ドアを開けると赤司様がいました 56

 バスケ部の練習から帰って来た後、オレはざっとシャワーを浴びて、ボディソープで体を洗った。ほこほこになってバスルームから出る。我ながらいい匂いになった。ああ、気持ちいい。
 あ、そうだ。埃が溜まってるな。赤司も忙しそうだし――よし、ここはオレが綺麗にしておくか。
 オレがはたきで掃除をしていると――。
 固定電話が鳴った。
「もしもし、降旗ですが――」
 この家は赤司の家でもあるのだが、オレは一応そう名乗ることにしている。ここはオレの家だし、オレに用事があると言うこともあり得るじゃないか。
 ――まぁ、大半は赤司が目的であることが多いんだけどね。赤司、顔が広いから。
『もしもし。光樹君かい? 久しぶり』
 この声は――赤司のお父さん。
「は、はい……! 久しぶりです!」
 オレは姿勢を正した。
「征十郎君だったら、まだ帰って来てませんが……」
 電話の相手が赤司の父さんなので、オレは柄にもなく、赤司を『征十郎君』と呼ぶ。それにしても、赤司征十郎とは、もののふのような、実に立派な名前じゃないか。
 でも、赤司当人は英国紳士を思わせる。
 大正か――戦前に生まれても、立派な紳士になるかもしれない。赤司は。そして、赤司の父さんも赤司に似ている。
『いや、キミに話があったんだ。光樹君』
 穏やかな声がオレの名を呼ぶ。オレは心臓がきゅん、となった。
「オレと話しても……多分面白くないと思います」
『そんなことはないだろう。征十郎も電話ではキミの話ばかりしている』
 はぁ……赤司の父さんと赤司は、結構話しているんだね。
『今日はキミと話したかったんだ。キミが家にいてくれて良かった』
 そっかー。でも、オレ、何話せばいいんだ? 赤司のことか?
「征十郎君なら、学生中央委員会で忙しいようですよ。バスケもあるし」
『そうみたいだな。征十郎は、私の前では、模範的な応答しかしてくれなくなった。私のことを煙ったいと思っているのだろうな。そういう年頃でもあるだろうし』
「お父様。征十郎君は決してお父様を悪く思ってはいないはずです」
 ――と、オレは少しだけ言葉を濁した。それというのも、赤司が父親をどう見ているのか、ちょっとわからないことがあったからだ。自立への道を歩んでいるのだろう。
 だが、お父さんとしては少し、それが寂しいのだろうな、と思った。気持ちはなんとなくわかる。オレは親になったことはないけれど。それに、赤司のようなチート青年の親になったことはもっとないけれど――。
 赤司の母さんはとっくに死んでしまったと言うし、やっぱり、赤司の父さんも寂しいんだろうな。
 オレは、恵まれているのかもしれない。ちょっと姦しいけど、明るい母さんはいるし、頼りがいのある父さんはいるし。
 父さんと母さんは、仲がいい方だ。それだけで、オレは幸せだ。
『征十郎には、いろいろ重責をかけたようだ。征十郎は、「それがオレの選んだ道ですから」と答えていたが――詩織が亡くなったショックもあっただろうな……』
 詩織と言うのは、赤司の母さんの名前だ。
『詩織にも、もう少し伸び伸びさせてあげたら――と散々言われて来たが、私は厳しくするしか能がなくてな。けれど、光樹君がいて良かったよ』
「……ありがとうございます」
 オレは嬉しかった。赤司の父さんから、嘘のない響きの言葉が伝わって来たからだ。
『光樹君――良かったらもう少し、うちの息子に付き合ってくれないか?』
 ――友達同士としてだな?
「――はい」
『私にも竹馬の友はいた。最近、連絡はしてないのだが』
「そうですか」
『赤司は、何でもキミに話すそうだな』
「親友なもので」
『親友か――征十郎はもっと深い仲になりたいそうだが……私が見たところ、征十郎はキミに恋してる』
「は……」
 そんなことまで喋ったのか? 赤司は……!
『勿論、征十郎はそんなことは話していない。だが、声音でわかるのだ。キミの話をする時、征十郎は嬉しそうにしている。征十郎は、光樹君の話の時だけは感情を動かす』
「はぁ……」
『こんなこと言って、困らせるつもりではなかったんだが……キミは、征十郎のことをどう思っているかね?』
「オレは……オレも、征十郎君のことは好きです」
『それは、友達としてかい?』
「――はい」
 他にどう言えと言うのだ。
『ははは、わかったわかった。可哀想に。征十郎も失恋したな。――いや、これからどうなるかわからない、と言ったところか』
「征十郎君が女の子だったら、オレは絶対恋してました」
『キミは同性愛には偏見はないのかね?』
「――ないつもりです」
 オレの周りには男と男がくっついてるケースがあるし――つーか、そんなんばっかりだし。
 まぁ、皆いい男だから、気持ちはわかると言っちゃ、わかるような気がするんだけどね――。
「お父様。征十郎君はいい男だから、きっといい相手が見つかりますよ。例えば、すごく素敵な女性とか――」
 その時、オレの心臓はズキン、と鳴った。
『キミは、それでいいのかね?』
「――え?」
『いや、馬鹿な父親の独り言と笑ってくれ給え。――私は、光樹君と結ばれることが、征十郎にとっての幸せなのではないかと考えるようになったのだ』
「はぁ……」
『惜しむらくはキミが女でないことなのだが……こんなことを言う私は古い人間かね』
「いえ……」
 赤司が男で、オレも男で――。
 それは、考えない訳にはいかなかった。というか、それが最大の問題ではないかと考えたこともある。オレか、赤司が女だったら運命の恋人同士で、ハッピーエンドになるだろう。エンドロールにファンファーレでも流して。
『キミは、女でないといけないのかね? 男ではいけないかね?』
「それは……」
『いかんなぁ。またつい詰問調になってしまったな。――私もどうしてもこだわってしまってな。私も古い人間だからな、そういう偏見があるといえばあるんだ。キミはどうだい?』
「オレは……男とか女とか関係なしに、征十郎君が好きです」
「光樹。それは本当か――?」
 ――げっ?!
 そこには、びっくり顔の赤司がいた。というか、いつ帰って来たんだ。いつドアが開いたんだ?
 赤司の父さんとの会話に夢中になって、気づかなかったというのか――。
 赤司が好き――オレはつい言ってしまった。図らずも。
 オレは、赤司に告白したことになるんだ。
 以前は何とも思わなかった。でも、今は――顔から火が出る程恥ずかしい。
 いたたまれなくなったオレは、ドアを開けて逃げてしまった。
「光樹!」
 オレは、赤司から逃げてしまった。
 冬の夜は早い。でも、雪は降っていない。温暖化のせいだろうか。今日はあったかい。帰らなくてもいいかな――と、ちらっと思ったが、オレは一文無しなのだ。
 取り敢えず、公園で頭を冷やそう。オレは、近所の公園でブランコに乗った。外は誰もいない。皆、暖かい家の中にいるのだろう。
「光樹……」
 缶コーヒーを日本携えた赤司がやって来た。オレは、飛びつきたいのを我慢した。ていうか、追って来てくれたんだな……。
「……ごめん、赤司。アンタの父さんと電話で話してた。赤司の父さんに、失礼なことしちゃった……」
「ああ、適当に話しておいた。電話ならもう切ったよ」
「――ありがと」
「これ、コーヒー。あったかいの。今日は久々に暖かいから、冷たい方が良かったかな?」
「あたたかい……ので……いいれす……」
 上手く呂律が回らない。ブランコを降りたオレは、赤司に礼を言ってプルタブを開けた。オレは缶コーヒーが好きなのだ。何故だかはオレにもよくわからない。缶コーヒーの甘さが好きなんだ。
 オレは、赤司のことも好きだ。これも何故だかはよくわからない。
 ――赤司と缶コーヒーを同列にしちゃ、失礼かと思ったんだが。
「ねぇ、光樹」
「――何?」
「さっきの言葉……嬉しかったから……」
 オレは、何と言っていいかわからない。世の中の人は――というか、赤司家の人間は、どうしてオレが何と答えたらいいかわからないことばかり訊くのだろう。――さっきの話を蒸し返されても、オレが困るだけとは思わないのか。
「……オレも、本気で光樹のことが好きなんだ。男だろうが女だろうが関係なく。今度は――キミがどこへ逃げても、他の誰を好きになろうとも、諦めないから」
 赤司の声から切羽詰まったような感情を読み取って、ビビりのオレは体をぷるぷると震わせてしまった。

後書き
赤司様のお父様から電話。
降旗クンもやっぱり赤司様が好き。赤司様が降旗クンを好きなのは勿論のこと。
2019.08.29

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