ドアを開けると赤司様がいました 62

「赤司……お饅頭食べる?」
「今は何も欲しくないのだがな――お前からの誕生日プレゼント以外」
 オレはちょっと戸惑っていた。そんなに高い物ではないのに、緑間にプレゼントを譲らされた悔しさがまだ尾を引いているのだろう。赤司がクッションに顔を埋めた。
「――実は、そのお饅頭、オレが作ったんだ。……食べないならオレが全部食うよ」
「光樹お手製の饅頭だって?!」
 赤司ががばっと跳ね起きた。な、なになに?! どうしたの? 赤司ったら――。
「もっと上手く作れるようになったらあげようと思ってたんだけど……味はそう不味くはないと思うんだけど、見た目がなぁ……赤司だったらもっと上手に作れるんだろうな、と考えながら作ったよ」
「光樹……その饅頭をプレゼントにしてくれたら良かったのに。オレは光樹の饅頭が怖いぞ」
「『饅頭怖い』か。あれ、面白い話だよね」
「ついでにお茶も一杯怖い」
「はいはい」
 オレは笑いを堪えながら、饅頭を運んできた。歪な形の饅頭。あんこを綺麗に中に入れるのに苦労した。お茶も淹れる。お茶を淹れるのだけはそう下手じゃないと思っている。赤司の淹れたお茶の方が旨いけど。
 オレがいつか、赤司のお茶は旨いなぁ、と言ったら、愛情の差だよ、と恥ずかしげもなく返事してくれた。
 ――オレは愛情が足りないんだろうか。それとも、赤司がチート過ぎるのか。
 六個の饅頭と緑茶を目の前にして、赤司は目を輝かせた。
「ふむ……いい味だ。それにこのお茶。これも味と香りがいい」
「高いお茶だから……それに、赤司の方がお茶を淹れるの上手いよ。オレも努力しているつもりなんだけど、赤司にはどうしても敵わないなぁ。勉強も、料理も、それからバスケも」
「いや、オレがキミと暮らすようになってから、キミの料理は格段に上手くなった。勿論、バスケもね」
「――ありがとう」
 赤司みたいに何でも出来る男に褒められると、嬉しいけど、こそばゆいなぁ。饅頭作り、赤司に手伝ってもらった方がいいかなぁ。赤司だったら、きっと綺麗な饅頭を作ることが出来るだろうな。
「いやいや。オレの方こそ、どうもありがとう」
 ――赤司の機嫌が直ったみたいだった。良かった。
 粗末な物だけど、赤司が喜んでくれるならいいや。
「あんこ、甘過ぎない?」
「大丈夫だよ。どうして?」
「いや、赤司って甘党だったかなぁって、気になってさ……」
「オレに興味を持ってくれたのかい。嬉しいよ! ありがとう!」
 赤司の隣に座っていたオレは、赤司に押し倒された。――うわっ! これってオレ……操奪われるんじゃないか?! と、思った途端、赤司がぱっと離れた。
「済まない。焦らないと言ったばかりなのに――光樹の作る饅頭は最高だよ」
 えへ……えへ……。
 愛情だけはたっぷり込めたつもりだからな……。愛情は一番の味付けになるよな。
 ――何だか暑くなって来た。今は寒い時期だと言うのに……。照れてしまったからかな。赤司も、暑いな、と言いながら上着を脱いだ。ストーブをがんがんつけてるからかもしれないけれど。
「明日は……赤司の誕生日だね」
「ああ。でも、光樹にはいろいろな物をもらっているな。今までも沢山。――これからもまた、沢山の物がもらええるんだろうな。やはり勇気を出して光樹の住むアパートに来て良かったよ」
「そ……そう?」
 オレも、赤司が来てくれて良かったよ。
 ――その一言がどうして出て来ない。赤司がオレの顔を覗き込んだ。
「……何か言いたそうな顔をしてる」
「そうだな……じゃあ言うよ。オレ、赤司がこの家に来てくれて良かった。勇気出してくれてありがとう」
「光樹……オレは、光樹が好きだよ……オレよりも先に死なないでおくれ。――ずっと、このままキミと過ごせたらいいのにな……オレ、光樹がオレの気持ちに気付かないまま死なれるのは嫌だから、ここの部屋に来たんだよ」
 死、か――。あんまり考えたことなかったなぁ……。オレは言った。
「オレ達はまだ若いんだし……死ぬこと前提でものを考えたりすることは特にないなぁ。少なくともオレは」
「でも、一歩踏み出して良かった。人生の最期に後悔だけはしたくないしね」
「うん、オレも……」
 赤司が来てくれたおかげで、オレの日常は色とりどりになった。少しは哀しくなったり、胸が痛くなったこともあった。それでも、オレ達は今、共にいる。
 年を経た夫婦って、こんな感じではないのだろうか――オレは勝手にそう考える。
 赤司のおかげで、楽しい人生だった。例え赤司と別れることがあったとしても、オレは幸せな記憶を胸に抱いて生きていくだろう。赤司がオレの心を温めてくれた。いや、焼ける程の熱情を与えてくれた。
 いつかは、オレ自身を赤司に与えたいと思う日が来るのだろうか。裸で抱き合うとか、そんなことしなくたって、オレは幸せなのにな――。
 でも、赤司はオレを求めている。じっと熱のこもった視線をなげかけてくることもある。
 オレなんかフツメンなのにな。しかもモテないし。学校の新任の先生から、意地わるそうな目付きをしてる、と言われたこともある。オレなんて、気が小さい、普通の男なんだけどな。
 好かれながらこう言うのも何だけど――。
「話は変わるけどさ、赤司、アンタおかしいよ」
「――そうかねぇ」
「こんなオレが好きだなんてさ……」
「オレも自分がいい加減物好きだと思う。けれど、仕様がない。心が光樹に向かって行ってしまったのだから」
 うん。やっぱり赤司は物好きだ。オレは赤司が好きだけど、それは物好きじゃないと思う。赤司には好きになる要素が沢山あるから。でも、恋に落ちるのに理由はいらないと思うのはこんな時。
 多分、オレが赤司を想うよりも強かな想いで、赤司はオレのことを想ってくれている。
 ――何でこんなチワワ青年に……と、誰もが思うだろう。だが、フツメンなのに可愛くて優しい彼女がいるダチを、オレは土田センパイの他に何人も知っている。
 やっぱり、魂の共鳴なんだろうか。オレと赤司はソウルメイトというヤツなんだろうか。
 それだったら、顔かたちは関係ないよな。赤司は何でも出来て、羨ましいな、と思うこともあるけど。
「あー、満足した。けれど、オレへのプレゼントを緑間に譲ったのは惜しかったな……」
 赤司ったらまだ言ってる……それが子供みたいで、オレは笑ってしまった。
「何だい? 何がそんなにおかしいんだい? 光樹……」
「だって、いつまでもブレスレットにこだわっている赤司がおかしくて――大丈夫だよ。明後日には返って来るんだから……」
「むぅ、しかしだな……」
「それに、別のプレゼントを買ってあげるって言ったじゃない。緑間がラッキーアイテムとか言って、赤司からブレスレットを取り上げなかったら、新しいプレゼントを買おうなんて思わなかったんだよ。オレは」
「それにしても――悪いな」
「喧嘩されるよりいいよ。幸いお金まだ残ってるし」
「オレは……何で返せばいいだろうか……」
「じゃあ、後でオムライスでも作ってよ。赤司のオムライス大好き!」
「光樹……キミは安上がりなヤツだな」
「別に……普通じゃないのかな……」
「いつか、キミに車を買ってあげようと思うんだけど……キミは何色がいい? 今年のクリスマスプレゼントにしてもいいけど」
「いや、いやいやいや! そんな高い物! 車なんて――お金貯めて自分で買うよ! バイトでも何でもしてさ。それにオレ、免許は持ってるけど、今はそんなに自分の車必要だと思ってないし」
 オレのチワワメンタル復活! 赤司にとっては車なんてどうということないと思うけど。
「光樹は遠慮深いんだな」
「自分で返せる範囲の物以外はもらわないことにしているだけです!」
 ――けれど、ここの家具って、殆どが赤司が買ってくれた物なんだよな……。それについては、有り難い。故障とかしたら、オレも援助しようと思うんだけど。
「……それでなくても、赤司にはいっぱいいろんな品物買ってもらっているのに……悪いっス……」
「いいんだよ。オレは幸運にも金持ちの家に生まれて来たからね」
 うわぁ、さらりと自慢されちゃった……。
「でも、本当に欲しい物はお金では買えないんだよなぁ……例えばキミとか」
「お金で自由になる存在もいっぱいいるでしょ? 赤司だったら」
 オレはつい嫌味っぽい口調になってしまった。赤司の気持ちはオレも知ってるはずなのに……。
「お金でどうこう出来る人間だったら、興味はないよ。――降旗光樹。キミが欲しい」
 赤司は真剣な顔で言った。赤司みたいな男性にこんな風に口説かれたら――オレが女だったらころりと参っていたかも……いや、オレが女であっても、どう答えたらいいかわからなかったかもしれないけれど。
「オレも、赤司が好きだよ。ホントだよ」
「光樹……いつかはオレの物になってくれるね? いや、愛情の押しつけはしたくないんだけど……」
 赤司の声が熱を帯びる。けれど、オレには、まだ赤司の物になる覚悟が出来ていない。
「オレ、クリスマスカードの整理してくる」
 オレは、結局逃げた。――情けない。
 でも、クリスマスカードの整理をしたかったのは本当だ。――いっぱいあるなぁ。まだクリスマス本番でもないのに。赤司宛のも随分来ている。女の子からのカードも多い。赤司はガールフレンドいっぱいいそうだからな。
 木吉センパイのクリスマスカードを見て、オレはほっこりした。木吉センパイからはDVDをまたもらっちゃったんだよなぁ。後でお返ししないと。
 日向サンやカントクからのもある。連名なのが二人の仲の良さの表れなんだろう。
 それから、黒子からのも――。
 黒子、約束守ってくれたんだ。オレはじーんと来た。オレの名前も書いてある。オレのことまで……。開けるとメロディーが流れるヤツだ。
「赤司。黒子からクリスマスカード届いたよ」
「ああ――知ってる。後で返事しておくよ。……黒子には感謝だな」
 そうだよな……赤司は黒子と同じチームで戦った仲だもんな。Jabberwock戦の時に。オレ、あいつらに腹が立ったから、赤司達VORPAL SWORDSが負かした時は痛快だったな。ナッシュ・ゴールド・Jrなんて、すげぇ強敵だったもんな……。
 ああ、あの時か。もう一人の赤司が今の赤司に能力を託して消えたのは……。後で赤司が話してくれたけど。けど、赤司の中には、今でももう一人の赤司が息づいている。――オレは、そう思う。

後書き
降旗クンお手製のお饅頭で機嫌を直す赤司様が可愛いと思います。
私も降旗クンの作ったお饅頭が食べたいです。
2019.09.12

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