ドアを開けると赤司様がいました 6

 オレ達は皿を洗っている。洗剤の匂いがする。洗剤使うと海が汚れるって言うけど、どうしてもクセで買っちゃうんだ……。
「ねぇ、赤司……言いたいことがあるんだけど」
「何だい?」
 赤司はもうすっかり普段の赤司に戻っている。オレだって、怒ってる訳じゃないんだけど――やっぱり一言いいたいことがある。
 オレ、降旗光樹にだって自分の意見はあるんだ。そりゃ、大きなお世話といえばそれまでだけど――。
「やっぱり、ああいうの良くないよ」
「良くないよ、とは?」
「リリィさんのこと、家に連れ込むなんて良くないよ――」
「そうだね。オレもあれは失敗だったと思っている。光樹を誘惑するかもしれないとは考えたけど、まさか光樹をいびるなんて――」
「オレのことはどうだっていい――いや、良くはないけど……赤司の彼女さんに失礼だろ? あんな女を……」
「あのね、オレには彼女なんていないよ」
「嘘だろう? ――じゃあ、彼女とは別れたの?」
「そうだね――オレは大体一月で女とは別れるから……一番長持ちした関係ではせいぜい三月だな」
 オレはぽかんと口を開けていた。
「『私とバスケ、どっちが大事なの?!』と言われたこともあったなぁ。答えは決まっているのにね」
 そう言って赤司はくすくすと笑った。
「――赤司の女たらし」
「……そうだね。キミにそう言われても文句は言えないよ」
 でも、赤司がモテるのは何となくわかる。オレだって、もし自分が女だったら赤司に惚れてたと思うから。
 赤司はバスケが彼女だと言ってたけど……。まぁ、そうだろうね。オレだって、女の子よりバスケが好きかも。――モテないから言うんじゃないぞ。全然。
「でも、バスケと同じくらい惹かれる存在を見つけたから――」
 へぇ、赤司にそんなことまで言わせるなんて、相手はどんな女なんだろ。――いや、女とも限らないか。もしかして、新しいスポーツかも――。
「赤司がそこまで好きになるなんて……一体どういう存在?」
「――今は教えないよ」
 赤司の目が光ったと思ったのは気のせいだろうか。
 ……そうだよね。赤司にもプライバシーがあるもんね。
「わかったよ。赤司」
「――本当にわかってるのかい?」
 オレは赤司の目に吸い込まれそうになった。でも、一瞬後には、いつもの部屋が。
「うん。大学でいい人とか、夢中になるもの、見つけたんだろ?」
 ――その途端、赤司がギャグ顔になった。
「どうしたの?」
「いや、何でも……余計なお世話だがね、光樹。キミはもう少し自分に自信を持った方がいい。あの女に何吹き込まれたか知らないが……」
「? 別にリリィの言ったことなんて気にしてないけど? いつも言われていることだし」
 赤司が頭を抱えた。
「赤司?」
「――何でもない。キミは普通の男だよ。でも、それは『偉大なる普通さ』だ。こんな普通さが羨ましいなんて、なんてことだ、オレは――」
 偉大なる普通さ――それは褒められていると言っていいんだろうか……。
 ていうか、偉大なる普通さって何だ?
 こんなよくわからないことを言うということは――赤司は相当疲れたんだな……。オレも疲れたし。
 でも、オレはバスケで鍛えてるから、深夜アニメとか観る体力はある。あるはずなんだけど……。
 体力じゃなく、削られたのは精神力かな。あんな酷いこという人は誠凛には一人もいなかったし。だから、それに慣れてた。
 けど、確かに、赤司とオレが一緒に暮らしてるなんて、みんなどうしてかわかんないんだろうな。オレでさえわかんないくらいだし。きっと、リリィとかいう女にもわからない。
 オレを使用人と言ってたから、オレを追い出して後釜に座るつもりだったのかな?
 そんなことしても赤司に嫌われるだけだということは、オレにだってわかることなのに……。オレだってそういうのは嫌だし。
 オレは、赤司の横顔を見る。何と遠い目をしているのだろう。――赤司のことはきっと、誰にもわからない。きっと、本人にしかわからない。
 赤司はこっちを見てにこっと笑った。笑うと可愛いんだけどなぁ……。
「光樹。一緒に寝ないかい?」
「――は?」
 オレはつい間の抜けた声を出してしまった。でも、相手は男。ただ寝るだけだろう。
 でも、天帝赤司の顔を思い出して――オレはちゃんと眠れるんだろうか。
「その……同じ部屋、て訳じゃなく、同じベッドで?」
「そう」
 赤司は頷く。オレは冷や汗をかきながら答える。
「い、いや……遠慮するよ」
「そうかい……」
 赤司が何となく残念そうに言った。
「あ、赤司が嫌いだからじゃないからね」
「わかってる――アメリカでは、ある一定の年齢になると、一人で寝るものだそうだから。オレも京都で一人暮らししていた時は大抵一人で寝ていたし。――あ、そうでない時もあったか」
 赤司……それはちょっと微妙なセリフだよ……。
 つまり、赤司は童貞じゃないって訳ね。オレと違って。
「赤司。明日早いんだろ?」
「うん、まぁ、そうだね」
「もう寝た方がいいんじゃない? オレはちょっと掃除やっとく」
「オレがやるから、いいのに、光樹……」
 赤司が微笑む。何だか、赤司は微笑む機会が増えたみたいだ。あんなことがあった後でも……。
「光樹。本当にオレはキミとの関係を壊したくないんだ。だから、光樹がいつも通りになってくれて嬉しい――それに、オレのいないはずの彼女のことも心配してくれているしね」
「え? そりゃ、まぁ……けど、赤司の彼女さんだったら一度見てみたいな。今はいなくても、赤司の元にはきっといい女が来てくれるよ」
「――ありがとう。でも、そういった素晴らしい彼女が出来るまでは……キミで我慢しておくよ」
 はぁ? 赤司の今言った言葉、どういう意味?
 オレは思わず笑ってしまった。
「光樹?」
「ああ、ごめん……赤司でも冗談言うんだな。オレは女の代わりにはなれないよ」
「いいんだ。……いいんだ、それで……寝る時の部屋は一緒だろ?」
「うん、まぁ……」
 オレと赤司は同じ部屋に布団を敷いて寝ている。赤司はたまに、目を開けてじっとこちらを見ていることがある。――眠れないんだろうな、とオレは思う。
 オレだって目を覚ますことがあるけど、大抵は熟睡している。
 天才とか天帝と呼ばれても、赤司も結構プレッシャーなのかな。そう思う時もある。
「シャワー浴びる? 赤司」
「いや、今日は朝に浴びたから」
「じゃー、オレ、浴びていい?」
「別にオレに許可を求めなくても……ここは光樹の部屋なんだよ。オレは置いてもらってる身でさ」
 あー、そうだったかな。けど、ここでも赤司が主導権を握っているから……。
 それに、赤司が部屋代半分払ってるんだから。
 赤司が全部払うって言っても、オレが頑として半分は払うと言って譲らなかったんだ。最後に赤司はこう言った。
「キミには負けたよ。降旗光樹」
 ――それで、その晩は赤司が思いっきり寝こけていた。寝こけている、という表現はあたってないかな。――赤司の寝顔は綺麗だった。赤司の寝顔なんてその時はレアだったからよく覚えてる。
 何度も考えたこと。
 もし、赤司が女だったら……それか、オレが女だったら……。
 どちらかが女だったら……そんなことを考える。
 最近、黒子に会った。黒子は今まで通り、いいヤツだった。火神と同じ大学に通っている。
 ――黒子はオレの話を興味深げに聞いてくれた。そして言った。
「降旗君。赤司君には気を付けてくださいね」
 何に気を付けるの? オレが言うと、黒子はふっと笑った。その微笑みが赤司に似ていないこともなかった。
「降旗君。キミはピュアですね。――赤司君が何も目的を持たずにキミのところへ転がり込んだと思っているのですか?」
「それは……赤司にもいろいろあるんじゃないかな」
 例えば、親に勘当されたとか、友達と一緒に暮らしてみたいとか――。
 黒子はちょっと厳しい顔をした。
「いいですか。行き過ぎた鈍感さは罪ですよ。例え相手が赤司君でも、何かあったら追い出して構わないんですからね」
 ――何だろう。罪と言われるぐらいの鈍感さって。それにしても、赤司ですら追い出してもいいなんて、黒子も結構過激なこと言うな、と思ったよ――。

後書き
黒子の方が降旗よりもわかってらっしゃる!(笑)
降旗クン可愛いから気をつけた方がいいよ(笑)。
2019.04.30

BACK/HOME