――大吉だといいね。でも大凶でも、キミと一緒なら大吉に変わるさ」
「うん!」
 さーて、何描こうかな……。欲しい物は今、全部手に入れている。毎日が楽しい。こんなに幸せな大学生も珍しいんじゃないだろうか。
 あ、でも、親父のことがあったか……だけど、『父ちゃんが赤司とオレの仲を認めてくれますように』なんて書ける訳がない。ここは無難に『英語力が上がりますように』って書くか……。
 ふわっと花の香りがした。
「英語力か。オレが教えてあげようか? 英語」
 げっ! 赤司め盗み見したな!
「何だよぉ、勝手に見るなよな」
 絵馬を隠し、そう言いながらもオレは笑う。確かに赤司は英語も得意だろうな。チートな男だもん。
「オレは、『今年も降旗と元気で過ごせますように』と書いたよ」
 う~、そんなことを恥ずかしげもなく書けるところが『赤司様』なんだろうな……。オレには絶対真似出来ねぇ……。
「ああ? 降旗センパイ、明けましておめでとうございます~」
 朝日奈大悟がふわぁ……と、あくびをした。夜木悠太と一緒にいる。
「降旗センパイ、赤司さん、明けましておめでとうございます!」
 と夜木。朝日奈も夜木もオレの可愛い後輩だ。
「夜木。オマエ、絵馬に何て書いた?」
 朝日奈は、バスケ部に入った当時は『夜木が足を引っ張る』とか言ってたくせに、もうすっかり仲良くなっている。
「オレですか? オレは『志望校に入れますように』って書いたよ。朝日奈クンは?」
「オレ? オレは『もっとバスケが上手くなりたい』って書いたよ」
 なぬっ?!
 すげぇな、朝日奈……もう、充分上手いくせに、まだ上を目指してんのか。すげーな。年下ながら、感心するな。もしかしてNBA目指してんのか? あー、オレもそう書けば良かった。
 ――夜木が朝日奈の方を向いた。
「朝日奈クンはバスケの強豪校目指してるんだよね」
「ん……でも、目指してんのはNBAかな。火神センパイにも声がかかってんだよな」
 えーっ?! 知らなかったぜ! 火神のヤツ……そういう大事なことは早く言えよな。
「オレが、どうしたって……?!」
 ぬっと火神がこちらに現れる。うはー。迫力。これならNBAにも行けそうだぜ。スカウトマンの人も、火神に目をつけるなんざ、大したもんだぜ。
「あー、火神センパイ……センパイがNBAに声かけられたこと、喋っちまいました……」
「すげーな! なっ、すげーよな、赤司!」
「そんなの……社交辞令だって。オレのところにも話が来たし」
 興奮しているオレに、赤司は些か呆れたように言う。社交辞令だって……すごいじゃねぇの。オレにはそんな話全然来ないぜ?
「だよなぁ。やっぱり赤司にも来てたか。NBAのスカウトマン」
 火神が得意そうに喋る。だから、社交辞令だって……と、赤司が溜息交じりに言う。
「そっか。キセキ全員に来てそうだもんな……あ、でも……黒子にも来てたぜ」
「何っ?!」
「火神君たら……話だけですってば……」
 あ、黒子。何だ。まだ火神の傍にいたのか。けれど、黒子にまで目をつけるなんて――NBAのスカウトマンは赤司並に凄い。パスに特化した選手。黒子テツヤ。体格だってそうでかくないし、体力だってある方じゃない。やっぱ、ジャバウォック戦で注目されたか――。
「ここまで影に徹することの出来る選手は珍しいと言われました。嬉しいけど……ちょっと複雑ですね。でもやっぱり、ボクは影ですから――青峰君や火神君という光があってこそ、ここまで来れたんですから」
「オレも……黒子は大したヤツだと思うぜ」
 火神は黒子の背中をバシッと叩いた。黒子は、
「いてて……ボクはキミと違ってか弱く出来てるんですから……」
 と言いつつも、どこか嬉しそうだった。オレは、この二人の関係は、今の朝日奈と夜木に似ていると思った。それは、どこか微笑ましい。
「何を思っている? 光樹――」
 赤司が優しく訊く。
「え? あの……火神も黒子も凄いなって――」
「そうだね。オレ達に勝った二人だからね。――オレはもう既に実力を備えているけれど、キミも磨けば光を放つよ」
「ほんとかなぁ……」
「ほんとだって。あ、これ返すよ」
 赤司はスマホを差し出した。それは、さっき、虹村サンと灰崎と話す為に、赤司に貸したオレのスマホだった。
「虹村サン達、何だって?」
「これからも皆で頑張ろうぜって――あ、木吉サンからだ」
『寄越して!』と、オレは赤司からスマホを奪い取った。木吉センパイも元気そうだった。怪我はもういいのかな。――オレがそう訊くと、木吉センパイは「体の方もばっちりケアしているからな」と答えた。
 木吉センパイも皆も、ラフプレイには気を付けてください――。

後書き
真ちゃんと美少年好きの男が高尾ちゃんを取り合う……私の好きなシチュエーションです(笑)。
まぁ、結果はわかりますけどね……。
それから、私もラフプレイには気を付けます……。
2019.10.24

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