ドアを開けると赤司様がいました 76

「頑張れ! 誠凛!」
「頑張れ! 洛山!」
 オレは赤司をきっと睨みつけた。赤司もオレの方を睨めつける。オレ達の間に火花が散った。
「うぉぉぉぉぉ!」
 試合場に歓声が湧いた。――朝日奈からボールが夜木に渡った。夜木も安定感のあるドリブルをする。
 ロードワークも満足に出来なかった夜木が、あんなに上手くなって――オレは、胸が熱くなった。やべ、何か泣きそう。その泣きそうな気持ちをオレは応援に変える。
「頑張れ! 夜木!」
 オレは、言ってから自分でも驚いていた。個人名で応援したのは初めてだったからだ。しかも、つるっと。
 夜木がシュートを放つ。その瞬間だった。
 ピーッ!と、ホイッスルの音が鳴った。試合終了!
「ぶ……ブザービーター?!」
 オレは思わず呟いていた。朝日奈達誠凛のバスケ部の面々はわっと夜木の周りに集まった。――いい試合だった。ブザービーターは黒子も決めたことがあるけれど。
 黒子と夜木。結構似てるかもしんない。性格も似ているようだし、黒子はずっと夜木の面倒を見ていた。朝日奈も、夜木の根性を見直したらしい。――最初は、下手だからやめちまえって、夜木に言ってたのに、朝日奈のヤツ。
 いいコンビに育ったじゃねぇか。朝日奈、夜木。
 それに、誠凛を支えてくれた皆。ベンチ入り出来なくても応援してくれた選手達。
 皆――ありがとう。
 朝日奈がインタビューに答えている。何と言っているかまでは、こちらには聴こえて来ないが。
『いい試合でしたね。見ていて気持ちが良かったです』
 解説者が言っている。オレも同じ気持ちだ。
「誠凛、いいチームになったな。光樹」
 赤司が手を差し出す。オレも手を出して赤司の手を握った。
「洛山もいいチームになった……もう、オレは必要ないかな」
 う……そんな悲しいこと言うなよ……その時だった。洛山の選手が観客席の赤司に向かってお辞儀をした。
「赤司主将! ありがとうございました!」
 そして、他のメンバーも、
「ありがとうございました!」
 と言って礼をする。
 彼らに赤司の姿が見えたかどうだかわからない。赤司は結構コートから離れたところから応援していたからだ。それなのに、彼らには赤司がいることがわかったのだ。
「お前ら……」
 赤司は目元を拭った。
「来年は優勝しろ」
 ――そう、赤司は呟いた。晴れ晴れとした笑顔で。洛山の選手も控室に引き返していく。
「良かったな。フリ。……テツに火神」
 青峰も言ってくれた。桃井サンも「良かったね! テツ君!」と言って、黒子に抱き着く。カントクも 「仕様がないわねぇ」と独り言ちながら苦笑している。桃井サンは相変わらず黒子が好きらしい。
 ――桃井サンは青峰とカップルになればいいのに。青峰の為にも。
「おーい、フリ!」
 あ、小金井センパイだ。来てたんだ。
「小金井センパイも誠凛の応援スか?」
「うん! 皆頑張ってたよな! ――オレも感化されちまったぜ。あ、水戸部もいるぜ」
 水戸部センパイがこくんと頷いた。水戸部センパイは、未だに一言も喋らない。妹サンは結構喋るのにな……。
「朝日奈と話したいな」
 俺が言うと、赤司が止めた。
「朝日奈クンは今、インタビューで忙しいんだよ。後にした方がいいんじゃないか?」
 ――良かった。赤司はもう、いつもの思慮深い赤司に戻っている。……オレにフラれたぐらいでショックを受けるような男ではないんじゃないか? 赤司征十郎という男は――本当は。
「ちょっとぉ、慎二何やってんのぉ」
「あ、姉ちゃんが呼んでる。行かなきゃ。じゃあな。――あ、そうそう。日向が医務室へ運ばれるの見たけど、何があったの?」
 日向サン……やっぱりあの料理食って無事でいられる訳なかったか……。
「オレ、医務室行って来るよ」
「ああ……オレも行くよ。光樹――日向先輩大丈夫かな」
「死にはしないと思うけどね……」
「あ、私も行くわ」
 カントクが行った。黒子もついて行きたそうだったが、その時、テレビの記者が取材に来た。
「こちら、応援席からです。――キミ達は誠凛を応援してたんですよね。あ、そこにいるのは火神サンと青峰サンですよね! ちょっと待ってください! 何か一言!」
「ったく、うっせーなー」
 青峰はご機嫌斜めだ。でももし、インタビューアーがマイちゃんだったら、相好を崩していたことだろう。
「青峰君。そんな態度はないでしょ」
 桃井サンが青峰を窘める。青峰はちっと舌打ちするが、一応記者のインタビューに答えている。流石は桃井サンだね。
 オレ達は汗と木の匂いの入り混じった独特の匂いの体育館を後にした。――火神もいろいろ質問されていた。あの二人は有名人だからなぁ……赤司も……。
 あれ、赤司どこ行った?
「なぁ、黒子。赤司どこ行った?」
「医務室だと思いますよ。日向センパイのお見舞いに」
 そっか……日向センパイも頑張ったな。例え応援に行けなくても――観客席には最初からいなかったから、多分その場で気絶でもしたんだろう……。誰かに運ばれでもしたのかな。
「洛山もいい選手揃いでしたね。あ、火神君。ボク、先に行ってますね」
 火神が、「ああ」と答えて手を振った。
「ん……」
 日向センパイが目を覚ました。そして、伸びをする。
「んあー、よく寝た。ん? オマエら何でここにいんの? 試合は終わったのかよ」
 日向センパイ! 良かった! 無事で!
「終わりましたよ。無事に。――誠凛の勝利でした」
 と、黒子。
「そうか……まぁ、オレの後輩なんだから当然だな」
 日向センパイが得意そうに鼻息を荒くする。カントクの料理のことには触れなかった。
「はーい、日向クン」
 カントクが扉を開けて入って来た。
「リコ……」
「これ、水ね。買って来たわよ。日向クン、体の調子が悪かったなら、無理しなければ良かったのに」
 カントクは自分のせいだとは知らない。火神辺りに料理を習った方がいいんじゃねぇか?
「カントク、ちょっと……」
「あら、なぁに? 黒子クン」
「――日向センパイは、カントクの料理を食べて失神したのです」
「え? そうなの?」
「黒子!」
 日向センパイが叱咤する。でも、本当のことなんだから言わなきゃ。日向センパイはカントクには甘いんだから。でも、好きだからと言って、甘やかしちゃダメだよ。毎日ポイズンクッキングじゃ、からだもたないだろ?
 ――まぁ、日向センパイの努力を水の泡にした訳ではあるが。
「そうなの? 日向クン……ごめんね……私、やっぱり料理はダメみたいね」
「いや……オレが好きでしたことさ……」
 そう言った日向センパイは、やっぱりかっこいいと思う。よほど好きなんだな……カントクのこと。
「決めた! 私、料理習う! 火神クンとか、上手かったわよね! 紫原クンも」
「カントク、美味しいゆで卵の作り方ならボクにも教えてあげることが出来ますよ」
「頼むわ! 恩に着るわよ! 黒子クン!」
 カントクが、ガシッと黒子の手を握った。その時、桃井サンが来た。――何ともバッドタイミングだ。
「きゃああああ! 相田サンがテツ君と~! テツ君、相田サンから離れて~! 相田サンには日向サンがいるでしょう~!」
 桃井サンが泣きながら黒子の腕に縋りつく。ちっ、いいなぁ。黒子。赤司と付き合ってる(?)とはいえ、オレもボインは大好きなんだ! ……別に強調している訳じゃないけどさ。
 日向サンは余裕の笑み。
「おう、黒子、モテんな」
 なんて言っている。彼女がいる男の余裕だね。それに……確かに日向サンはいい男になった。彼女が出来ると、人間成長するのかな……。
「オレも教えてあげましょうか?」
 と、赤司も言っている。でも、赤司が教える料理は旨いけど、カントクに教えるのは大変なんじゃないかな。赤司は何でも出来過ぎるから、出来ない人の気持ちはわからないと思う。
「あ、お饅頭だったら光樹も教えてあげられるよね」
 赤司がオレの方を見て言う。――うう~、自信ないんだけどな……。自信ない物を赤司にあげたというのは失礼に当たるかもしれないけれど……赤司に食べて欲しくって。――あ、カントクも日向サンに美味しい手料理作ってあげたいのだろうか。だったら、気持ち、わかるなぁ……。

後書き
試合は誠凛の勝利。セオリーに則りました。
黒子クンのゆで卵なら、私も食べてみたいです。
2019.10.17

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