ドアを開けると赤司様がいました 71

「あ、あああ、征十郎……」
 征臣サンが駆けつけて来てくれた。赤司を窘めに来たと思ったら――。
「よくぞ言った!」
 ずるっ。オレはコケた。オレは、大丈夫かい、光樹――と訊いて来た赤司の方を睨んだ。全部てめぇのせいだっての。
「済みません。父様――光樹を部屋に運んで行っていいですか?」
「まだ手をつけてはいかんぞ。将来、私の義理の息子になるかもしれないのだから。その前に傷物にしたら、私は降旗さんに合わす顔がないよ。――済みませんねぇ、降旗さん。うちの愚息が……降旗さん、降旗さん……」
「ああ、うん……」
「良かった。気が付かれたようで」
 征臣サンはほっとしたようだった。オレも父ちゃんの傍についていたかったけれど、赤司が背中をぐいぐい押して、オレを部屋から出そうとする。
 征臣サン……詩織サン……赤司のあの性格は、あなた方のどちらに似てるんでしょうかねぇ……。やっぱり征臣サン似なのかな。
「いやいや、私は決して偏見がある訳じゃ……まぁ、全くないと言えば嘘になりますが、相手が光樹君だったら――」
 征臣サンに偏見がなくても、うちの両親にはあるっつの! でも、お袋も――。
「まぁ、出来の悪い嫁を連れて来るより、赤司家にもらわれて行った方が光樹もきっと幸せでしょう」
 ああ、この一言がオレの意識を途切れさせたのだった――。

「光樹君……」
 この声は、聴いたことのあるようなないような――。綺麗な女の人が目の前に立っていた。この女性は写真で見たことがある。
 詩織サン――。
 詩織サン、詩織サンが何でここにいるの? 死んだんじゃなかったの?
「光樹君……て、呼んでいいかしら」
「ああ、構いませんが――あなた、詩織サンですよね。征十郎クンのお母様の……」
「そうよ……。征十郎のこと、宜しく頼みましたよ」
 ちょっと待って、詩織サン、詩織サン――。

「――き、光樹……」
 この匂いは……確か赤司が今日付けていた香水……それも、この匂いは、甘いラストノートだ……。
「ん……」
「いつまでも寝てたら、オレが襲ってしまうよ。……でも、父様に叱られてしまうかな。それにしても、『ホモの嫌いな女子なんていません』って、あれは本当だったんだねぇ……いや、光樹のお母さんも、未だに冗談だと思ってはいるんだろうけど」
 いや、お袋はこんな冗談言う人ではないはず――。
 それに、何事も飲み込む度量を併せ持つ母だ。だから、チワワメンタルのオレの父は惹かれて行ったに違いない。オレもそんなお袋のことが好きで……まさか男同士の結婚を認める程とは思わなかったけれど。
「……親父とお袋は?」
「ん? タクシー呼んで一緒に帰って行ったよ。キミのお母さんは平気そうだったな。お父さんの方はちょっと顔が曇ってたねぇ……でも、同じようなタイミングで倒れるなんて、キミ達は本当に仲良し親子だね」
 ……だろうな。悪かったね。原因はアンタだよ。
 親父は常識人だから。お袋も常識人だと思ってたけど、ちょっと見る目が変わったかもな。
「ああ。大丈夫だ。光樹。――オレは父と約束したよ。結婚するまで、オマエを傷つけるようなことはしない」
「ん……」
 いちいち言わなくても、オレは赤司を信じてる。オレのことを傷つけないって……結婚するまで、というのが気になるけど。結婚したらオレを好き勝手に扱うつもりなんだろうか……。
「あ、そうそう。皆に関しては父さんが上手く言いくるめていたよ。オレもちょっと言い過ぎだった」
 そっか……やっぱり征臣サンは信頼に足る人だな。赤司は……ちょっとどうだかわからないけれど。
「でも、父さんもキミがお嫁さんに来ることは賛成みたいだよ」
 赤司がにこっと笑う。オレの背中にぞぞっと怖気が走った。
 あ、そういえば――。
「あのね、赤司。オレ、キミのお母さんの詩織サンに会ったよ。――夢の中で」
「ああ、オレの夢の中にもしょっちゅう出て来る。……オレが心配なんだろう」
「亡くなったお母さんにも、愛されてるんだね。赤司は」
「ありがとう。――そうだね。母はオレを愛してくれた。オレにバスケを教えてくれたのも母だって、いつか言ったよね。――でも、そう言っても、父がオレを愛していなかった訳でないことはわかってるけどね」
「うん……」
「オレ、光樹に話があるって言ったよね」
「ああ、確かに――」
「それより先に、オレとオマエが一緒に住むことになった経緯を話していいかい」
 ――ああ、それ。気になりながらもつい聞きそびれていた、その経緯。訊いても良かったんだろうけど、何となく躊躇しちゃって。
「やっぱりキミの父さんも母さんも、オレの提案には驚いたみたい。キミのお母さんはすぐに納得してくれたけれど、お父さんが、オレと、自分の息子を住まわせて本当にいいんだろうかって――君の母さんとオレの父さんが説得に当たったけど」
 あー、やっぱり何か粗相があるといけないとかって、思っちゃったんだろうな。父ちゃん。オレもオレの親父だったら、反対まではしなくとも、積極的に賛成は出来ないだろう。
「でも、その後キミの姿を見た時、元気そうで安心したって。赤司家の息子――つまりオレ達とも仲良くなったみたいでって。キミは知らないかもしれないが、キミのご両親に定期連絡入れてたんだぞ。オレは」
 確かにそれはオレも知らなかった。赤司はちゃんとするところではちゃんとするということか――。
 それに、親父もいつかは現実見なきゃいけねぇんだ。オレは、赤司と寝る覚悟はまだついていないものの、将来赤司家で暮らすことも考えなきゃいけない時期に来ているかもしれない。
 どうしよう……それが怖い……。
 赤司が怖いんじゃない。……いや、怖いけど、赤司は優しい。でもオレは、赤司とは親友でいたかった。何でこんな、色恋沙汰に発展してしまったのだろう。確かに赤司は好きだし、憧れの気持ちもあるけどさ。
「――光樹。部屋を用意させよう」
「え? そんな気を遣わなくていいのに……」
「いや、オレがね、このままだと限界なんだ――久々に実家に泊まって気が緩んでキミに手を出すかも……」
「別の部屋で寝ます」
 ――だけど、どうして赤司はオレのことをこう堂々と「好き」と言えるのだろう。オレが女性だったらわからなくもないけれど。
「赤司には、一緒に寝たいと言ってくる女性が大勢いるだろ?」
「ああ。断るのに骨が折れた……けれどな、光樹。オレは男が好きなんじゃない。好きになったのが男だったんだ」
「は、はぁ……」
 何となく説得力のある言葉だ。オレが感心していると、赤司が一転、にっこりとして笑い、
「――と、漫画に描いてあったよ」
 と、白状した。
「あ、そう……ああ、赤司って何でも読むんだねぇ。洋書から漫画まで……。それに、読むスピードも速いし」
「コツがあるんだよ。キミにも教えてあげようか」
 そうだね。あったら役に立つかもしれない特技だね。しかし、赤司は何でもやるなぁ……。チートだなぁ……。速読術も身に着けているんだなぁ。オレはじっくり読んだ方がいい派。
 コンコンコン。
 ドアを叩く音がする。開けてみると、征臣サンだった。
「父様……何ですか? まだ光樹との話は終わってません」
 ええっ? まだ本題じゃなかったの? 脱線しまくりだったように思うけれど……。
「まぁいいですよ。オレだってこのままじゃ寝られないところでしたからね」
 そう言って赤司は立ち上がる。征臣サンが言った。
「征十郎。部屋に来たまえ。――光樹君もだ。酒でも酌み交わそう」
「はい?」
 赤司の父ちゃんはオレにも酒をご馳走してくれるというのだろうか。悪いけどオレは――。
「あのね、父様。オレ達はまだ未成年なんですよ。酒なんてもっての他です。……大体、そういう性格じゃなかったでしょう? 父様は。いつも勤勉で、規則にうるさくて、勝利にこだわって――」
 なんだ。赤司そのものじゃねーか。
「いろいろあって変わったよ。――でも、確かに未成年に酒は良くないな。オレンジジュースにしよう」
「――オレを子供扱いしないでください」
「じゃあ烏龍茶だ。光樹君は?」
「お、オレはオレンジジュースで……」
 100%ジュースを飲んだ時のかっと胃が火照る感じが好き――と言ったら、征臣サンは笑うだろうか。
 ――オレ達は征臣サンの部屋に連れて来られた。征臣サンが室内電話で言づける。――しばらくすると、メイドがワインとオレンジジュースと烏龍茶を持って来た。
「下がっていいぞ」
 征臣サンがそう言うと、メイドは控えめにお辞儀をした。征臣サンの態度は人に物を命じるのに慣れた人のそれだった。
「さぁ、気を楽にして」
「は、はい……」
「無理を言わないでください。父様。普段の光樹はチワワの様に肝の小さいヤツなんです」
 う、赤司め、悪かったなぁ!
「うむ。だが、芯の強さがうかがえるよ。光樹君。キミの家族に私達を受け入れて欲しい」
 ――は? 受け入れると言ったらこっちの方でしょうが。
「光樹君。キミのお母さんはね、キミはもう一人立ちする時期だから、キミに決めさせてくださいって言ってたよ。キミのお父さんもキミの幸せを願っている。ただ、やり方がわからないだけなんだ」
「えっと……」
「光樹君。悪いがキミのお父さんはね……一般常識に捕らわれているよ。でも、基本的に賢い方みたいだから、味方につける算段は、ある」

後書き
詩織さんはきっと素敵な母親だったんでしょうね。赤司様にバスケを勧めた人だから。
オレンジジュースは私も好きなんですよ。
『ホモの嫌いな女子なんていません』て……結構いますよ(笑)。
2019.10.05

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