ドアを開けると赤司様がいました 64

「じゃーな、赤司」
「またな青峰。……緑間、今度は高尾も連れて来ていいぞ。黒子は火神とだな」
「いいけど……そんなに人来たらこの家いっぱいいっぱいになんね?」
 青峰が尤もなことを言う。
「どこか会場を借りてそこでパーティーしよう」
「なるほど! いいな!」
「もう……青峰っちったら……」
 ガッツポーズの青峰に黄瀬は苦笑している。けれど、黄瀬も、職業上(彼はモデルなのだ)、パーティーによばれたりすることだって珍しくない。黄瀬が、ぴったりの会場、見繕ってあげますよと請け負う。
「楽しみにしてる」
 ――と赤司が言った。青峰、緑間、黄瀬、紫原が手を振って外へ出る。それをオレ達が見送る。
「喧嘩しなきゃいいな――あいつら」
「……キセキって今でもそんなに仲悪いの?」
「そうでもないんだが……喧嘩する程仲がいいって言うじゃないか」
「ふぅん……」
 わかるようなわからんような話だ。オレも赤司と喧嘩したことがあるけど、あれはオレの方が悪かったんだもんな……。
 ご馳走の残り香が漂う部屋で、桃井サンと黒子が待っていた。
「桃井サン、帰った方がいいんじゃない?」
「その前にね、片づけようと思って。――ほら、私って、ちょっとお料理苦手でしょ? こういう時でも役に立たなきゃと思って。後片付けは得意だもの」
 ちょっとどころじゃねぇ――と、青峰なら言いそうだな。
(オレよぉ、ガキの頃、本気でさつきを嫁さんにしようと思ってたんだ。でも、料理の腕がな――)
 青峰がいつだったかそんなことを言っていた。因みにさつきと言うのは桃井サンのことである。青峰が桃井サンを恋人にしないのは、黒子の存在があるからというだけでもなさそうだ。
 今日の料理は紫原が作った。絶品だった。驚いたことに。
 紫原は、食べるのも好きだけど料理やお菓子を作るのも好きらしい。好きこそものの上手なれ、だな。桃井サンみたく下手の横好きってこともあるかもしれないけれど。
 紫原は、将来、バスケの出来るパティシエを目指しているようだ。今日のケーキも美味しかった。紫原が自宅で焼いて持って来たのだと言う。ローストチキンも美味しかった。
(ほんとは七面鳥の丸焼きに挑戦したかったんだけど~)
 紫原はゆる~く話す。二メートル越えの巨体から出した手で、オレの頭を撫でてくれた。
(あ~あ、せっかく室ちんと過ごしたかったのに、アレックスちんとデートなんだもん。アレックスちんとオレじゃ……敵うはずないかも~)
 オレと二人で話していた時、紫原が珍しく愚痴っていた。アレックスさんは、誠凛を応援してくれる、金髪の美女だ。視力が落ちたので、眼鏡をかけているが、そこもまた魅力的だ。
 紫原の気持ちはわかる気がする――いい恋しろよ。紫原。
「さてと、片付けますか」
 桃井サンが腕を捲る。黒子も、手伝います、と言っていた。
 カチャカチャと桃井サンが皿に洗剤をつける。そして、黒子がじゃーっと洗い流す。オレは拭き方をする。
「オレは何をしたらいいんだろうか……」
 赤司はどうやら人が働いているのを見ると、じっとしていられない質らしい。桃井サンが言った。
「今日の主役は座って待ってて」
「はいはい。わかりました。――皿は割らないでくれよ」
「――私、お片付けや皿洗いは得意だって言ったでしょ? 中学の頃から」
 と、桃井サン。水の流れる音で聞き取りづらいが、そんなやり取りをしていたようだ。
 ――黒子がきゅっと蛇口をひねる。もう洗剤は全部洗い流したらしい。
「桃井サンは手際がいいですね。おかげですぐ終わりました。ボク、桃井サンには何度も助けられてますね」
「テツ君!」
 キラキラ声で桃井サンが言った。ああもう、皿はなるたけ落とさないでくれよ。しかし、黒子も女の心の掴み方が上手いねぇ。
「そうだったな。それに、情報収集は桃井の役割だった」
「赤司君まで……もう、照れちゃうなぁ……」
「降旗君。ボクと桃井サンの二人で皿拭きやりますから、キミは休んでいてください」
 黒子が申し出てくれた。有り難い。
「じゃあ、お言葉に甘えて――それにしても、桃井サン。時間大丈夫?」
「うん。お父さんに、今日は遅くなるって言っておいたから。キセキの皆と一緒だよ、と言ったから大丈夫。お父さん、キセキの皆好きだから」
 なるほど。キセキ達のマネージャーの父親だけのことはあるな。
「それに……テツ君も送ってくれるって言うから……きゃっ」
 桃井サンは顔を手で隠した。こういうのは美少女の桃井サンがやると効果的なんだよなー。いいなー、黒子。こんな美人に好かれて。オレにも赤司がいるけど、赤司がそうやって恥じらう姿、見たことないもんなぁ。――見たくもないけど。
 黒子って、案外モテんのかもしれない。火神だって、黒子に夢中だったし。高校時代は常にあてられていたよ。
「黒子、桃井の身に危険のないようにな」
「わかっています。赤司君。一応車で来たんで」
「……そういや黒子、免許取ったって言ってたよな」
「まだまだぺーぺーですが」
「あおり運転にあおられないようにしろよ。キミは案外血の気が多いんで、オレはそこが心配だ」
「あおり運転はする方が悪いと思いますが――わかりました。桃井サンもいることですし、自分を抑えて気をつけて運転します」
「頼んだよ」
 今回の飲み物はノンアルコールのワインだった。車で来た人もいるから、というだけではなく、そもそもオレ達はまだ未成年なのだ。アルコールなんか摂取して、騒ぎになったらバスケ部の人達に悪いだろ?
 そういえば――。
「赤司への誕おめメールは虹村サンからも来たって言ってたよね。灰崎はどうしたかな。あいつのことだから、送りたくてもプライドが邪魔して送れないのかな」
「灰崎君、プライド高いもんねー。でも、LINEで会ったらおめでとうくらいは言ってくれるかもよ」
 そう言って、皿を拭きながら桃井サンがくすくす笑った。可愛い。そう思うオレは、赤司のことがなければ、本当にノンケかもしれない。
 全く、黒子が羨ましいぜ。黒子には火神がいるけどな!
 皿を片付け終わった桃井サンは、今度はテーブルを拭いてくれた。女の子って、マメだよね。桃井サン自身がマメなのかもしれないけれど。男とか女とか関係なしに。
「そうだ。桃井に黒子。クリスマスカード届いたぞ。ありがとう」
「いいのよ。そのぐらい。でもさぁ、赤司君て、クリスマス近くに生まれたでしょ? クリスマスパーティーと誕生日会、一緒にされたんじゃない?」
「いいや。公的なパーティーと、家族で祝うパーティーを別々にしたからな」
 桃井サンの問いに、赤司が答えた。
「――尤も、母が死んでからは、家族でのパーティーもなくなってしまったがな……」
「赤司君……」
「オレが高校の時、父の考えが変わってからは、また家族のパーティーも復活したよ」
「そうだったの。良かった」
 うん。オレも良かったと思う。赤司が負けて、変わった時、赤司の父もまた変わったのだ。家族って、変わっていくものなんだな……。赤司父は、オレと赤司の仲を一生懸命認めてやろうとしてもいるようだし。自分の意見は意見として。
 オレが会って来た人達、皆いい人だったように思う。
「何もかもが美しく、傷つけるものはなかった――」
 赤司が目を閉じながら言った。黒子が食いついた。
「スローターハウス5ですね。カート・ヴォネガット・Jrの」
「ああ。この言葉の意味が、やっとわかった気がするよ。作家と言う人種は天才だな」
「ボクも読んだことがあります」
「オマエは読書が趣味だったからな。――黛サンも読書が好きだが、あの人の場合はライトノベルだからな。傾向が違うだろうと思う」
「ライトノベルも立派な本ですよ。ボクも時々読んでます」
 へぇー、意外。文庫本を愛読しているのは知ってたけど。――オレって、黒子のことも何も知らなかったじゃないか。……同じチームメイトだったのによう。それがほんの少し、寂しく思った。
「ライトノベルは表紙がまるで漫画ですから 、学校には持って行かなかったですけれどね」
 なるほど。それで黒子がラノベを読んでいる姿を見たことがなかったという訳か。確かに、ラノベを知らない世代の先生に怒られても困るしね。
 オレはラノベ好きだけど――主に図書館で読んでいた気がする。ラノベ買う金なんてもったいないじゃん。――と言うと、作家さん達に失礼か。でも、あまりお金を使いたくはなかったから。
 ――オレは貧乏性かねぇ。
「黒子。29日にウィンター・カップの決勝があるのだが」
「勿論行きますよ! 赤司君達も来ますか?」
「ああ、無論だ」
「一緒に行きましょうね。桃井サンも行きませんか?」
「うん! うん! 私も行きたい! きゃ~、テツ君に誘われちゃった~」
 桃井サンは天まで飛ぶようなはしゃぎっぷりだ。可愛い……。
「その日はもうクリスマスはとっくに終わって、皆も年越しの用意をしてるんだろうけどね。高校バスケの年内の総決算を観戦しながら今年一年を振り返ってみるのもなかなか乙でいいではないか。今年は洛山が優勝するといいな」
「何言ってるんですか。誠凛の優勝に決まってますよ」
 黒子が拳を握って赤司に向かって反駁する。オレも誠凛の優勝を願う。だって、オレ達、元誠凛バスケ部だもんな。
「私は……桐皇に頑張ってもらいたいかな」
 桃井サンが遠慮がちに言う。桃井サンは青峰と同じ桐皇出身なのだ。
 ――誠凛では、まだあの罰ゲーム?やってるのかなぁ……まっぱで好きな娘に告白するってヤツ。オレらはもう卒業しちゃったけど、朝日奈とか、夜木とか大変だな……。

後書き
カート・ヴォネガットの小説はパームシリーズから知りました。
それにしても、桃井サンも黒子もちゃんと後片付けして、律儀ですよね。
2019.09.17

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