ドアを開けると赤司様がいました 57

「実は……父さんとキミの話を少し聞いてしまったんだ……」
 赤司が語り始めた。
「玄関のドアが少し開いていて、話し声がしたから、お客様が来ているのか、もしくは電話かな、と――」
 ドア、開いてたんだ。何てオレは迂闊なんだ!
「なんか、オレの話をしているなとは思ったけど……ちょっと盗み聞きした感じで悪かったね。オレも、ほんとは聞きたかったんだろうな。キミの気持ちを。オレのことをどう思っているか、話している風だったからね。だから――静かに家に入って行った」
 外は、冬の風の匂いがした――なんて『夜空ノムコウ』じゃないけれど。
「キミが戸惑っているようなのを聞いて、オレも相手と話をつけようと思ったんだが……さっきの言葉、嬉しかったよ。また言ってしまったね。それで、もう二度と離すものか、と思った――」
(オレは、男とか女とか関係なしに、征十郎君が好きです)
 ――オレは、確かにそう言った。
「赤司……」
「父さんは、キミのことをとても気に入っているよ。感じでわかるかもしれないけれど。オレ、父さんがキミのことが好きで良かったと思っているよ」
「うん……」
 オレ達は空き缶をゴミ箱に捨てた。
「本当、馬鹿だね、オレ――恋は男を愚者にさせるね」
「……いつから聞いてたの?」
「オレにいい相手が見つかる――とか、その辺かな。はっきり聞いたのは……でもね、オレ、あだやおろそかにキミに告白した訳じゃないから。いつもとても――光樹が好きだったよ」
 オレも。赤司が大事で、大好きで――。
「光樹……キスしてもいいかい?」
「ダメ」
「何で」
「それは……察してくれよ……」
 オレは、日の下にいたら、さぞかしゆでだこのように見えたに違いない。
 赤司とキスなんて……それは、したことはあるし、イヤではなかったけれど……何だか、オレは、赤司に振り回されているような気がする。まぁ、それもイヤではないんだけれど――。
「そうか……じゃあ、額にキスならどうだい?」
 赤司はめげない。結局オレが折れることにした。
「――いいよ」
 甘い匂いがして――額に柔らかい感触がした。
 額にキスされただけだと言うのに、オレはちょっとくらくらしてしまった。
「可愛いな、光樹」
「揶揄うんじゃねーよ……」
 オレは今、余裕がない。――大学のマドンナと謳われた女性と付き合ったこともあるけれど、そんな時だって、こんなに心臓の鼓動がうるさくはなかったと思う。
 赤司はにこっと笑った。
「あのね、キミが前に付き合ってた女の子いたろう?」
 ――オレはちょっとびっくりした。今まさに、あの女の人のことを考えている……というか、記憶がよみがえって来たところなのだ。赤司ってエスパー? でも、その女性のことは例に出しただけでそんなに深く考えていなかったと思う。
「キミ、ホテルにも連れて行かなかったんだって? 純粋なのね、と、彼女は笑っていたよ。――オレも、光樹のそういうところが好きなんだ」
「ホテルに連れて行かなかったところが?」
「――例えの話だよ。キミは、少し、奥手なところあるよね」
「ん……まぁ……」
「彼女もそういうところが好きだと言ってたよ。キミのこと。キミに恋して良かったって――」
 オレに恋して良かった――。
 わっ、わっ。赤司みたいないい男に、そして、あのキャンパスのマドンナのようないい女にそんなに褒められたら、オレ、自惚れちゃうよ。
「でもね――もう、あの娘にも、他の誰にも、光樹は渡さないよ」
 赤司の赤い目がきらりと光ったように思った。
「オレなんか、そんなにモテないから……赤司は心配しなくていいよ」
「キミは自分をわかってないね」
 ――オレはデコピンされた。
「てっ!」
「大学でよく訊かれるよ。降旗とはどんな関係なんだって――降旗が可愛いと言う女子もいたよ。まぁ、オレも、降旗は可愛いと思っているんだが。一筋縄ではいかないところも好みだし」
 一筋縄ではいかない? どこを指してそう言ってるんだろう……。
「相田サンも言ってたよ。降旗クンは一見弱そうに見えるけど、全然弱くないから気をつけて、って。――それは、今までの経緯からもイヤと言う程思い知らされた訳だが」
「カントクは、オレのことを買い被り過ぎてるんだよ……」
「そんなことないよ。光樹は強い」
 オレ達は電灯の下を歩いていた。歩を止めた赤司が、光の強い赤い目をオレに向かってひたと見据えた。
「――光樹は強い」
「わかったから……」
 どうして赤司は強調するんだろう……。褒めてくれるのは嬉しいが、ちょっと照れる。
 カントクも、オレを買ってくれるのは嬉しいけれど――。
 一筋縄でいかないのは、赤司やカントクの方だよ……。
 そういや、日向サンとカントクは、今でも上手く行ってんのかな――カントクは、木吉センパイと付き合ってたことがあるって、聞いたことがあるんだよな。木吉センパイもいい男だしなぁ。
 誕生日のDVDは、今でも宝物だ。
「――くしっ!」
 オレがくしゃみをすると、赤司は笑った。
「だいぶ冷えて来たね……」
「うん」
 オレは鼻を啜った。赤司がポケットティッシュを差し出す。スマートに出来るさり気ない気遣い……こういうところは流石だなって、思うよ。
 ――赤司はほんと、かっこいいな……。
 赤司の父さんが言ってたことが、ほらではないかと思ってしまう。赤司の父さんに失礼だけど。オレが赤司に惚れるならともかく、その逆なんて……。オレも赤司に惚れてるけど。
 オレは使い終わったティッシュを丸めてポケットの中にしまった。
「ああ、そのティッシュは帰ったら捨てておいてくれよ。洗濯の時、一緒に洗うと困るから」
「え……? え、ああ、うん……」
 洗濯物を干す時に、ティッシュのきれっぱしがあると、取って捨てるのに苦労するんだ。ティッシュも無駄になるし。
 思わず日常のことに思考が行きかけたその時。
「光樹。オリオン座が見えるよ」
 オリオン座? どこだろう。オリオン座自体は知ってるけれど、……オレには何故、その星座がオリオン座なのか、ちっともわからなかった。星座なんて、見たいように見ようと思えば、そう見えるし。バスケットボール座とか、あったらいいのにな。
「赤司。久しぶりに1on1しない?」
「――いいけど、キミ、風邪ひかない?」
 赤司は時々、ほんとにオーバーだよなぁ、とオレに思わせることがある。今だって、ちょっとオレがくしゃみと鼻水出しただけなのに――。
「オレ、バスケしてると元気になるよ」
「そうか――じゃあひとつ、手合わせ願おうかな。オレが勝ったら、光樹の唇にキス」
「えっ……!」
 オレはボッと熱が出そうになった。
「うそうそ。オレはそんなにがつがつしてないから――キミがオレのものになるなら、いつまでだって待つよ」
 ――だ、そうです。全国の赤司ファンの方、ごめんなさい!
 コートには、いつも誰のだかわからないバスケットボールが転がっている。有り難くそれを使わせてもらう。
 すぐにやめるつもりだったんだ。寒空の下、オレと赤司は1on1に夢中になっていた。ボールに触れば、イヤなこと、心配なことは全て忘れられる。バスケは――楽しい。どんなにバスケ馬鹿と呼ばれようと。それは、オレ達にとっては褒め言葉なんだ!
 オレは、すっかり汗だくになってしまった。もう、暑いくらいだ。しかし、走るのをやめると、急に汗が冷えて来た。
 また熱いシャワーを浴びて、早く寝よう。そう思いながら赤司と帰ったオレ。その時、オレは、己にあんな報いが待っているとは思いも寄らなかったんだ――。

『――38.8℃』
 赤司が険しい顔で体温計を見ていた。三日後、オレは覿面に風邪をひいてしまったのだ。あの後も、結構ムリして動き回っていたからだ。
「もう、キミが風邪気味の時に1on1するのはやめよう」
「ええっ! どうして!」
「――光樹が熱出すと困るから。多分あれが遠因だと思うけど、まさかインフルエンザじゃないよな……」
 赤司がぶつぶつ言っている。オレは、単なる風邪だと思うんだけれど――。
「オレは、今から学校に行かなければならない。……キミの看病をしたいのは山々だけれど。というか、そっちの方がいろいろと楽しそうだなぁ……」
「はぁ……」
 オレの看病が楽しいんですか? 赤司の考えていることは、未だによくわからない。
「まずは病院へ行くこと。それから、大人しく寝てること。何か飲みたいものとか、食べたいものはあるか?」
「飲みたいものだったら……野菜ジュースかな……」
 オレは冷蔵庫の中身を思い出しながら答える。赤司がコップに注いでくれた。これを飲んだら病院へ行くんだよ。――赤司はそう言って部屋を出た。オレは、のろのろと着替え始めた。

後書き
降旗クンモテモテ!
でも、熱が出たのはちょっと気の毒だったね。
赤司様がちょっと心配性?
2019.08.31

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