ドアを開けると赤司様がいました 69

「どうしたんだろうなぁ、赤司のヤツ」
「よっぽどフリの親父さんからのプレゼントが気に入ったんだな」
「えー? でも、泣いてたようだったぜ……つーか、泣いてたぜ。……泣く程嬉しいってことかな。フリの親父さんが変なモン赤司に贈るはずねぇもんな」
「パーカーの万年筆って言ってたぞ」
 カワとフクが後ろでそんな会話をかわしているのが聞こえる。
 そうか――天啓が閃いた。赤司は、オレの親父からのプレゼントだから、あんなに喜んだんだ。オレの親父が赤司のことを、少なくともオレの友達だと認めた証拠として贈ったのがわかったんで、喜んでくれたんだ――。
「母ちゃん。今度は母ちゃん特製のおはぎを持ってきてよ」
「ええっ?! でも、あんな粗末な物を――」
「だって、赤司はオレの作ったお饅頭も嬉しそうに食べてたよ。――オレの父ちゃんや母ちゃんからもらった物なら何でも喜ぶんじゃないかな。赤司は。だって、赤司はオレにとっても大切な人だもん」
「あら、そうかしら……下手な物を持って来るよりは、と思って手ぶらで来たんだけど……」
「母ちゃんのおはぎなら間違いないよ」
「そうねぇ……」
 お袋は、何か考え込んでいるようだった。赤司には、海藻と紅生姜以外、好き嫌いはない。だから、母ちゃんのおはぎも喜んで食べてくれると思うんだけど――。だって、オレのお袋の味だから……。
 お袋のおはぎは、オレにとっては最高だもんな。味も香りも。
「まぁ、考えときましょ。きっと、赤司さんのお坊ちゃんはおはぎなんて食べる機会あんまりないかもしれないしね」
「赤司君が心配だな……」
 親父はおろおろしている。
「心配いらないよ。親父――赤司もどうしたらいいかわからないだけだよ。あまりにも感極まってさ」
「しかし――ただの万年筆だよ。赤司家の財産だったらいくらでも買えるじゃないか……」
 そう言って、またおろおろ。仕様がないなぁ、ったく――。赤司もこの家でのパーティーの主役だろうに……今、どこにいるんだろう。部屋にでも籠っているんだろうか……。
 ――遅いな、赤司。オレが赤司の部屋に行って呼んで来ようと思った時だった。
「やぁ、皆さん――お待たせしました」
「あ、赤司君。もう平気かい?」
「ええ。結構な品をありがとうございました」
 それから、赤司の香水の匂いがふわっと舞った。そして、赤司がいつもより低い声でこう言った。
「光樹……後で話がある」
「わかった」
 オレは頷く。――紫原がぼーっと氷室サンとアレックスを見ている。
「お似合いだよねぇ……」
「あ、氷室サンとアレックス? ……うん。お似合いだね」
「……室ちんはアレックスが好きなんだろうねぇ。いいなぁ……アレックスちん……アレックスちんはライバルだけど、室ちんが幸せになるなら、応援してやりたいよ。オレは、室ちんが幸せになるのが一番いいんだ……」
 紫原、オマエはなんていい男なんだ!
 ――顔立ちが紫原より整っているはずの氷室サンよりいい男だよ!
「あ、黄瀬に真ちゃん。あそこに赤司と降旗がいるよ。紫原も一緒みたいだよ」
 そう、ぺちゃっとした声で話しているのは高尾だった。
「別段、説明してもらわなくてもわかるのだよ」
「なぁに言ってんだか。眼鏡ないと何にも見えない癖に。ねぇ、黄瀬。お風呂場で真ちゃんねぇ、ライオンとオレのこと見間違えたんだよ」
「視力が悪いのはわかってたけど、そこまでとは知らなかったっス。つか、風呂に一緒に入ってたんスねぇ……」
「へへっ」
「緑間っちの視力が低いのは、勉強のし過ぎじゃないっスか? それか、暗いところでの本の読み過ぎか」
「……だったら、オマエの視力が低下することはないのだよ」
「いやぁ、そうっスねぇ……」
 ――三人の会話がここまで届いて来る。黄瀬には緑間の皮肉がわからなかったらしい。それか、皮肉に聞こえなかったふりをしているのか。まぁ、いちいち緑間の言うこと気にしてたら、友達としては付き合えないわな。
「やっほー。降っちに赤司っちに紫原っち」
 黄瀬が手を振って来た。高尾も一緒に。そういえば、黄瀬と高尾ってノリが似てるかもなぁ……。向こうを向くと、カワとフクが皿に盛られたご馳走を二人仲良く分け合いっこしているのが見える。……オレも何か食いたくなって来た……。
 ――と、ちょっと待って。オレもプレゼント渡そう。
「紫原……こんなんじゃ腹の足しにもならないけど、受け取ってくれ」
「旗ちんがオレに~? 何だろ~」
 ――それは昨日教会でもらった駄菓子だった。それを知った紫原は、笑顔になった。まいう棒に、酢だこに、ラムネに、あと何たらかんたら……。教会に行ってて良かった。これが紫原の慰めになるのなら。
「わぁ、オレの好きなのだ~。オレ、駄菓子好きなんだ~。旗ちん、ありがと~」
 オレの方こそありがとうだよ、紫原。
「あー、うん」
 黄瀬がわざと咳ばらいをした。
「そういうの、オレ達にはないのかなぁ、降っち……安物でも、オレ、構わないよ」
「あー、ないよ」
 その言葉に黄瀬と緑間がショックを受けたらしい。
「そ、そんな……そりゃないっしょ、降っち……オレとアンタの仲じゃん。紫原にはプレゼントあって、オレ達にはないの? それって超カナシーじゃん! せっかくのクリスマスなのに……」
「オマエからのプレゼントに未来のラッキーアイテムがあるんじゃないかと考えると、夜も眠れないのだよ」
「はいはい。黄瀬と真ちゃんにはオレが何か買ってあげますよ。安物でいいんなら」
「あ~……高尾っちが天使に見えるっス~」
「黄瀬! ……高尾はオレの天使なのだよ……」
「真ちゃん……」
 高尾が感動している。緑間って、あんな恥ずかしいことを真剣に言えるヤツだったんだな。ツンデレって言うのかな。言ってて歯が浮かないのだろうか……。
「お似合いっすよ。高尾っち、緑間っち」
「う……うるさいのだよ……」
 囃し立てる黄瀬の気持ちもわかる。――あ、そうだ。オレはがさごそと持って来た鞄の中を探す。あった。
「はい。黄瀬。緑間。クリプレ」
 それは、教会の皆からもらったお土産であった。赤司は手ぶらでいいって言ったけど、一応持って来た。……神様も少しは役に立つこともあるんだな。しかし、黄瀬と緑間は喜んでくれるだろうか。
 ――何が入ってんだかはよくは知らない。けれど、黄瀬は満面の笑みを浮かべているし、緑間の表情は柔らかくなった。
「何だ。プレゼントあったんじゃん。ありがとう。降っち」
「その……オレからもありがとうなのだよ。またひとつ、ラッキーアイテム候補が増えたのだよ」
「真ちゃん。後でお返ししなきゃね」
 ひょいっと高尾が緑間を覗き込む。高尾は結構律儀なタイプのようだ。
 ……ありがとう、イエス様。
「あーら、征ちゃんじゃない」
 あ、この声! どっかで聞いたことがある。花の香が後ろからした。赤司が彼――いや、彼女の名を呼んだ。
「実渕さん!」
「――やぁねぇ。実渕さんなんて、他人行儀な……レオ姉でいいわよ。――あら降くん。相変わらず可愛いわね。この間のインカレではあなたの通う大学にもお世話になったわね」
 レオ姉ねぇ……。実渕サンはオネエなのだ。美人だから女装すれば背は高いけど美女で通るかも……いや、身長高過ぎるか……。日向サンがいなくて良かった……。日向サン、オネエ大嫌いだもんな。
「葉山さんや根武谷さんはいないんですか?」
「小太郎ちゃんは家族で祝うんですって。永ちゃんは……何と彼女が出来て、デートですって!」
 何ーーーーーーーーーっ?!
「へぇ……」
 赤司もびっくりしたらしく、それしか声が出なかったようだ。
「あーんな筋肉馬鹿のどこがいいのかしら。……意外でしょ? しかも彼女の方から猛アタックして来たんですって」
「あの……根武谷サンが……」
 オレもただただ呆然としていた。土田センパイに彼女がいるのはわかるけど。――まぁ、彼らも幸せになれればいいよね。
「で、征ちゃん。どこまで行ったの? 降くんと」
「いや……野暮なことは訊かないでくれ給え」
 流石だ、赤司。すっとかわすね。あくまでスマートに。過去に何人かの女性と付き合ってただけのことはあるよ。それに、月バスでは中学生とは言えぬ模範回答をしてたんだってな。
「んもう、征ちゃんのいけず! ――にしても、いい男が揃ってるわね。逆ナンしようかしら」
 男の実渕サンがやったんじゃ、ただのナンパじゃ……あ、でも相手は男だから、やっぱり逆ナンかな……。
「光樹。何も考えるな。頭がパンクするだけだぞ」
 あ、赤司もそう思うんだ……。
 今日の実渕サンは、男なのにどこか女性的なエレガントさも兼ね備えている格好をしている。背が高いっていいよな。実渕サンはやっぱり素敵で、パーティーの噂の的。女性達が熱いハートを送っている。一部男性も。
「じゃ、私、シャンパンお代わりもらって来るわね」
 ――ほんと、目を惹く人だなぁ。エレガントで日本人離れした美しさがあって……。
「実渕に惚れたかい?」
「な……何言ってんだよ。あの人男だしっていうか――」
 オレには赤司がいるし。するっと出て来た考えに、オレはテンパってしまった。

後書き
レオ姉、大好きです。
根武谷サンはマニアックなファンがいそうだな……。
2019.10.01

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