ドアを開けると赤司様がいました 58

 はぁー、体が熱い……だるい……。
 オレはマフラーをぐるぐる巻きにして病院へ行った。外は寒いのに、熱のせいで汗が出る。コートがサウナスーツみてぇ……。病院が近くで良かった。
 赤司からLINEが来た。
『大丈夫かい? 光樹』
『…大丈夫だよ』
 赤司からは十分に一度はこんなLINEが来る。赤司のヤツ、これじゃお前、何の為に学校行ったのかわからないじゃねぇか。
『済まない。光樹。先生に見つかった。…また後で連絡する』
 うんうん。その方がオレも気が楽だ。
 オレが本を読んでいると、ガーッと待合室の扉が開く。
「お、降旗じゃねぇか!」
「灰崎!」
 灰崎とは、妙なところでちょくちょく出会う。病院とか、コミック街とか――。病院では二回目だ。整形外科と、今回は内科。
 こいつはオレん家――というか、オレと赤司ん家に転がり込んで来たこともある。それから、虹村サンと一緒に誕生会にも来てくれたし。だから、どうも身近に感じられるようになったんだ。――こいつ、見た目はワルだけど、本当は悪いヤツじゃないっぽいしね。
 それに、本当に悪い人間だったら、虹村サンも放っておくだろう。
「てめぇも風邪か?」
 ――ということはアンタも風邪か。
「うん」
 オレは頷いた。鼻水のせいで、鼻がバカになってる。オレはずーっと洟を啜った。
「おい。ティッシュあそこにあるぞ」
「うん……」
 灰崎は意外とものをよく見ている。技を奪うのにも観察眼が必要だろうからなー……。オレは、一応ティッシュは持ってきたけど、灰崎の好意を受け取ることにした。好意っつか、アドバイスだな。
「しっかし、おめーとは妙なところで結構会うな」
「あ、オレもそう思ってた」
 ――変なところで気が合うな。
「赤司はどうしたよ」
「学校」
「あー、虹村も大学なんだ。でも、オレには病院行けって」
「大事にされてんだ。――愛されてんだねぇ……」
「ふん。……どうかね」
 けれど、そう言う灰崎も満更でもなさそうで……。
「――虹村って……ああ見えてあいつは赤司よりは怖かねぇよ。てめーはよく、赤司と付き合ってて平気だよな。オレ、そういうとこは感心するわ。――でも、赤司も雰囲気変わったしな」
 そう言って灰崎がくすっと笑った。
「やっぱ、オマエのおかげ?」
「やだなぁ、そんなんじゃないって。――赤司は家に来た時からいいヤツだったよ」
「ふぅん……」
「――何だよ。何か言いたそうだな」
「別に。ただ、チワワか猫な外見してるくせに、おめー結構大物だなと思ってよ」
 ……大物……似たようなこと、日向サンにも言われた。赤司の方が大物だと思うんだけどな。オレは……。包容力も統率力もあるし。リーダーの資質は、間違いなくあいつの方が持ってる。
 ――けれど。
「赤司をコントロール出来んのは、多分おめーしかいねぇよ。おめーが変えたんだろ? 赤司のことを」
 灰崎が言う。オレは、赤司がオレの面倒を見てくれているんだと思うんだけど……。でも、オレが赤司を変えることが出来たなら……そしたら、嬉しい……。
「やっぱりさ……おめーら出来てんだろ」
 ――灰崎がそう言い終わったのと同時に、オレは、大きなくしゃみをひとつした。唾も飛んだ。
「わはは、きったねーなー。な、おめーら、出来てんだろ?」
「お……オレは……!」
 何と言っていいかわからない。確かに、オレと赤司は、付き合ってると言えば付き合ってるのかもしれない。だけど、何度か額にキスしたくらいで……あ、後、唇奪われたことあったかな。でも、それぐらいで……。
「……ああ、コントロールしてると見せかけて、コントロールされるのもありか。どういう関係なんだ? オマエら。ん?」
「……どういう関係って……と、友達? というか、ルームメイト?」
「そっか。ルームメイトか……オレ達もそうだぜ。でも、ヤるこたヤってるけどな」
「ええっ?!」
 ――意外だった。虹村サンて、絶対そういうのには潔癖だと思ってたのに……。
「あれ? 話したことなかったっけ? オレ。話してても忘れてたとか? ――大したことじゃねぇもんなぁ……」
 大したことですッ!
 オレは怒鳴りつけようとして――その時、咳き込んだ。
「おっと。大丈夫かよ。興奮して熱あげんなよ」
「灰崎……アンタ、赤司と似たようなこと言うね……」
 ぜろぜろ喉を言わせながらオレが答える。
「えー。あんな人でなしと似ているなんて言われたって……イケメンでもヤダぜ。あいつとはいろいろな因縁があるからな」
「……オレも、初対面の時は怖かったぜ」
「やっぱり降旗もそうかぁ。あいつが怖いの、オレだけじゃなかったんだな。――あいつに比べれば、虹村の方がまだ可愛いもんだぜ」
 灰崎。それはノロケって言わねぇか?
「オマエ、赤司に襲われたことないのか?」
 んー……無理矢理キスをされたことはあるけど……特にイヤじゃなかったし……。
「強姦は、されなかったよ」
 オレは、小声で囁いた。
「えー?! じゃあ、他のことはされたのか!」
 灰崎が叫ぶと、他の患者さん達がぎょっとしたようにこちらを見た。
「あ……灰崎……患者さんの迷惑になるから……もう少し静かにしような……」
「そうだな……わり……」
 灰崎がこんなに素直になったのも、虹村サンの影響だろうか。昔はもっとやんちゃだったよな。灰崎……。黄瀬の彼女取ったことを自慢したりとか……。オレも、それは自慢にならんだろ、と思ったもんだが。
 オレは、静かに言った。
「オレ、アンタのこと、今は割と好きになったよ。赤司が好きなのとは別の意味で」
「そりゃどうも……でも、おめーに好きだって言われても嬉しかねーよ」
 なぁに言ってやがる。灰崎。アンタの笑顔、可愛いじゃねーか。虹村サンは、こんな灰崎をいっぱい見てるんだろうな。……何というか……良かったな。虹村サンも灰崎も。
 幸せになれよ。
「――ん? 何だよ」
「皆幸せになればいいなぁと思って。勿論。虹村サンと灰崎も」
「ケッ! 寝言言ってんじゃねぇよ! ――でも、そういう寝言言ってられっから、赤司もてめーに惹かれたんだろうな……」
「え、え……!」
「何だよ。おめーも羞恥心ってヤツ、持ってんだな。天然かと思ったぜ。いや、天然には違いないんだろうけどな……」
 ふふん。そんなこと言っても、オレは企んだりすることもあるぜ。ずっと天然だと思ってたら大間違いなんだからな。赤司も灰崎も、チワワなめんなよ!
「オマエ、なかなか攻略難しそうだよなぁ……少しだけ赤司に同情するぜ」
 攻略って、ギャルゲー? あ、オレら男だから乙女ゲー?
「ま、オレをバスケ部から捨てた罰だろうな。降旗、思う存分赤司を振り回すといい。それがオレの復讐にもなるんだからな。そうだ。それがいい。赤司への同情も、もう消えたぜ。ははっ、赤司めざまーみろ」
 何で、オレのことで赤司が振り回されるんだろう……。オレの方が赤司に振り回されてると思うんだけどな……。
 でも、灰崎って何気におもしれー。オレはふっと笑った。灰崎も笑った。
 オレの名前が呼ばれた。
「行ってくんね」
「おう」
「灰崎――また家にも遊びに来いよ」
「おめーもオレらんとこ来ねぇ? LINE交換もしようぜ。後でこっちも住所教えてやっから」
 オレは、うん、と頷いて診察室へ向かう。灰崎とも仲良くなれて良かったなぁ。ほこほこした気持ちで、オレは椅子に座る。
「熱があるんだって? けれど、元気そうだね」
 お医者さんにもわかるんだ。オレの機嫌の良さ。――灰崎の住んでる家行ったら、また虹村サンとも会えるかな。オレ、虹村サンのことも好きだから。……灰崎がやかないといいけど。
 灰崎はもう絶対、虹村サンに惚れているみたいだから。
「風邪だね。お薬出すから」
 あー、赤司が心配したような、インフルエンザとかでなくて良かった。あ、そうだ。
「いつか、風邪が治ったらインフルエンザの予防接種もしてください。後、灰崎クンにも。オレ、費用出しますんで」
「わかった。キミ達の体調が回復したらね」
 このことを灰崎に話すと、灰崎は真っ青な顔をして、「てめぇ、何てこと言ってくれたんだ……!」と、小刻みに震え始めた。えっ? ダメだった? 灰崎ってもしかして、注射苦手なヒトだった?

後書き
降旗クンは灰崎クンに縁があるようで。
しかし、灰崎クンにも意外な弱点(捏造ではありますが有り得そう)があったんですねぇ。
2019.09.03

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