ドアを開けると赤司様がいました 65

 ――黒子も桃井サンと帰って行った。オレは窓の外の去っていく車を見送っている。あの二人を相手にあおり運転などに挑む命知らずが現れないことを祈る。
 赤司が知ったら怒るだろうし、彼が黒子とタッグを組んだら、多分、最強だ。
 ぶるる、と体を震わせて、オレはソファの方を見た。――赤司、寝てる。沢山のプレゼントを抱えながら。
 こうして見ると、大学生とは思えない。高校一年――オレ達が初めて会った時の頃に時計の針が戻っていったように思える。当時、初対面の赤司に抱いた感情は、ただただ怖いの一言だったけど。
 ……可愛いな。
 桃井サンが可愛いのは勿論だけれど、赤司も別の意味で可愛いな。
 いつまでもここで、赤司を見守っていてあげたい。多分、赤司のお父さんもそう思うだろうな――。
 オレは、赤司のほっぺたをツンツン、とした。あんまり起こしてあげたくはないんだけどね。ん~、と赤司がくすぐったそうな声を出す。そうだ。――オレは隣の部屋へ行ってスマホを撮って来た。
 カシャッと隠し撮りをする。
 赤司は安心しきった顔で眠っている。キセキや、黒子や桃井サン達にだけは見せるような、心を許した笑みなんだろうな。そう思うと、この写真も貴重な宝物に思える。
「アンタは信じているかどうかはわからないけど――オレもアンタが好きだよ。赤司」
 そう言ってオレは、赤司のこめかみに軽くキスをした。赤司を起こさないように……。赤司のつけた香水のラストノートは、さぞかし甘い香りがするだろう。

「教会?」
 ――オレは鳩が豆鉄砲食ったような顔をしていたんじゃないかな。
「ここからちょっと離れたとこだけど、洒落た外観の小さな教会があるんだ。オレも最近知ったんだが」
 赤司が教会ねぇ……。もう一人の赤司が知ったら驚くんじゃないだろうか。
「でも、赤司もオレもクリスチャンじゃないだろ……」
「クリスチャンじゃなくても来ていいらしいぞ。――ポスターに書いてあった」
 ――ああ、それで赤司が教会の存在を知った訳か。地道な布教活動は大事なんだろうな、やっぱり。今日は十二月二十三日。明日は赤司家でパーティーがある。
 ここのところパーティー続きだな。その教会でもささやかながらクリスマス会をやるらしい。
 教会のクリスマス会って、何をやるんだろう。讃美歌でも歌ってくれるのかな。牧師とか神父の説教でもあんのかな。オレ、キリスト教にあんまり興味ないけど、行っていいのかな。
 オレが疑問をぶつけると、赤司は笑って答えた。
「詳しいことはオレにもわからないんだよ。でも、教会の方だって、一生懸命信者獲得に勤しんでいるんだ。オレはクリスチャンになる気はないが、遊びに行ってみるのも一興だろう」
 オレ達はコートを着込んで、部屋の外に出た。
「う~、さみ~」
「このぐらいでへこたれるな、光樹。鍛錬が足らないぞ」
 鍛錬ねぇ……この間、祝われ疲れて眠ってしまったのはどこのどちらさんでしょうかねぇ。
「あ、そうそう。光樹。これ」
 赤司の腕には水晶のブレスレットが。
「緑間が返してくれたの?」
「ああ、高尾と二人でな。革表紙の手帳も返してくれたよ。昨日、アパートの部屋にわざわざ訪ねて来てくれてね。光樹。キミはまだ眠っていたね」
 赤司がにやりと笑った。――緩み切った顔でな、と付け足す。
 オレが、少しでも赤司と似たような思考回路を持っているなら――。
「もしかして、写真に撮った?」
「もしかしなくても、当たりだよ。待ち受けにもしたよ。ほら」
 ――のぉぉぉぉぉぉぉっ!
「消してぇ! 今すぐ消してぇ!」
「嫌だよ。それに、このオレが画像のバックアップを取っていないとでも思うのかい?」
「オレの恥だから今すぐ消せー!」
 オレはがくがくと赤司を揺さぶる。赤司は堪えない。
「……何言ってんだい。こんなに可愛らしいのに」
「可愛くなんかない。野郎が口をだらしなく開けて涎を垂らして寝ている顔なんて、可愛い訳ないだろう! 今すぐ消してぇ!」
「だって、本体を貪ることは出来ないんだもん。少しの間、写真で欲求不満を解消したって――」
「何か変な風に聞こえるからやめてぇ。アンタ、そんなキャラじゃなかったろ?」
「ああ。光樹と付き合っているうちに変わったよ」
「人のせいにすんなぁ!」
 見よう見真似の回し蹴り。勿論、赤司なら簡単にかわすだろうから仕掛けた蹴りだった。勿論、赤司は悠々とオレの攻撃をかわした。何だかわからないけど、武道の心得もあると見える。
「いいじゃないか。キミだってオレの寝顔写真に撮っただろ?」
 む……バレてたか。
「その顔は……やっぱりそうか。光樹がこのオレに少しでも似たところがあれば、迷わずそうしてたからな。――しかし、光樹は相変わらず顔に出やすいねぇ。それを逆手に取った相田先輩もすごいけど」
 ――カマかけられたか……。やっぱり赤司の方が一枚上手みたいだ。
「教会にも何かお土産を買っていきたいねぇ。どんなのがいいかな。今の季節だと――やっぱりみかんかな。でも、誰かと重なるかな」
「うう……お金はオマエが払えよ」
「勿論。当然だろう」
 この余裕がムカつく。でも、この頃赤司は変だったから、これでちょうど良いのだろう。変な赤司もそれはそれで好きなんだけど。飽きなくて。でも、そしたら天帝『赤司様』じゃなくなるよな……。

 赤司が言ったように、教会はオレ達の住まいから少し離れている。でも、歩いて行けない距離ではない。オレ達は張り出した屋根に木村青果店と白文字で書かれてある果物屋の前に来た。野菜や果物の青い匂いがする。
 それにしても、店のおっさん、見覚えあるんだけど――。
「赤司! 赤司じゃねぇか! 降旗もいんのか? え?」
 ――だ、誰?
「木村サン!」
「おー、赤司は覚えててくれてたか! 元秀徳の木村信介だ。なんか買ってかないか? 値段は勉強してやるからよ!」
「じゃあそこの柚子を……」
「柚子だな」
 木村サンは柚子をビニール袋に詰めてくれた。赤司は嬉しそうに「ありがとう」なんて言っている。値段も手頃だった。良心的な店だ。また来よう。
 でも、秀徳の木村って……あ。もしかして、誠凛とも戦ったこともある木村サン……秀徳のOBかよ! それに、この人の弟の木村選手にはオレらも後輩達も散々苦しめられたぜ!
「ありがとうございます。……あなたの弟さんは強敵でしたよ」
 木村サンにそう言うと、木村サンはわっはっはと笑い出した。
「そうだろそうだろ。あれはオレより強い」
 そう言ってまた呵々大笑。弟のことがすごく自慢なんだろうな。いいなぁ、弟。オレは兄しかいねぇからな。それに弟――いや、兄貴みたいな存在も出来たし。
 オレがそう思ってちらっと赤司を見ると、相手は、「何だい?」と言いたそうな笑顔で見返して来る。
 生まれたのはオレの方が早いけど、兄貴分なんだろうな……やっぱり。
「よぉし! サービスだ! ここの柚子全部持ってけー!」
「ええっ?! いいんスか?」
「なぁに。不肖の弟が苦しめた分だけお礼させてもらわなきゃな。また来いよ」
 うん、また来る。――いいなぁ。こういう兄貴。
「何勝手なことしてんだぁ? 信介!」
「やべっ! 親父だ! 早く行け!」
 木村サンが急に声のトーンを落とした。――オレ達は早々にそこを離れた。ビニール袋の中に柚子をいっぱい持って行って。

「ああ、面白かったな。光樹」
「うん。信介サンいい人だね」
「オレのことも恨んでないようだったし」
「勝負の世界は恨みっこなしだろ? あの時、秀徳が洛山に負けたことだって、信介サンはもう怒ってないよ」
「信介サン――か。随分気に入ったようだね」
「うん。ああいう気前のいい人、オレ大好き。柚子も沢山もらったしね~♪」
「何か、物で釣られたような気がするのは、オレの気のせいか?」
「うん。気のせい気のせい。あ、あんなところに十字架が立ってる。あれが赤司の言ってた教会だろ? 本当に、やっぱりオシャレだなぁ……でも、あんなところに十字架掲げてて、見えるのかな……」
 その教会の十字架は屋根の上に聳えている。
「上を向いてりゃ見えるだろ。それに、悩み苦しみ、神様を求める人は必ず上を向いて歩いている。神様が天にいることを本能的に感じ取っているからね。いつでも上を向いて天に祈りを捧げているよ」
「赤司~。それ本当~?」
「真理だ。信じろ」
 う~。赤司が言うとほんとっぽく聞こえてくるから不思議だ。彼には生来の説得力がある。あまり表情を動かさないで言うからかもしれない。将来は悪く行ったら詐欺師、良く行ったら政治家になれるかもな。
「さぁ、入ってみようじゃないか」
「……オレにはさしあたって悩みとかないけどね」
 喜びや感謝だったら沢山あるけど。――例えば、赤司と住まわせてくれたこととか、キセキと友達になったこととか。……誠凛のメンバーとは今でもまだ交流続いてるし。
 さっきは木村信介サンに会ったし。
 ――そうだ。後で緑間と高尾に『信介サンに会ったよ』とLINE入れとこ。この間キセキのヤツらとLINE交換したんだよね。
 信介サンは柚子沢山くれた。いいひと。――そう言ったなら、高尾は腹がよじれる程笑ってくれるに違いない。

後書き
降旗クン、柚子沢山もらって良かったね。
神様を求める人が上を向いて歩いていると言うのは、私の勝手な持論かもしれない……。
2019.09.20

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