ドアを開けると赤司様がいました 59

 取り敢えずオレは灰崎とLINE交換をする。
「おー、あんがとよ」
「いやいや」
 その時だった。二人の息せき切った男が走って来たのは。――虹村サンと赤司だ。
「あれぇ、赤司、どうして……」
「光樹。お前のことが心配になって来た。勉強どころじゃなくなった。訳を言って退出して来た」
「何て言ったの?」
「オレの大事な人が重病です、と」
 赤司は本当にオーバーだ。見てごらんよ。灰崎なんか隣で大笑いしている。――あっ、虹村サンに殴られた。いつも思うんだけど、こんなにごんごん叩き続けたら、灰崎の只でさえ悪そうな頭、ますます悪くなっちゃうんじゃないだろうか。オレは他人事ながらはらはらした。
「け、喧嘩はダメですよー……」
 オレはふるふる震えながら二人の間に入ろうとする。
「うるせぇっ!」
 ユニゾンで二人の声がした。うわわわわわわ……。
「しゅ…しゅみません……」
「光樹! ここで引いたら負けだ!」
「だって、あの二人怖い……」
「虹村サン、灰崎……」
 赤司がオレの前にゆらりと立ちはだかる。何だろう――虹村サンと灰崎も震えている。赤司はどんな表情をしているのだろう――知らない方がいいのだろうか。まぁ、でも、味方であればこれ以上心強い存在はない訳で……。
 逆に言うと、絶対敵に回したくない!
 ――こう言う時は話題を変えるに限る。
「赤司……俺達、風邪が治ったらインフルエンザの予防接種受けることにしたから。灰崎も一緒だよ。お金はオレが仕送りから出すから――」
「そうか……祥吾……いや、灰崎もか……」
 虹村サンがふくく、と満足そうに笑っている。灰崎が慌てて、打ち消すように求めた。
「なぁ、助けてくれよ。オレ、注射本当に嫌なんだ……」
「喧嘩傷とかに比べれば、痛くないんじゃね?」
 それに、お前ら他にももっと痛いことしてんじゃねぇか――と言おうと思ったがやめにした。
「いやいや。注射とか? ああいうのに比べれば、喧嘩で出来た傷なんて……」
「降旗……灰崎を宜しく頼む」
 そして――オレは虹村サンに頭を下げられた。どうしたらいいのかな。こういう時。灰崎の面倒見ることについては、やぶさかではないけれど――。
 そういや、もう十二月なんだよなぁ……。オレも灰崎も、早めに受けないと。本当は十一月辺りがいいんだよね。
「虹村……」
「はいはい。オレもまだ受けてねぇから、付き合うぜ。赤司は?」
「オレもいろいろあって受けてませんでした。今から受けます」
「虹村も赤司も、なんか眩しっス……」
 灰崎のその表現に、オレはつい笑ってしまった。オレは灰崎にびびりまくってたけど、灰崎にも苦手なものはあったんだ……。何となく親近感湧くな。
「何笑ってんだよ、降旗! チクショー! おめぇチワワのくせに! どうせ注射が怖いなんてガキだって、心の中で馬鹿にしてんだろ! ああ?! こう見えたって喧嘩じゃ負けなしなんだぜ。てめぇもボコってやろうかぁ?」
「でも、オレ、注射は平気だもん」
「うっ……降旗も眩しいぜっ! チワワのくせに、チワワのくせに……!」
 灰崎がぽかぽか殴って来る。勿論手加減はしてくれている。手加減なしじゃ、灰崎に敵うオレじゃねぇもんな……。
「虹村サンに赤司。お二人は今日予防接種しても大丈夫なんじゃないですか?」
「おう。灰崎に付き合ってやろうと思ったんだけどな。こいつ、注射の針が苦手なんだと」
 針かぁ……確かに子供の時はイヤだったね。オレは灰崎の手をぎゅっと握った。
「オレも予防接種受けるから、そん時は灰崎も一緒に受けようぜ」
「降旗……」
「はいっ! オレも注射の針が苦手です! ――灰崎にしたようなおまじない、オレにもしてくれないか! 光樹!」
 赤司……今更嘘つくんじゃねーよ……。今度は虹村サンが一人で笑っている。灰崎が、「熱が下がりませんように」と神に祈っている。――必死だな。
「オレ、薬が出たら帰る」
「そうかい? 確かに思ったより元気そうだしねぇ……予防接種が終わったら、オレも大学戻るよ」
 と、赤司。
「そうだね。その方がいいよ。ところで、虹村サンと灰崎って、どこの大学だっけ。なんかいつも一緒にいるようなイメージがあるんだけど」
「あーオレ達? 私大だよな――結構有名どころ」
 灰崎が自慢そうに大学の名を口にした。そこは……オレの大学よりはやや高めのランクの大学だった。オレって灰崎よりバカだったのか……。オレが密かにショックを受けているのを赤司が察したらしい。
「光樹! 今からでも間に合う! 今の大学はもう辞めて改めてT大を受けるんだ!」
 と、説得にかかる。あー、もう、オレだって今の大学には愛着湧いてんだよ! 友達も沢山出来たし!
「マジかよ、赤司……今の時期からT大はちょっときついんじゃねぇの?」
「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、ですよ。虹村サンだって、あなたが今通っている大学はレベル低いんじゃありませんか? 虹村サンだったらもっと高い偏差値の大学狙えたでしょうに」
「――まぁ、オレの場合はたまたま滑り止めに受かっただけだし。そこそこバスケ強いとこだったからってことで決めたぐれぇだし。それにちょっとな……やっぱ日本の大学に通いたいぜって我儘言っちまったしな……」
「滑り止め以外は全滅だったんスか?」
「……んー、どういう訳かねぇ……親父も日本に住むならどんな大学でもいいから行けって言ってたしなぁ――揉めに揉めたけど、結局その大学にしたわ。ま、そこで灰崎とまた会えたんだから、悪い縁じゃなかったな」
 ご馳走様です――赤司が笑いながら手を合わせた。
「――なぁ、虹村サンのお父さんて……」
「ん? ロサンゼルス在住だけど? なんかロスが気に入ったみたい。オレは、日本が好きだけど」
 虹村サンのお父さんは、なんか面倒な病気だったらしい。そのことをいつだったか赤司から聞いた。
「お父さんの状態、大丈夫? 病気したんでしょ?」
「うん。今はすげぇ元気。お袋もいるしよ。――そんでな、オレ、クリスマスには灰崎とアメリカ行くんだ」
「そう! オレ、今から楽しみにしてる!」
「いい子にしてるんだぞ。祥吾」
「ばぁか。オレはいつだっていい子じゃねぇか」
 虹村サンは灰崎を撫で回している。灰崎もイヤではないらしい。
「ほんとか?! すごいな! アメリカ行きなんて」
「光樹。キミが良ければ、オレ達も海外行くか?」
「ううん。オレはいいや。紅白観たいし初詣行きたいし」
「初詣か。キミが一緒にいくなら、オレは構わないよ。でも、日本でクリスマスを迎えるなんて、久しぶりだなぁ。いっつも海外の親戚とか、友達とかと過ごしていたからね」
 ――ちぇっ、お金持ちは違うな……。でも、流石は赤司だよな……。
「オレは初めての海外旅行じゃねぇけど……家族にイヤな顔されねぇかな。だって、オレ――ちょっと血の気が多いし」
「ちょっとどころじゃねぇだろ……まぁ、でも、その前に、お前にはインフルエンザの予防接種を受けると言う義務がある」
「うっ。――アメリカにはインフルエンザはねぇから平気だろ」
「そんなこと、言いきれるのか? それに、インフルエンザの抗体が出来るのは、しばらくしてからなんだ。ということは、オレらが日本に戻ってきてからだろう?」
「う……」
 灰崎は言葉に詰まったらしかった。
「灰崎。風邪が治まったらオレと行こう。この病院には。それに、今の注射はそんなに痛くないよ」
「血管に針を刺す、というのが、まずイヤだし、気持ちわりぃし――殴られた方がまだしもだぜ」
 ふうん。そういえば、親父が言ってたっけ。
(注射が怖いのは丈夫な大の男なんだよ)
 ――って。オレはそれなりに丈夫だけど。結構風邪とかも引いたので、病院も注射も平気かもしれない。この頃は病気知らずだったけど、そういや、風邪をひいたのだって、何年かぶりかもしれない。
「仕方ねぇな。オレもついてってやるから。――逃げんなよ、祥吾」
「ううっ……」
 なるほど。虹村サンといれば安心だ。
「灰崎と光樹のインフルエンザの予防接種の費用はオレが出しますんで」
 赤司が言ってくれたので、オレは安心して任せることにした。オレが出しても良かったんだけど――というか、そのつもりだったんだけど。
「いいのか? わりぃな。あ、オレの分は心配しなくていいぜ」
「ええ」
「確かここに財布が……あれ? あれ? ああ……これで足りるかな……予防接種って高いからな」
 赤司がくすっと笑った。
「虹村サン。オレが貴方の分も出しますよ」
「そうか? ――済まねぇな。赤司」
「オレ、待ってよっか」
「いや、光樹は薬局に薬取りに行ったら家に帰った方がいいかもしれない。マスクし忘れただろ? キミ。ここは風邪の菌がうようよしているからね。――きっと」
「はぁい」
 数日後、風邪が治ったオレ達は、病院に予防接種を受けに行った。――忘れようとしても忘れられないのは、灰崎が注射の時に「ぎゃあああああ!」と叫んだのが聞こえたことだった。

後書き
灰崎クン、アメリカ行きなんていいなぁ。
けれど、灰崎クン、そんなに嫌いか注射!(笑)
2019.09.06

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