ドアを開けると赤司様がいました 70

「そういや、黛サンはどうしたんだろ……」
「あの人はコミケなんじゃないかな。でなければ修羅場か。悪いけど行けないって言っていたから」
「ふーん……」
 オレは赤司の言った修羅場と言うのは知らないが、多分、大変なんだろう。いろいろと――。手伝いに行って、作業が全部終わった時は、オレも、バスケとは異質の疲れと充実感を感じたっけ。
「年賀状には、キミの描いたアップルハニーの絵を送ってあげようね」
「えー、ちょっとやだなぁ。あんな下手な絵」
 オレらがきゃあきゃあ騒いでいると、ピンポンパンポーンと、軽やかな音楽が鳴った。ウグイス嬢の美しい声が聞こえる。
『八時からダンス大会があります。参加希望者はダンスホールに集まってください』
「……踊るかい? 光樹」
「えっ?! でも、オレ、ダンス下手……ていうか、あまり上手くないし……」
「オレがリードするよ」
「えっ、でも……」
「おいで! すぐに君も楽しくなるよ!」
 弱ったな……家でダンスしたことがあるけど、あれはただ単に体を動かしていただけ、という方が合ってるし――。それに、赤司家って、一種の社交界だろ?
「おや、光樹君。君もダンスに参加かい?」
 ――あ、赤司の父ちゃんだ。
「はい~、ほんと、経験なくて下手くそなんですが……」
「そうかい――征十郎。いろいろ教えてあげなさい。リードもちゃんとするんだよ」
「わかってます。父様。光樹。気楽にしてていいからね」
 あう、あう……気楽にしろって言われても、気楽になんてなれねぇよぉ……。赤司は慣れてるだろうから平気かもしれないけれど。――赤司がふっと笑った。
「オレも……初めてダンスに参加した時には、怖くて緊張して、母様の裾につかまって見ていたよ。――何でかな、今、そのことを思い出した。今のキミとおんなじだったよ」
 そうか……オレも赤司とおんなじなんだ……。
「赤司、オレ、アンタに負担かけないように頑張る」
「オレは強いからいくら光樹に負担かけられても平気だけど――光樹は、努力して努力して、いずれは自家籠中の物にするって、相田先輩も言ってたから。彼女の人を見る目は正しいよ」
 そうだよね。ありがとう、カントク。オレも、カントクがそう言ってくれているなら、力が湧いてくる気がした。それに、ダンスって、テレビとかで観てちょっと憧れてたんだ。
 バンッ!
 ダンスホールには既に数人の男女が集っていた。香水の匂いがしているのに、その匂いに悪酔いしないのは、質の高い品を使っているからだろう。
「あっ、赤司様……」
「私と踊ってくださいませんか?」
 ――あれ? ダンスの申し込みは男性の方からするんじゃなかったっけ?
「悪いが今宵のボクは光樹の貸し切りなもんで……」
 何がボクだよ……もう一人の赤司の真似なんかしやがって。
「ちょっと~……またあの赤司様のお小姓よ」
「一緒に住んでるんですってね。きーっ。許せないわ」
「ちょっと待って、その話詳しく!」
 ――なぁんか、騒がしいなぁ……。
「ダンスが始まる前に、ちょっと練習でもしようか。本当はね、ダンスが上手くなるにはすごくすごく練習時間がいるんだけど……キミはバスケの方が好きなんだよね?」
「勿論!」
 かつての片想いの相手から出された条件。――そこで、バスケと出会った。そして、今、ダンスよりもバスケが好きと、素直に答えることが出来る。
「じゃ、ちょっとワルツの基本から」
 赤司はオレを抱き締めて足を動かす。うう、難しいよぉ……。
 そりゃ、オレだって人並に『Shall we dance』とかもビデオで観たけど……。それから、ジャンププラスで見た『背すじをピン!と』も面白かった。
「そうそう。上手いじゃないか、光樹」
 赤司の『上手い』は宛てにならない。赤司はオレに関しては点が甘いから……。オレとしては、あんよはじょうずから始めてくれないとダメだな、こりゃ――って思ってるんだけど……。
 ――音楽が鳴った。
 ざわっ、と人波がさざめいた。オレ達――ではないな。
 氷室辰也サンとアレックスだ。
 あの二人、あんなにダンスが上手かったんだ。あんなに優雅に踊れたんだ。……アレックスってただのガサツな女性じゃなかったんだ……。社交ダンスも出来たんだ……。つか、プロ並じゃんか!
「光樹。オレ達も」
 赤司の対抗心に火がつけられたらしい。オレは、ぐんっと赤司に引っ張られた。これじゃワルツでもタンゴでもなく、ただの滅茶苦茶だよ……。
「Oh wow! 赤司達もやるね」
 いや、ただ単に滅茶苦茶にリードされただけなんだけど……。
「聞いたかい?! 光樹! アレックスさんに認められたよ!」
「うーん……でも、オレは下手だから……」
 アレックスに認められたんなら、それは赤司の功績だよな。その時、外国人のお客さん達が、「ブラボー、ブラボー」と拍手をしてくれた。いいのかな。あんなんで。
「光樹。キミはリードされるのが上手いね」
「そんな……赤司が上手だからだよ。やっぱり小さい頃から社交ダンス習ってた?」
「そうだな……父様に勧められてな」
 お客さん達は、赤司しか見ていなかったと思う。けれど……。
「娘のジェニファーがキミと踊りたいそうだ。踊ってくれるね?」
 恰幅のいい男性が美少女を伴ってやって来た。赤司だよね、赤司に言ってんだよね。赤司が英語でペラペラと何か喋ってる。「オー」とか何とか言いながら、男性は引き下がる。――やたら可愛い娘を連れて。
「いいの? 赤司。あの娘超可愛かったじゃん。オレのことなんか気にせず、踊って来なよ」
 すると、赤司はげんなりとした様子でこう言った。
「馬鹿だなぁ、光樹……あれは、キミを誘いに来たんだよ……」
「え? えーっ?!」
「――だからキミは馬鹿だと言うんだ。もう少し自分の魅力に気づき給えよ……」
「だって、赤司の方が魅力的だろ?」
「大輪の薔薇より、野に咲く小さな花を美しいと思う人もいるのさ」
 ――オレはちょっとむっとしたけれど、赤司が、
「キミは磨けば光る。だから、オレにキミのこと、磨かせてくれ」
 と、真剣な顔で言われると、怒りなど吹っ飛んでしまった。それにしても、オレのこと磨くって、赤司がオレのプロデュースでもしてくれんのかなぁ……。
「あ、ほら。キミのご両親もいるよ」
 お袋がオレに向かってにっこりと笑っている。ちょっと恥ずかしいなぁ……。
「オー、トレビアン。ジャパニーズレディー。ビューティフル!」
 どっかのトンチキがオレのお袋口説いてるよ。……でも、この人も英語苦手みたい。金髪碧眼なのになぁ……。英語圏の人じゃないのかな。イタリアかフランス系? 女の人を見かけたら口説くのが礼儀って思い込んでるのかな。
「おー、シー、イズ、マイ、ワイフ。マイ、ワイフ!」
 ……父ちゃんも英語が下手だった。
「ははは、ラブラブだね、キミのご両親……」
「は、はは……」
 赤司の言葉に、オレは苦笑いしか出来なかった。金髪男は、「旦那さんと別れたらよろしく」みたいなことを言って去って行った。因みに赤司がオレの為に訳してくれた。
 親父はぐっとお袋の手を握った。
「キミには誰も手出しはさせないよ」
「あらあら。あなたったら……」
 お袋が「ほほ……」と笑う。
 ……いいんだけどさぁ、オレの親父だったら男として勝てる、と、あの男は踏んだんじゃないかな。それとも、女性だったら誰でもいいか。
 でも、父ちゃんと母ちゃんは二人の世界を作っているので、まぁいいか、と思った。――そんで、そのまま放っておこうとした。父ちゃんも母ちゃんも、失われた青春、取り戻したみたいだし。
 だが、赤司はそれで済ますことは出来なかったようだ。悪戯っぽくにやっと笑う。
「何か、いい雰囲気じゃないか。キミのお父さんとお母さん。よし、オレも挨拶に行って来よう。そしてもっとラブラブにしてあげよう」
「おい、何も変なことはするなよ」――と、オレは釘を差す。無駄なこととは知りつつも。
「こんばんは。降旗のお母さん。相変わらず美人ですね」
「む……赤司君までオレの嫁さんを口説きに来たか」
「いえ……本命は貴方や奥さんの息子さんの方でして」
「わはは、これはこれは。赤司君は冗談が上手い……」
「本気ですよ」
 その赤司の言葉に、「え……あの……ひぇ……」と、父ちゃんがたじろいだ。ということは、赤司は相当真剣な顔をしているのだろう。こちらからじゃ見えない……。
「あわわ……」
 オレも一緒にたじろぐ。オレのチワワメンタルは父ちゃんから遺伝したのだ。きっとそうだ。――母ちゃんはきょとんとしている。そして、笑いながら言った。
「あらまぁ、光樹ったらやるじゃない! こうなったら玉の輿狙いなさいね!」
 ……何でこのお袋の強さが、オレに遺伝しなかったんだろう……。
 ああ、ダンスホールの女性陣が怖い顔してこっちを見てるよぉ……オレはやっぱりチワワの人ッス。泡を吹いて倒れた親父を、母ちゃんが一生懸命介抱していた。

後書き
降旗クンのお父さんお気の毒に……。
でも、お母さんは赤司様の味方?(笑)
2019.10.03

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