ドアを開けると赤司様がいました 75

「――赤司、別れよう」
「……え?」
 赤司が表情を失った。端正な顔はそのままだが、何か大切なものが消えてしまったような……。
「おい、フリ……!」
「何だよ、てめーら……ラブラブなんじゃなかったのかよ……!」
 火神と青峰は焦っているようだ。勿論、オレだって本気で言った訳じゃない。けれど――。
「だって、誠凛の部員に毒を盛って弱らせたところを叩こうなんて、そんなの誇りある赤司征十郎のするこっちゃねーだろ!」
「ま、待て、光樹……ちょっとした冗談じゃないか……」
「赤司君。今のは赤司君が悪いです」
 黒子がこちら側についた。黒子ならわかってくれるはず。カントクはサプリメント入りカレーライスやら、果物入り鍋とかでオレらを死地に追いやったことがあるのだ。――さながらポイズンクッキング。
 こんなことを言ったとて、オレらを酷いヤツらだと思わないで欲しい。味や香りはそう悪くもなくなっていったが。
「毒って……何のことかしら……」
「さぁ……」
 当事者のカントク、そして桃井サンは何のことを言ってたのかわからなかったらしい。カントクと桃井サンは料理の腕もどっこいどっこいらしい。どちらもポイズンクッキング。
 ――それを食べさせようなんて、冗談でもあんまりじゃないか。
「黒子……だから、今のは冗談だって……」
「言っていい冗談と悪い冗談があります。それに、さっきのセリフはカントクにとっても失礼ですよ」
「く……」
 赤司が悔しそうに唇を噛んだ。
「リコ……」
 日向サンが言った。
「オレ、腹減った。バスケットの食糧、全部寄越せ」
「え……?」
 日向サン、もしかして――。カントクの作った料理もどき、全部食うつもりなの?!
 日向サン、アンタ、漢だぜ――。
「すげーな、日向センパイ……あれを食うのか……?」
 火神が尊敬のまなざしで日向サンを見る。
「おう、火神……日向……いや、日向サンの顔見たか? あれは覚悟を決めた男の顔だぜ。なぁ、フリ。相田サンの料理って、さつきとそう違わねぇんだろ? 何だか知らない鳴き声あげたりするんだろ?」
 ――と、青峰。
 日向サン、青褪めながらカントクからバスケットを渡してもらう。
「ええい! 死にゃしねぇ! お前ら、先に会場行っててくれよ!」
 日向サン! あなたの男気、無駄にはしません!
 ――彼はがっがっとカントクのポイズンクッキングを口にしている。
「あらぁ、日向クンたら、よっぽどお腹空いてたのね。もっと作ってくれば良かったかしら」
 ――人の気持ちも知らないで、カントクは嬉しそうに言っている。本当に、料理の腕以外はいい人んなだけどなぁ……カントクも。
 それに、日向サン。よっぽどカントクのこと好きなんだなぁ……あれを口にするなんて……。
「日向センパイ……偉いですね。やはりカントクの相手は日向サンしかいません。カントクは一時期木吉センパイとも付き合ってたようですが……」
「日向先輩に木吉サン……相田先輩もモテるんですね。どちらもいい男ではありませんか」
 黒子の言葉を赤司が遮って言った。オレも、もう赤司を怒っていない。オレだって、さっきのは言い過ぎだと思ったから――。
「赤司、ごめん」
「何がだい? 光樹」
 赤司がすっきりした様子でオレの方を見て笑いかけた。――うう、罪悪感……。
「別れようって言ったの、あれ、嘘だからね」
「……わかってるよ。でも、今度からはそういう嘘は言わないで欲しいな。キミの台詞がどれだけオレに尋常ならざる影響を及ぼしているか、まだわかっていないようだからね。光樹は」
 そして、オレにデコピンを食らわせた。
「いてっ」
「これだけで済んだことに感謝するんだね。行くよ、皆。日向先輩の犠牲を無駄にはしない為にも」
 ――赤司がざっと一歩を踏み出す。チワワメンタルのオレは、カントクの料理の腕が少しでも上がっていることを祈らずにはいられなかった。というか、そんなことしか出来なかった。

 観客席はざわざわしていたが、試合の合図がなると、しーんと静かになった。
 オレはやっぱり誠凛を応援する。ごめん、赤司。
 だって、試合には朝日奈も夜木もいるし――。
 そして、オレの大事な後輩達……なんか見たことねぇヤツもいるけど。誠凛はインターハイ、ウィンターカップの連覇で有名になったのだ。もう大所帯だ。層も厚くなって来ている。
 ……だから、洛山は優勝候補には上がっていたものの、決勝では勝ち星を逃していた。去年も、一昨年も――。
 洛山には赤司がいたのに――これだから勝負はわからない。
 赤司が主将になって一年目にいた実渕・根武谷・葉山の三人は無冠の五将だったが、改めて彼らの力を思い知らされた。バスケは一人では出来ないのだ。それでも誠凛は勝つことが出来た。火神と黒子、そして、誠凛を応援してくれた皆のおかげだ。
 勿論、その後だって、赤司がいたから洛山も善戦はしていたが――。
 ――朝日奈が早速アリウープを決めた。おおっ!と歓声が上がる。
 すげぇな。誠凛。すげぇな。朝日奈。決めるところは決めてくれるじゃねぇか。
 勿論、洛山も負けてはいない。派手なプレイではないものの、きっちりお返しはしてくれる。あの主将――確か、神山と言ったな――は、堅実なプレイを得意としているらしい。
「あの主将のプレイは、光樹のプレイに似てるな」
 隣に座っていた赤司が言った。
「え? そう?」
 ――オレはちょっと得意になった。オレ、あんなに上手いの……?
「勿論、神山の方が上だがな」
 ――ぎゃふん。
 赤司ぃ……確かにさっきのはオレが悪かったかもしれねぇけどさぁ……江戸の敵を長崎で討つようなこと言わないでくれないかな。
「でも、光樹も上手くなったよ」
 赤司が優しい目で言う。ああ、赤司はやっぱりいいヤツだ……。
 勿論、誠凛も負けてはいない。
「誠凛、誠凛、誠凛頑張れ!」
 カントクが一生懸命声を張っている。桃井サンは微笑まし気にゲームを見つめている。
 一進一退の攻防。どちらも真剣だった。
「オレはね、光樹。本当は中学時代もあんなプレイがしたかったんだ」
 ああ、遊びでやってたっていう、全中の決勝ね。……黒子から聞いたもん。確かに、真剣にやっているのに、点数の1を揃える為だけに遊びでやられちゃあ、きっとオレも心折れたと思うんだ。
「これから一生懸命やればいいよ」
 オレがぽんと赤司の肩を叩いた。
「ジャバウォック戦では全力出したろ?」
 赤司は思い出したように、「ああ!」と頷いた。
「あの時は全員が一丸となってプレイしたよ。あんなに充実した時間もなかったね。それから誠凛戦――皆、情熱を傾けてたね……あの時も、オレは充実してた。ありがとう。光樹。それに誠凛。オレに本気を出させてくれて」
「いやぁ……」
 赤司がオレの手を取った。
「――オマエがオレを捨てても、オレは必ずオマエを追って行く」
「赤司……」
「おい、何いちゃついてんだよ。そんな場合じゃねぇだろ」
 赤司の隣の青峰が注意する。う……ただいちゃついてんじゃねぇってば……。あ、でも、他の人から見れば、いちゃついてるように見えるか……。
 今年はドリブルの上手い一年が入ったらしいな。――まぁ、元洛山の葉山サンには敵わないけど……けど、鍛えれば、同じくらいにはなるかな。もしかすると、葉山サンを超えることも出来るかも。
「えっれぇドリブルうめぇな。あのチビ。一年か?」
 青峰もそう思うか。ドリブルが上手いことはいいことだ。この一年のドリブルは模範的じゃないか。
「誠凛はいつ見ても落ち着いているね。見ていて安心するよ」
 おっ、赤司のヤツ、誠凛を見直したか?
「まぁ、洛山には敵わないけどね」
 ぐぬぬ……誠凛は今年もすごいんだってとこ、見せてやれ! 朝日奈主将!
 第四クォーターも大詰めに入って来た。――残り時間は後一分。ボールを巡っての攻防は続く。
 朝日奈に二人のマークがついた。でも、夜木達は慌てない。――成長したな。あいつら。あそこであんなスクリーンを使うなんて……。しかも、上達してる。カントクがいなくても、もう誠凛は大丈夫だな。
 今、誠凛と洛山は同点。
 オレは思わず祈った。――頑張れ。誠凛。
「頑張れ! 洛山!」
 赤司が立ちあがって叫んだ。赤司――。オレは目を瞠る思いで赤司を見た。観客席から本気の応援なんて……今までの赤司では考えられなかった。尤も、赤司は今まではプレイする側、応援される側だったからな。オレも立ち上がった。
「頑張れ! 誠凛!」

後書き
日向サン男前!
朝日奈クンも夜木クンも成長したようで。それを見抜く降旗クンもなかなかです。
2019.10.15

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