ドアを開けると赤司様がいました 77

「今年はいい年だったな。光樹」
「そうだね」
 オレは赤司に答えた。
「キミとも一緒に暮らせたし――これまで、トラブルもあったけど……でも、楽しかったよ。光樹。オレはキミが好きだ。季節を経るごとにますます好きになっていったよ」
「……いろんなことがあったね」
 オレも赤司が好きだ。でも、改めて言うのは照れ臭いので言葉を濁した。
「ノンアルコールのスパークリングワインを開けよう」
 ポン、とコルクが飛ぶ。テレビでは紅白をやっていた。今の紅白はまるで歌番組だな。まぁ、紅白も歌番組といえば歌番組だけど。歌番組自体減ったもんな。……テレビはバラエティばっかで。
 でも、年末はやっぱり紅白だなぁ……。今、テレビでは白組が歌っている。オレは男だから、白組を応援するつもりだ。でも紅組もいい歌がいっぱいある。
「これが紅白か……最後に見たのはいつだったかな……今まで、年末はいつも海外だったからな。――はい、光樹」
 赤司が自分で注いだ飲み物の入ったグラスを渡してくれた。
「ありがとう」
「キミの瞳に乾杯」
 そう言って、オレ達はグラスを合わせる。ちりん、という快い音がした。
 けれども、『キミの瞳に乾杯』なんて、赤司も結構気障だな――『カサブランカ』だったか。あの映画、好きだな。名シーンが沢山あるんだ。けれど、赤司のおかげで映画は詳しくなった。
 赤司はハリウッド映画だけでなく、多岐に渡ったジャンルの映画を観る。おかげで、少しはオレも映画に詳しくなった。
 オレはグラスの中身を舐めた。――美味しい。
「赤司。美味しいね。これ」
「当然。とっておきのワインを開けたからね。――紅白って観るのは珍しいな」
「えー? オレは毎年実家で観てたぜ。大晦日は必ず紅白だったな。今は、裏番組も面白いもんやってるけど――昔の紅白も観てみたいなぁ……」
「だったらNHKに掛け合ってみるよ」
「やめてください、赤司様。お願いします」
「――冗談だよ」
 赤司がくすっと笑った。赤司だったら金に物言わせて、昔の紅白を流したりさせそうだから……ほんとに。オレはそこまでの気持ちはなかったんだから。
「光樹。来年はスウェーデンに行かないか?」
「――寒いんじゃね?」
「だったらオーストラリアだ。どう?」
「来年までこの関係が続いていればね」
「続けるさ。光樹がイヤでなければね……お代わりいるかい?」
「ん……ください」
 こんなに美味しい飲み物を飲んだのは初めてだ。オレは大切に飲んでいた。きっとこれ、高かったんだろうな……。今のオレには、赤司に対して感謝しかない。赤司のおかげで、随分新鮮な体験をした。
「キミと過ごした日々は楽しかったよ。キミのリアクションがなかなか面白かった。――キミを好きになって良かった」
「赤司……」
 オレも、赤司が好きだ。
 だけど、セックスすんのはまだ嫌だ。そこまでの覚悟は出来てはいない。それに――初体験は女の方が良かった。
 赤司はもう、体験済みだって言ってたよな……まぁ、当たり前っちゃ当たり前だよな。赤司みたいないい男、女の方で放っておく訳ないもん。
「どうしたの? 元気がないね」
「いや――いいんだ」
「どうかしたんだね。……オレの目は誤魔化せないよ」
 オレの目――エンペラー・アイだろうか……。
「じゃあ言うけどさ……アンタ、体験あんだろ?」
「性体験かい? 勿論あるさ。だけど、こんなもんか――と思ったね。それから先は惰性で女を抱いてたな。けど、キミは……オレが積極的に抱きたいと思った初めての相手だな」
 ……オレは受ですかい。それに、紅白観ながらこんな会話をしているオレ達は、ただれていると思うね。こんな話を打ち明けたのはオレの方だけど。
「でも、オレは焦らないよ」
 赤司はグラスを置いて、オレのこめかみにキスをした。海外なら、友人同士の挨拶なのだろう。赤司はよく海外にも行っていたらしい。
 テレビでは、オレの好きな歌が流れていた。オレも鼻歌で歌う。
「前から思ってたけど、歌、上手いなぁ。光樹は。絶対音感でも備わっているのかい?」
「いや……そんな天与の才はないよ……オレって平凡な男だもん。赤司と違って」
「馬鹿だね。光樹。やっぱりキミは自分を知らなさ過ぎるんだ……バスケだって、一生懸命練習したら上達しただろう? ――どうしてもダメなヤツだっているんだ。光樹。キミはもっと堂々とすべきだよ」
「堂々と、ねぇ……」
 そりゃ赤司程すごければ堂々としていられるんだろうけど――赤司はいつだって、自信満々って感じだもんな。才能もあるし、男にも女にもモテるし。……オレには何にもないからなぁ。
 ……オレには、バスケしかないから……。そのバスケでも、赤司には敵わねぇし。
 赤司は、どうしてオレなんかを愛してくれているのだろう。
「赤司……赤司はどうしてオレなんかに構うの? オレなんかと、暮らしてくれているの?」
 ――そして、どうして俺を愛してくれているの?
「……キミが可愛いからさ。光樹」
 赤司が微笑む。綺麗に微笑むなぁ。相変わらず。オレは猫目で茶髪の男だから――赤司は猫が好きなのかなぁ。でも、言うこときかない猫は苦手だと言うからなぁ……。素直な猫は好きだと言うけれど。
 赤司の趣味はわからない。けれど、お礼だけは、オレにも言うことが出来る。
「今までありがとう。赤司。そして――これからも宜しく」
「――勿論だよ!」
 オレと赤司は握手をする。オレはまだワイングラスを持っているので、いきなり抱き着いたりしたらこぼれてしまうだろうとの、赤司なりの配慮だろう。
 紅白は、今年は白組が勝った。でも、去年はどっちが勝ったのか、実を言うともう忘れている。どっちも素晴らしいからなぁ……。
 蛍の光が流れ、ゆく年くる年が始まる。これを観ると、オレは厳粛な気持ちになる。
 百八つの鐘が鳴る。煩悩の数だと言うけれど、オレの煩悩の数は、きっと百八ではきかない。年頃だもん、オレ。
「オレの煩悩は、百八つの鐘じゃ全然消えないだろうな」
 赤司がオレと同じことを言う。オレは目を瞠った。
「どうしたんだい? 光樹」
「いや、オレも――オレの煩悩の数は百八より多いって――」
「キミは清らかだよ。光樹」
「そんなことねぇよ――人間だもの」
 にんげんだもの――相田みつをの書にそんなものがあったような気がする。きっと、百八じゃ、己の煩悩は消えない。百八の鐘って言うのはきっと沢山って意味じゃないのかな。
「今年は楽しかったよ。――光樹がいたから」
「オレも――楽しかった。そりゃ、いろいろあったけど……春、一人暮らしをするつもりでドアを開けたら、赤司がこの部屋にいた時は驚いたな」
「……ははっ。驚いたか。両親から話は聞いてなかった?」
「聞いたかもしれないけど――あ、もう零時だ。明けましておめでとうございます」
「こちらこそ、明けましておめでとう」
 スマホで皆にあけおめメッセージを送ろう。オレはそう思い、部屋に戻ってスマホを取って来た。
「光樹! こっち来い!」
 オレは赤司に、唇にキスをされた。いきなりでびっくりした。
「なっ、なっ……」
「アメリカでは、新年を迎えた時には、こうやって近くの人とキスするんだよ」
 そんなの知らなかった! ――アメリカでは、赤司の隣とかは取り合いになっただろうな。
「突然なんてびっくりだよ。それに……アメリカのことでしょう? 新年にキスをするのは。……キスするのは誰でもいいの? 男同士や女同士でもキスするの? 赤司はさぞかしモテただろうね」
「妬いているのかい? そんなところも可愛いね。光樹は」
 はぁ……。揶揄われているんだろうか……。それに、ここはアメリカじゃなく日本なんだから、アメリカでの習慣を持ち出されても……。
「『日本人はシャイなのに、赤司は違うのね』と言われたことならあるよ。――虹村サンと灰崎もまだアメリカにいるって言っていたよ」
「そっか……」
 LINEから、黒子や火神、フクやカワなどの元誠凛のメンバーから、あけおめメッセージが届いた。木吉センパイや、後輩の朝日奈や夜木、キセキのヤツらに高尾……そして、虹村サンや灰崎からも続々届く。勿論、カントクや日向サンからも。
 オレも『明けましておめでとう、皆』と書いた。
『赤司君はいないの?』
 これはカントクからのメッセージ。
『いますよ。隣に』
「去年はお世話になりました、と伝えて。相田先輩達に」
 赤司はスマホを覗き込みながら言った。何だよ――プライバシーの侵害じゃねぇか。
『去年はお世話になりました、だって。赤司から』
『んまー、一緒に挨拶なんて、お熱いこと。これから初詣に行くんだけど、降旗クン達も来る?』
『いいですけど、どこの神社っスか?』
 カントクは神社の名を教えてくれた。うん。そこだったら、ここからそんなに遠くない。――赤司の表情を窺うと、赤司も頷きながら、乗り気で言った。
「オレ達も行くって言って」
 ――オレは赤司の言う通りにメッセージを送った。洋服は新しい方がいいかな、などと、赤司は嬉しそうにクローゼットをかき回す。赤司はいつもの服でいいんじゃないかな。おしゃれだし、服沢山持ってるし。

後書き
ゆく年くる年は私も好きです。
新年って、背筋がぴしっとする感じがしますよね。
2019.10.20

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