ドアを開けると赤司様がいました 74

「赤司君! 降旗君!」
 桃井サンが駆け寄って来てくれた。どんなコロンを使っているのだか知らないが、桃の匂いがした。――今、オレ達はウィンター・カップの会場にいる。やっぱり、皆の予想通り、洛山と誠凛の決勝になった。
「おい。コケんなよ。さつき。――よっ、赤司にフリ」
「うん。元気だった? 青峰に桃井サン」
「オレは病気知らずだよ。さつきは……今の様子見ればわかるだろ?」
「私、どっちも応援するね!」
「桐皇は負けちまったんだから、まぁ、しょーがない。でもオレ、バスケ好きだから」
 青峰の言葉に、赤司が腕を組みながら言った。
「だったら、桐皇のバスケ部にも少しは顔を出したらいい。オマエが目標で、桐皇に入ったヤツらも随分いるそうだぞ」
「へぇ。物好きなヤツらもいたもんだ」
「大ちゃん……」
 桃井サンが青峰の袖を引っ張った。
「ああ? わかってるよ。オレがきっかけでバスケ始めたヤツが後を絶たないってのはな。ま、オレのプレイを観たらバスケしたくもなるだろうぜ。なぁ、赤司、フリ」
「それよりも火神が目標でバスケを始めたという人の方が多いようだが」
「オレの後輩の朝日奈もそう言ってました」
「お、オマエら……! そんなこと言われたらオレの立場がだな……てっ! 誰だよ。……あ、火神」
「よっ、青峰」
「――元気だったか?」
 そう言った青峰の声はどこか優しい。
「ん。おかげさんでな。うぉっ!」
「テツ君! テツ君テツ君テツくーん!」
「おーい、さつき。その辺でやめとけ。テツが困ってんぞ。それに……火神もこえぇしな」
「あ? 何だと?」
 青峰は火神のことを好きだった。けれど、黒子のことがあったから、火神のことを諦めたんだ。火神も黒子のことが好きだし――青峰はかっこいいよな。正に漢だよな。
 その漢な青峰は現在、桃井サンと黒子を見てニヤニヤしている。
「ふーんだ。青峰君や火神君というライバルがいても、私負けないもんね」
「あ、あの……その場合ボクの人権というのは……」
 黒子の幸せ者。オレも恋愛沙汰で人権がどうとか贅沢なこと抜かしてみたいよ。……あ、オレには赤司がいたか。赤司の方を見ると、赤司は満面の笑みを見せる。オレも笑顔を見せる。
「オマエらもラブラブだよなぁ」
 青峰は恋愛の気配にも聡いらしい。ずっとあのままだと、オマエは赤司に捨てられるぞ――そう言ったのも青峰だった。
 あれは、青峰なりのアドバイスだったんだろうな。きっと。でも、こいつ、口下手な上に頭悪いからな――火神が何で怒らなかったのか謎だよ。火神もどっか青峰に似てるからかな。
 まぁ、火神は青峰より優しいからって言うのは、贔屓目だろうか。オレ達は青峰のせいで友情関係すら壊れるところだったのに――。でも、今は……まぁ、ラブラブかな……。
「えへ……」
「思い出し笑いしてんじゃねぇぞ。フリ。でも、オマエらも上手く行ってんならそれでいいか」
「ああ。キミがいろいろ言ってくれたおかげで、災い転じて福となすで、今はとても上手く行ってるよ」
 赤司がオレの肩を抱いた。オレはドキン、とした。赤司もいい匂いすんなぁ……結構男らしい、骨太……と言っていいかどうかわからないけど、そんな匂い。
「ちっ、オレ一人だけ独り身かい。さつきだってテツにアタックするパワーがあんだもんな。――大人しくバスケして、NBAでも目指すか。そんで、マイちゃんと祝言でもあげよう」
 ……まだマイちゃんのことは諦めてなかったんだ。青峰……。赤司はさり気なくオレの肩から腕を離す。そして、応援するよとでも言う風に、青峰の胸を軽く小突いた。
「頑張れよ。青峰」
 オレも青峰に向かって言った。青峰はいい男だから、マイちゃんもいずれは振り向くかもしれない。
「――ふ、大人になったな。フリ。あ、もしかして……」
「残念ながら、オレと光樹の間には何もないよ」
「ちぇっ、つまんねぇの。黄瀬との話で肴にしようと思ってたのに……ま、相手がフリじゃしゃーねーか。見たとこかなりお子ちゃまみてぇだもんな」
 誰がお子ちゃまだよ! 青峰のヤツ!
「そうなんだ。オレもいろいろアプローチはしてるんだけどねぇ……まぁ、あの行為が怖いんで踏みとどまってるんじゃないかと思ってるんだけど……オレはそれでも、光樹の傍にいられればいいんだ」
「随分プラトニック・ラブだな、おい」
「そうですね。赤司君がこんなに我慢強く待ってるとは……」
「青峰君も見習ったら?」
 青峰、黒子、桃井サンが言う。火神は一人、つまらなさそうに人差し指でボールを回したりしている。あれ、どうやってんだろうと思って、何度も練習した。少しは出来るようになったが、火神には及ばない。そういや黒子も上手かった。
 オレが火神を見てると、他の四人の視線もそっちに集まる。
「何見てたんですか? 降旗君」
「いや、火神さ――何であんな人差し指一本でバスケットボールあんなに上手く回せるのか気になってな」
「あー、青峰君も時々やるよね」
 と、桃井サン。青峰も頷いて言う。
「そういやそうだな」
「オレ、あんなに上手く回せねぇよぉ」
「……まぁ、オレの場合は気が付いたら出来るようになったっつぅか……フリには、オレのような天性のバスケの才はねぇからな。赤司とかと違って」
 ――むっ。青峰め結構言うな。でも、まぁ仕様がない。青峰の言う通りだからな。だってオレは――確かに赤司や青峰のようなバスケセンスはねぇからな。
「何を言う。青峰。光樹はやれば出来る子だぞ。光樹。あれにはコツがあるんだ。ネット上でもやり方詳しく書いてあるけど」
「へぇー」
「でも、後で教えてあげるよ。今は洛山の応援だ! ――あ、光樹は誠凛か。敵味方になるね。オレ達」
 うーん、そうなるのかなぁ……。でも――。
「吠え面かくなよ! 赤司! 勝つのは誠凛だ!」
 火神が目を丸くして、ぽろっとボールを落とした。
「あれ? どうしたんだよ、火神」
「いやぁ……フリも強くなったな、と思って――」
「え? どこが?」
「――オマエ、赤司の初対面の時、覚えてねぇのか? ほんと、ビビりまくりだったじゃねぇか」
「……あ、そっか」
 そういやぁ、そんなこともあったな――と、しみじみ笑い話になる程、時間は経ったのだ。今では、非公式とはいえ、赤司との結婚が囁かれるオレらである。ん? あれは本当に非公式だったかな?
 赤司と結婚したら毎日ご馳走三昧だろうけど、オレはやっぱり我が家の味がいいなぁ……。
 ――などと、下らないことを考えていると……。
「ちょっと、桃井サン達。そんなに走らないでちょうだい」
 ――あ、カントクがやって来た。日向サンも一緒だ。
「カントク! 日向センパイ!」
「こんにちは。降旗クン。私達も誠凛の応援に来たわよ。降旗クンは勿論誠凛を応援するわよね!」
「はい! 朝日奈と夜木が高校バスケでスタメンになる最後の機会なんで」
 朝日奈大悟に夜木悠太。オレ達の初めての後輩だった。いろいろあったけど、今は二人とも仲良くしているらしい。朝日奈は火神の弟分みたいなところもある。火神に憧れてバスケ部に入ったって言うからなぁ……。
 でも、その気持ちわかるぜ。バスケやってる時の火神は、最高にかっけーもんな!
 あいつらにも声かけらんねぇかな。試合が終わったら。
「ところでカントク――そのぉ……」
「ああ、パパなら撒いて来たわよ」
 重大なことをさらっと言うなぁ。いや、カントクの家――相田家では当たり前なんだろうけど。
「そんな重い荷物持ってよく景虎さんのこと、撒けましたねぇ……」
 桃井サンが言った。カントクはバスケットをいくつも持っていたのだ。――イヤな予感がする……。
「だって、これは部員全員の食糧だもの。大切な物なんだから。私がわざわざ作って持って来てあげたの。あなた達にも分けてあげるわね」
 ぎぇぇぇぇぇぇぇ!
 カントクと桃井サンを除く面々――あの赤司や黒子でさえ蒼白になった――は悲鳴を上げた。……勿論、恥ずかしながらオレも。
「あら……何よ……」
「カントク……それはやめた方が……部員達だって弁当は食べたはずだ……です」
「そうだぜ。リコ……オレからも頼む。誠凛の勝利の為には、その手料理引っ込めてくれ! 元誠凛バスケ部主将としての頼みだ」
 火神と日向サンがカントクの説得にかかる。カントクはやはりというか渋った。
「……せっかく作ったのに……」
「相田サン……その気持ちわかります~。一生懸命作っても大ちゃん達には料理じゃないって言われるし~……」
 桃井サンがカントクの味方になった。料理に関しては女子力のない女子二人が手を取り合ってよよよ……と泣き崩れた。
「ふふふ……」
 何かっこつけて笑ってんだ。赤司。少しの間とはいえ、顔面真っ白になったくせに。
「相田先輩の料理を誠凛の選手が食べたら、我が洛山は圧倒的有利に立つな……」
 恐ろしいこと言うんじゃねーよ! 赤司! ああ、あの悪夢がよみがえる……。後輩達にそんな悪夢を見せる訳にはいかないな。仕方ない……。こんな手は極力使いたくなかったんだが……。
「――赤司。別れよう」

後書き
何と! チワワメンタルの降旗クンの爆弾発言!
それもカントクのポイズンクッキングのせい……?
2019.10.12

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