ドアを開けると赤司様がいました 66

 オレは教会のドアに続く階段を、赤司の後から昇って行く。柚子沢山もらったから、この教会の人達への手土産にしようかなぁと考えていると――。
 つるっ! 足が滑った。
「光樹!」
 赤司がすぐにオレの腕を捕まえた。ビニール袋から手を離したせいで柚子がそこら中に散らばっていく。赤司が言った。
「良かった。光樹が無事で」
 ――そして、満面の笑み。赤司……笑った方がいいよ。ファンも増えるしオレも嬉しい。――と、そんな場合じゃなかった。オレは赤司に助けられたのだ。お礼ぐらいは言わないといけない。
「ありがとう。赤司」
「ふふ……ちょっと鈍臭いところがあるからね。キミは」
 赤司がまたふふ、と笑う。う……言葉もありません……。けど、オレの一見鈍臭く見える外見に騙されたのはどこのどちら様でしたっけ?
 でも、器用にオレを助けた姿はカッコよく見えた。
「あー、柚子が落ちた」
「あのお兄ちゃん達のだよ。拾ってあげよう」
「やぁ、ありがとう。キミ達」
「あー、赤司様だぁ!」
 え? この子達、赤司を知ってんの? そりゃ、赤司が有名なのは知ってたけど……。
「わぁ、本物は初めて見るぅ」
「こらこら騒ぐなキミたち……あ、オレ、近所のミニバスチームのキャプテンの南野です。どうも始めまして。赤司征十郎さん」
 そして、一番大人びていると思われる少年が赤司にぺこりと挨拶した。キャプテンというのも頷ける。そんな貫禄が子供ながら既に持ってるから。そして、その子は如才なく言った。
「そちらの方はどなたですか?」
「ああ。降旗光樹と言う。オレのルームメイトだ。バスケではライバル同士でもあるんだよ」
「でも、勝てたことないんだけどね……」
「えー。すごーい」
「そういや、このシャツ、スポルディングのじゃん」
「バスケットボールみたいなのが模様になってるー。かっこいーい」
 オレは一躍ヒーローみたいになった。母ちゃん。誕生日プレゼント役に立ってるよ。ありがとう。それから赤司のリストバンドもしてるからね。
「光樹もバスケが好きなんだ。話が合うかもしれないね」
「へぇー。光樹兄ちゃんて呼んでいい?」
「ああ、いいとも」
「いいともって、古ーい」
「昭和のギャグじゃね? 平成でも通じるけど、もう終わったし、令和だとどうかなぁ……」
 妙なことに詳しい子もいる。クラスに一人二人は必ずいるよね。物識り博士さんが。
 因みにオレは、物識りさんの意見を聞いて、感心してばかりいる子供だった。あ、それは今もか。赤司に勉強教えてもらって、「へぇー」ってなってる。そういや、前にそんな番組見たことがあったな。人間の知識欲って、物凄いかもしれない。
「柚子、拾ったよー」
「オレもー」
 洟を垂らした少年と、まだ幼い少年が言う。人間が素直なんだな。この子達はまだ。
「ああ、柚子ね。すっかり忘れてた」
「あのさ、木村青果店で買い物しなかった?」
 キャプテンの南野クンが言う。
「したけど、どうして?」
「あの人、木村サンね――弟を褒めると、果物おまけしてくれるんだ。何度もその手、使ったことある」
「――悪い子だ」
 赤司が少年の額をつつく。少年は笑っている。赤司も笑っている。
「でも、あの人が店内の柚子を全部くれたのは、光樹のおかげなんだ」
「オレ、ちっとも褒めてないよ」
「何を言う。誠凛の選手が秀徳の選手を強敵って呼ぶのは、立派な褒め言葉じゃないか」
 赤司が高校時代の真剣な顔に戻った。洛山も強敵だったぜ。火神と黒子がいなければ、優勝出来なかっただろう。それで、冬の寒い中、まっぱで好きな娘に告白を――う、想像するだに恥ずかしい。
 学校でも話題になるんだろうなー……そんなのは絶対嫌だったから、頑張って連覇を果たした。そして――誠凛はバスケの強豪校として有名になりつつある。
 それは、バスケ部の皆と、創設者の木吉センパイや日向サン、カントク達のおかげだ。後輩の朝日奈や夜木も頑張っている。ただ、まっぱで告白という習慣は廃れたらしい。今は服を着てもいいことになっている。夜木から聞いた。
 やはりカントクは凄かったんだなー。いろんな意味で。
 ――ミニバスチームの子達がオレの落とした柚子を全部拾ってくれた。オレも拾ったけど。
 その後、子供達はわぁわぁ騒ぎながらもう建物内に入っていく。オレ達も続いて入って行った。
「光樹お兄ちゃんて、誠凛なの?」
 ――声変わり前の天使の高い声。最初はうるさいだけなんだけどねー。でも、そのうるささも子供の魅力なんだ。間違った答え方すると、即座にツッコまれるんだけどね。
 こういう時期がオレにもあったんだよなぁ。
 赤司はどうだったんだろう。小学生の辺りから、小さな大人みたいだった姿しか想像出来ない……。それが赤司の災難でもあったのだろう。赤司は何でも出来過ぎる。チートし過ぎるんだ。
「柚子って、お風呂に入れるといい香りがするんだよねー」
「オレ、柚子湯入ったことある!」
 はいはい、と、一人の少年が手を挙げる。
「光樹、この柚子、少年達に譲ってあげないか? ――どうせオレにとってはタダ同然で頂いたものだし」
 ここに伊月センパイがいたら、「柚子を譲る、キタコレ」なんて寒いダジャレ飛ばすに決まってるけど。
「オレもそう言おうと思ってたんだぁ。でも、教会の人にあげる分がなくなっちゃうね」
「そのうちオレからお近づきの品を贈ろうと思う」
 ――赤司って義理堅いな。でも、こういうことはちゃんとしなきゃね。教会に通ってくる人達はみんないい人だろうから、子供達に柚子をあげたと聞いたら、喜んでくれるだろう……くれるんじゃないかな。神様だって喜んでくれる……はず。
「こんにちはー」
 笑顔で言った女の人がいる。あれ? この人、どっかで見たことがあるような――。
「あの、もしかして、あなた、街角で歌ってた方ですか?」
 赤司が言った。
「そうよ。よくわかったわねぇ。この教会の教会員が毎年、あの街角で歌っているの」
「そうですか。綺麗な歌声でしたよ」
「ありがとう。まだ明るいけれど、晩餐にも参加する?」
「――喜んで」
 オレは、赤司と夕食を作るつもりでいて、それを結構楽しみにもしてたんだけど――まぁいいや。教会のご馳走って、一度食べてみたかったし。きっと豪華なんだろうな、と――。
 オレの気持ちが伝わったのか、赤司が、
(ごめんね)
 と言いたげにぺこりと頭を下げた。そんな気を遣うことないのに――。
「お兄ちゃん達ね、柚子を持って来てくれたんだよ」
 少年の一人が言った。
「あら、ありがとう。夜には大人の人ももっと集まって来ますからね。えーと、キミ達は大学生?」
「はい」
「どこの大学に通っているの?」
 オレと赤司は大学名を言った。赤司がT大に通っていると言うと、女の人は目を丸くした。赤司がT大生と言えば一番穏やかなもので、こういうリアクションが返って来る。
「すごいね、頭いいんだね」
「そんな……」
 女の人に褒められて、赤司は照れているようだ。何と言ったらいいかわからないのだろう。――女の人は、牧師だと言っていた。女性の牧師なんて、初めて見た。
「今、料理を作ってるの。皆、ご馳走を持ち寄ってくれる予定だけど。お寿司とか焼きそばとか――お菓子とか」
 寿司も焼きそばもオレの大好物だ。オレは心の中で小躍りした。
 それにしても、アットホームな教会だな。
 夜の晩餐会には、白人や黒人の人が何人か混じってこの教会にやって来た。黒人の、ウーピー・ゴールドバーグのような女の人がタンバリンを叩きながらノリノリで腰を振っているのが印象的だった。
 クイズ大会やビンゴ大会も楽しかった。イエス様の誕生の紙芝居もやっていた。オレはそれを、豚バラ肉の煮込みを食べながら見ていた。
 けれど、やっぱり何と言っても、残った子供達とバスケの話をするのが楽しかった。ミニバスチームの子供達の中には、もう帰ってしまった子もいるけれど。
 八村塁選手や渡邊選手のおかげで、この日本でもバスケの話題が数年前よりもっと盛り上がっている。それはオレにとっても赤司にとっても喜ばしいことだった。そして、子供達の為にも。
「赤司さんもすごいですよね。オレ、テレビで観た」
「ありがとう」
「赤司さんは将来バスケ選手になるの?」
「……なれるといいんだけどね」
 赤司は、赤司家のことも視野に入れていたのかもしれない。家を継ぐことも考えていたのかもしれない。――赤司の父さんに訊けば、あの、今の赤司父だったら、許してくれるかもしれない。だけど――。
 赤司は責任感が強いからな――。
「なっちゃいなよ。バスケ選手。ねぇ、降旗さん。降旗さんも赤司がNBAとかで活躍したら、嬉しいでしょ?」
「うん。嬉しいね」
 これは、本当に心の底からそう思っている。オレはどうだかわからないけれど、赤司ならNBAで活躍する力を充分持っている。いや、オレも、NBAでプレイしてみたい。出来れば、赤司と一緒に。

後書き
降旗クンが転ぶシーン。どうやって書いたらいいか悩みました。
赤司様、ユー、バスケ選手になっちゃいなよ(笑)。
2019.09.23

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