ドアを開けると赤司様がいました 7

「うわー、むせかえるような匂い!」
「自慢の温室だよ。好きな花を贈ろう」
 夢中になってたオレに赤司が言ってくれた。男の人もいるけど、ここの花の世話係なのかな……。
「この中からくれるのかい?」
「ああ。どんなのがいいかい? 光樹」
 オレは降旗光樹というので、赤司は下の名前で呼ぶ。かなり親密になったと思う。――まぁ、オレは赤司と呼んでるけど。
 赤司征十郎。何でも出来るヤツ。中学の時、バスケットボールの世界ではキセキのヤツらをまとめ上げていた。そりゃ、高校の時も凄かったけど……。
 赤司はあまり話さないが、大学でもリーダー格のことをやっているらしい。すげぇよな……。
 まぁ、赤司は人格が変わったせいか、学校生活のことは恥ずかしがって話さない。結果、オレばかりが話すことになる。
 けど――噂じゃやっぱり赤司はすごいって……。
「なぁ、どんなのがいいかい? 光樹」
 赤司はオレがどんな花を選ぶか迷っているものと勘違いしているらしい。
「じゃあ、そこのカーネーションを」
「キミのお母さんに贈るんだな」
「まぁ……そう……母の日が近いから……」
 あれ? でも、どうやって渡そう。実家に帰る時渡そうかな。 
「ジョージ。降旗光樹名義でカーネーションの花束を降旗家に送ってくれ」
「わかりました、坊ちゃま」
「ええっ?! 悪いぜそんな……」
「いいんだ。オレがしたいんだ」
 う……今回は確かに渡りに船だけど、困ったな……。
「お金は払うよ」
「駄目です」
 ジョージと呼ばれた男は頑として受け取らなかった。どうしたらいいんだろう。こういう場合。――赤司が言った。
「オレからキミへの感謝のしるしとして受け取ってくれたまえ」
「え……?」
「ほら、いろいろあったじゃないか。キミが料理したり、洗濯したり、掃除したり――」
「あー、でも、それ赤司が主にやってることだろ?」
「当たり前だ。こういうことは自分で出来なきゃ意味がない」
「赤司って本当に自分にも厳しいんだな。すげぇや。いつも努力してるもんな」
 オレがそう言うと、赤司の顔がぽっと上気した。
「オレのことを天才と言う人は沢山いるが、オレの努力を認めてくれる人は少ない。黒子やキセキのメンバーや……光樹もその一人かな」
「え? だってほんとにそう思ってるし。キセキも努力してるもんな」
 それを聞いた赤司がくすっと笑った。
「どうしたの?」
「いや、いつかあいつらにも聞かせてやろうかと」
「あと、黒子!」
「うん。そうだね」
「それに火神!」
「あの二人はお似合いだね。どうやら同じ大学に進んだようだけど」
 そうだなぁ……あれだけ息の合った二人は滅多に見ない。カントクも頼りにしてたみたいだし。流石、元誠凛の光と影!
 緑間と高尾もいいコンビだけど、あれは別ジャンルだしなぁ……。
 でも、火神と黒子が他大学に揃って、うちの部は戦々恐々としてるぜ……。まぁ、プレッシャーなら誠凛で慣れてるけど。
「誠凛では、バスケの目標を自分で決めて、それを成し遂げられなかったら罰ゲームがあるようだね。うちの大学でもやろうかな」
 顧問の先生がそんなことを言う。確かに誠凛はいいとこだったけど、そんなところまで真似なくていいよ……。
 だってオレのいた高校、連覇しなかったら好きな娘に真っ裸で告白だっんだぜ。犯罪スレスレだろ……。また、カントクがノリノリになっちゃってさぁ……。
 でも、そんなこともなく、オレ達は無事誠凛を卒業した。冷や冷やしたことは何度もあるけど。
「火神と黒子は強敵だな……いろんな意味で」
 赤司がぶつぶつ言っている。何だろ。
「あ、キミの大学のバスケ部もマークしてるからね。負けないよ、光樹」
 赤司がふふっ、と笑う。そうやってると、赤司もまるで猫のようだ。
「うーん、T大は強敵だなぁ……今年から赤司がいるから」
 オレだって、赤司とこういう軽口をかわせるようになったのだ。
「何を言う。高校最後の大会ではキミも落ち着いてプレイしてたじゃないか。オレがどんなにプレッシャーをかけてもびくともしなかったぞ」
「精神力が削られるように思えたのはそういう訳か……」
「月バスも見たよ。キミのことも載ってたね」
「ああ……あれ……恥ずかしいな。オレ、雑誌に載ったことないから緊張しちゃって。インタビューも噛みまくり」
「……それにしてはよく撮れてたじゃないか。実物より良く撮れてたぞ」
「何だとー」
「でも、やっぱりキミは実物の方がいいな。写真にはこんなこと出来ないもんな」
 赤司がオレに凭れ掛かる。
「こら、赤司、重いって……」
「ぐー」
 赤司はわざと寝たふりをする。赤司って実はかなりの冗談好きじゃね?
 だって、ユーモアの感覚がなかったらボクサカオヤコロズガタカなんて意味のこと言えないっしょ。――今のは誠凛の皆で笑い飛ばしていた話だけど。あ、赤司には内緒ね。
 でも、あの頃の赤司には本気だったんだろうなぁ……。赤司が起き直る。
「今度牧場にも案内するよ。馬に乗ったことあるかい?」
「小さい頃、ポニーには……」
「乗せてあげるよ。オレが乗馬を教えてもいい」
「ほんと?!」
 乗馬って密かにアコガレだったんだよな。あ、もしかして――。
「赤司って白馬とか持ってない?」
「持ってるけど、何か?」
 うわぁ、ほんとに持ってるんだぁ!
 女子の噂通り、これは正しく白馬の王子様だね!
 ――実は『赤司様に訊いてきて』って頼まれたんだよね。オレの方が親しみやすいから言いやすいってことなんだろうけど。
 あの女の子達可愛かったから、赤司に感謝だな。うん。
「光樹だったらすぐ乗れるようになるよ」
「……えへへ、どうかな……」
「キミは普通のことを普通にこなすから」
「まぁ、苦手なことは殆どないけど、得意なこともないんだぁ。バスケ以外は」
「それでも一通り出来れば立派だよ。誠凛のカントクもキミを認めていただろう?」
「あのカントク――相田サンは人の力を引き出す天才っスよ。――それから、違う意味で赤司も」
 あ、赤司、また頬に朱が散ってる。
「褒め上手だな。光樹。光樹のおかげで後輩は随分プレイしやすかっただろう」
「初めのうちは慣れなかったけどね。いろいろ問題もあったし。火神に憧れる後輩とか。でも、皆慣れていったよ」
「慣れなかったヤツは辞めていったんだろう?」
 赤司の目に一瞬冷酷な光が見えた。オレは気にしなかった。
「まぁね。うちのは同好会じゃなく、部活だったもん」
「誠凛はマンモス校と聞いてたけど、バスケ部のメンバーが少ないのが意外だったな。最初何故黒子がこだわるのかわからなかったよ」
「黒子って謎だよなー。きっと火神にとっても謎なんじゃないかな。今でも」
 マジバで見たことあるという目撃談は聞いたことあるけどね。黒子はあそこのバニラシェイクが好きなんだ。オレも好きだけど。
 あ、そうだ。オレはピーンと閃いた。
「赤司はマジバ、行ったことある?」
「結構店舗があるみたいだけど、入ったことはないなぁ」
「そこのバニラシェイクがすげぇ旨いんだよ。黒子も好きなんだよ。――今度は赤司もおいでよ」
「そうだな。甘いものは嫌いじゃない。よし、今度行ってみよう。光樹と二人でな」
「皆と行った方が楽しいぜ」
「それも楽しそうだけど、オレはいっぺん光樹と行ってみたいんだ。――中学時代は黒子やキセキ達とソーダアイスを食べてたなぁ。美味しかったよ」
 そうだなぁ……運動の後のアイスは旨いだろうなぁ……。それに、結構黒子も中学ライフエンジョイしてたんじゃないか。キセキの世代とか、幻のシックスマンとか言っても、オレ達とそう変わりなかったのかな……。

後書き
キセキの世代も、年相応の顔はあったと思います。赤司様にもね。
俺司様は基本的にいい人だと思います。
カーネーション、降旗クンのお母さんが喜んでくれるといいね。
2019.05.04

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