ドアを開けると赤司様がいました 61

 ああ、街はイルミネーションがいっぱいだ――。
 金モールの飾りの匂いがここまでして来そうだな……。
 あ、街角で歌っている人がいる。教会の聖歌隊だろうか。ハレルヤ――ハレルヤ。
 この街は、夜でも明るい。
「どうだい? 光樹。久々の散歩は。今はクリスマス一色だねぇ。オレも生まれたのが十二月で良かったよ。……クリスマスは嫌いじゃない。どうだい。この賑やかさは」
「ああ……おめでとう、赤司。何か買ってやろうか? いつも世話になってるから」
「いいっていいって。物なら何でも揃っている。自慢じゃないが、金持ちの家に育ったものでね。――その代わり、もうちょっとオレと歩いて欲しいんだ。ずっと光樹とここに来たかったからね」
「――赤司ならそう言うと思ってたよ。だからその前に買っておいたんだ。はい。ハッピーバーズデー」
 オレは小箱を赤司に差し出す。赤司は目を丸くしていた。
「光樹……これを、オレに――?」
「いや、安物なんだけど……オレ、バイトしてねぇから」
 そう言うと、赤司は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「――ありがとう!」
 そして、小箱を持つ手に力を入れた。
「中身は何だい?」
「ああ、それは――」
「あ、やっぱり言わないでくれるかい? 楽しみにとっておきたいから」
 赤司は上機嫌だ。中身はパワーストーンのブレスレットだ。宝石ではないけど。ついでにバスケにも関係ないけど。オレの誕生日には、赤司がリストバンドをくれたからそのお返し。腕につける物というところが同じかな。
 ――喜んでくれて良かった。だって、ほんと、赤司のおかげで快適な生活を送れてるんだから。
 あの日、ドアを開けたら赤司がいてくれて良かった。
「でもね、オレが欲しいのはもっと他にあるんだ」
「何?」
「キミ」
 ……胸が高鳴った。そういや、赤司はオレが好きと言い、オレだって赤司が好きだ。両想いと言ってもいいかもしれない。付き合ってるって言っていいのかわからないけれど――。
 でも、アレって痛いんだってなぁ……。ちょっとビビりのオレには無理だわ。
 赤司がまた笑顔になった。
「心配しなくても――今はまだ手は出さないよ」
 そ、そっか。ほっとしたような残念なような――。
 はっ、残念って何だ? 赤司は男だぞ! もう既にヤッてるようなヤツらもいるみたいだけど。そんなヤツらは聖夜も寝る口実にするんだろうな。……罰当たりめ。
 でも、オレには赤司がいるからいいのだ。
 ……赤司はどう思ってるんだろう。いつまで経っても体を許さないオレのことを――。
 赤司だったら、いろんなねえちゃんがよりどりみどりなんだろうな――。バスケ選手としては少し小柄な方だけど、一般的には標準の背丈の赤司だ。キセキのヤツらがデカ過ぎるんだ。
 それに金持ちで顔も良くて頭も良くてと言ったら――。
 まぁ、その為に、赤司の前半生は大変なものだったのだろうが――。赤司の父さんとは、また電話で話した。この間の失礼をお詫びして。あの人も悪い人ではない。ただ、赤司に期待をかけ過ぎたんだ。
 また、赤司も何でも出来過ぎるんだもんな……バスケでは天才だし。
 それに、赤司の母さんの存在もいる。
 赤司はお母さんの為に一生懸命に頑張ったんだろう。きっと、それが仇となったんだな。
 赤司の父さんは、赤司の事情を知った時、大いに反省してオレ達のことも黙って見守ってくれるみたいだった。たまに口を出すこともあるかもしれないが、それは仕様がない。
 赤司の母さんも、天国から赤司のことを見守っているんだろうな……。
「オレ、赤司の恋人なのかな。今でもよくわからないんだ」
「オレは、光樹の恋人のつもりだが?」
「でも、オレ、何にもさせないから、欲求不満かと――」
「馬鹿だね。光樹。焦らないよ。オレはね」
 オレは赤司に頭を撫でられた。何だよう。オレはオマエより一ヶ月以上早く生まれて来たんだぞ。
「キミはどこか猫っぽいね。髪もさらさらだ」
 それは、オレが赤司の買ってくる高級なシャンプーとトリートメントを使っているからじゃないだろうか。全て、赤司のおかげで、オレは人並の生活が出来てる。オレだって一人暮らしするスキルぐらい持ってるけど、赤司といるような楽しさは得られなかっただろう。
 どこからか、クリスマスソングが聞こえる。オレは、ウィンドーショッピングを赤司と楽しんだ。
「おや? これも光樹に似てないかい?」
 赤司はディスプレイに飾ってあるクマのぬいぐるみを指差した。そのぬいぐるみは可愛かった。――ふぅん。赤司にはあれがオレに見えるんだ……。
 ――緑間にはきっとラッキーアイテム候補にしか見えないだろうな……。
「あ、そうだ。木吉センパイからもクリスマスカードが届いてたっけ。帰ったら赤司にも見せるね」
「マメだねぇ、あの人も」
「木吉センパイって、案外人に気を遣う人ですよ。オレ達のこともよく見てましたし」
「そうらしいね。洛山にも人に気を遣う選手がいたなぁ……レオ姉と呼ばれていた、実渕玲央って言うんだけど。皆、彼――じゃなかった、彼女を頼りにしていたなぁ」
「女らしいんスね」
「実渕が聞いたら喜ぶよ」
「洛山と言えば、黛サンどうしてます?」
「……黛サンから、新刊もらったけど……」
「ええっ?! 何で見せてくんないんスかぁ……」
「正直言って、光樹にはあまり見せたくないんだ……その、脱いだ林檎たんが描かれてあって――光樹は純粋だから、あまり染まらせたくないんだ……」
 オレだって、自分がそんなに純粋な方だとは思わないけれど――。
 その時、緑間と高尾のコンビに出会った。
「あっれー? 何してんの? 赤司に降旗。もしかしてデート?」
 軽い感じで高尾が訊く。
「そのようなものだ」
 赤司がさらっと言う。この男には恥じらいというものが存在しないのか。いや、赤司にも恥じらいがあることは知ってるが。
「オレら、明日のラッキーアイテム探してんだ。だけど、どうにも見つからなくて――」
「水晶のブレスレットなのだよ。パワーストーンとか言われている。……さっき誰かが最後のひとつを買っていったらしくて――。くそっ、どこかに売っていないのか……なのだよ」
 水晶のブレスレット――。
 オレが、赤司に贈ったプレゼントだ。
「あれ? どったの? 降旗。困ったような顔して――あ、もしかして!」
「さては!」
 高尾と緑間が殆ど同時に叫ぶ。ほんと、この二人息が合うなぁ……じゃなくって!
「水晶のブレスレット、あるけど、赤司にあげちゃった……」
「降旗。オレにそのブレスレット、貸してくれ! 一日だけでいいのだよ!」
 緑間は必死だった。
「オレはいいけど――赤司に訊いてくれよ……」
「だ、ダメだ! ――これは光樹からオレがもらった大事な物だ! どこか別の店で買って来い!」
「さっき行った店が候補の最後のひとつだったのだよ。赤司。頼む。オレにそれを貸してくれ!」
 緑間が土下座をした。なんだなんだと、人々が騒ぎ出す。
「だ、ダメだ……オマエはこうと決めたら動かない、そんな性格なのはわかっている。けれど、これは、絶対渡せない! なんせ、光樹からの贈り物なんだからな」
(どうしたんだろ、あの人達)
(さぁ……)
(何かプレゼントを巡っての騒ぎみたいよ)
「赤司!」
 高尾も緑間の隣で土下座をした。
「それ、一日だけ貸してくれよ! 緑間の命がかかってんだ!」
「だ……ダメだ……」
「なぁ、赤司……安いのであれば、オレが他の物買ってあげるから――」
「光樹……」
「だから、それ、緑間に貸してやってよ……」
「おお、降旗が人事を尽くしているのだよ……オレの為に……赤司。何でもするからその水晶のブレスレットをオレに貸してくれないか? 頼む。絶対汚したり壊したりしないから……」
「う……だ、ダメだぁーーッ!」
 赤司が走り出した。緑間も後を追う。それでも流石と言うべきか――赤司と緑間は器用に通行人をすり抜ける。
「ま、待てーっ! 赤司ーっ!」
「光樹からもらったものは誰にもやらないぞーっ!」
 これは……騒ぎの元凶はオレなのか? オレが、もっとポーカーフェイスを徹底してたなら……。
 高尾が、ぽん、とオレの肩を叩いた。苦労を労ってくれたように思った。――高尾は言った。
「降旗……オレも大変だけど、オマエも大変だな」
 ――結局、後でオレがもっと別の物を買ってあげるという条件で、赤司は緑間にブレスレットを貸すことにした。けれど、家に帰ってからも「緑間の馬鹿、緑間の馬鹿、せっかく光樹からもらったものなのに――」とぶつぶつ呟いていた。

後書き
降旗クンからもらったプレゼントを死守したい赤司様対ラッキーアイテムに命を賭ける男緑間。
降旗クンも高尾も大変だなぁ……。
2019.09.10

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