ドアを開けると赤司様がいました 53

 林檎たん、赤司が林檎たん、ねぇ……赤司はキャラクターの名前に『たん』をつける性格じゃないと思ってたけど――。
 黄瀬なら容易く想像出来る。まぁ、その時の愛称は『林檎たん』でなく、『林檎っち』だろうけど。
 オレは車内で赤司に『林檎たん』の魅力について滔々と語られた。赤司よ。オマエ、何かに憑かれてるんじゃないか?
 しかし、赤司がラノベに詳しかったのは意外だった。しかし、赤司は『林檎たん』以外の女性キャラにはあまり惹かれなかったことを白状した。
「黛サンが教えてくれたんだよ。林檎たんの魅力を」
 車の中で、赤司は感慨深そうに語った。
 オレは、正直言ってついていけなかった。オレだって、ラノベは大好きだ。でも、それは、剣と魔法と冒険と――という、結構硬派なものが多かった。赤司もそういうのが好きだと思ってたのに。
『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹』は、オレも面白く読んだ。だけど、赤司がこんなに入れ込んでるなんて思わなかった。やっぱり一緒に暮らしていても、わからないってことはあるよな。
 確かに林檎たんは可愛いけど――表紙だって可愛いけど……。
 黛家に着いた。何だか予想を裏切って、酷く自己主張の強い家だった。
 黛サン本人はあんなにウスい人なのに――。あの幻のシックスマンと呼ばれた黒子と並ぶ程に。
 本当は黛サンは自己主張の強い、アクのある性格なのかもな――ここは彼の実家なんだろうか。お父さんやお母さんはどんな人なんだろう。どういう家に生まれるかは、自分では選べないもんな。
「さぁ、降りて降りて」
 赤司に促されて、オレは降りる。ああ、風が気持ちいい。ちょっと車の臭いに酔ってしまったみたいだから――。
「大丈夫?」
 赤司に訊かれたので、オレは「うん」と頷いた。
「あの、赤司――」
 オレは赤司を呼び止めようとしたが、赤司はずんずんと先へ行ってしまった。
 ピンポーン、とチャイムが鳴る。良かった。チャイムは普通だ。
「どなたですか?」
 ――と、誰何された。聞いたことのある黛サンの声。
「黛サン。オレです。赤司です。友人の降旗も一緒です」
「――入ってくれ」
「お邪魔します」
 赤司とオレは並んで靴を揃えた。黛サンが玄関にやって来た。
 黛千尋。元洛山の選手。黒子を超える選手として赤司に目を止められ、結局黒子を越えられなかった選手――と言うと失礼に当たるのかな……。
 そして、赤司が少し異様なくらい気を使っている相手。
「こんにちは。降旗光樹です。珍しいところでお目にかかりましたね」
「確かに珍しい。三年前のWC以来だな」
「あの時、黛サンは高校三年生でしたね」
「オマエのことは覚えてるぜ、降旗。平凡なチワワ少年だと思ってたのに……本当は怖い資質を持っていたんだな。でも、オマエらと対戦出来て楽しかったぜ」
「怖い資質の持ち主。それは、黛サンも同じかと思いますが」
 赤司が言う。
「オマエ、オレの資質見破っていただろう。降旗の本性には気づくの遅れたくせに。オレにとっては降旗の方が怖い。まるで潮田渚だ」
「そうです。だから惚れました。ついでに言うと、相田先輩も怖いですよ」
「そうだな」
「黛サンはT大の三年生なんだ。漫研に入っている」
 漫研かぁ……ってええっ?!
「バスケ部にも入ってるけど。バスケと同人を両立させてる人なんだ」
「そんなすごいもんじゃないけど、オレは自分が好きだから、こんな自分を大したヤツだと認めている」
 思ったけど……なんかこの人、変な人だな……。
「赤司とはよく会ってるんですか?」
「部活で会うが」
 あ、そっか。バスケ部にも入ってるって言ってたもんな……。
「でも、やっぱり赤司のようなプレイヤーはなかなかいなくてな……日向は面白いヤツだし、実力も人望もあるけれど……オレが注目しているのは赤司もさっき言ってた相田だな。降旗に非情な任務を命じた女」
「は、はい……そうです」
 オレは首が折れそうになる程頷いた。そのせいでポキッと鳴った。大丈夫かい、と赤司が言ってオレの首を撫でる。
「相田リコ。あいつはやっぱり天才だ。女なのが惜しいくらいだ。日向がいなければオレが彼女にしてやっても良かったんだが……」
「えー。カントクってモテるんスね」
「そういえば、誠凛のカントクでもあったか。相田がいた時の誠凛は物凄かったな。何か秘策でもあったのか?」
 負けるとマッパで好きな娘に告らされます――そう言いたかったが言えなかった。
「光樹。オレは先輩から聞いたことはあるよ。オレだったら屋上で裸になってキミの名を呼ぶことなど、容易なことだ」
「うわ~。ごめんなさいごめんなさい!」
「冗談だよ」
 赤司がそう言ってオレの頭をぽんと叩く。うう……赤司はどこからどこまで本気か冗談かわからないからな……。
「チワワ少年健在なり――か。赤司に降旗。キミ達にモデルを頼んでもいいか? 友達が同人誌で出したいって」
「ううっ、それってBL?」
「がっつりBLだな」
「18禁?」
「18禁だな」
「赤司~。イヤだよ。この家。用事終わらせてさっさと帰ろう~」
 オレが赤司に飛びつく。赤司が驚いた顔をした。
「ふぅん、赤司が何故オマエを選んだかわからなかったが、結構そそるじゃないか。怖がっている顔が特に」
「そうでしょう。黛サンにもわかりますか? けれどオレ、光樹のことだけは、黛サンに譲る気はありませんので……」
「そんなに大事なら赤司家の金庫にでも閉じ込めておけばいいだろうが。何でうちに連れて来たんだ。――降旗、絵は描けるか?」
「オレは……下手です……」
「物凄く味のあるいい絵を描くんだ。光樹は。ここに持って来ました」
 げっ! アンタ、捨てたんじゃなかったの?!
「――味のある絵はいらないんだ。マスプロな絵を描ければ、それでいいから」
 むっ。アンタそれ、林檎たんはマスプロな絵だと言ってるのと同じだろ?
「アンタ、林檎たん好きではなかったのかよ。そりゃオレだって『時計仕掛けの~』はありがちな絵と話だと思うけど」
「愛する林檎たんは赤司と二人で描くよ。赤司はプロ並に上手いからな。オマエは背景を描いてればいい」
「…………」
「背景も描けないのか!」
 これは、バカにしてるんじゃないよな。ただただ驚いているという顔だ。言っとくけど、オレに背景を描かせたら酷いことになるぞ。何たって画伯だもんな。オレは開き直った。
「ちょっと拝見。ふむ。面白いじゃないか。降旗。オマエ、デジ絵を描いた経験は?」
「ないです」
「アナログ絵は?」
「アナログ絵って何ですか?」
「鉛筆とかつけペンとかで描いた原稿のことだよ。――おい、赤司、どうしてもっと仕込んで来なかったんだ」
「黛サンだって知ってるでしょう。バスケ部の過酷さを。光樹は大学ではバスケ部のホープなんです。顧問の先生にだって可愛がられているらしいし、実際友達も多いようです。――漫画描いてるヒマなんてなかったんですよ」
「そうか……まぁ、それはわかるが……降旗はライトなオタクって感じだな」
「オレはオタクじゃありません!」
「馬鹿にしている訳じゃない。オタクは楽しいぞ。オマエだってもう既にバスケオタクじゃないか」
「う……」
「黛サン、オレは光樹のバスケが好きだし、光樹とゲームをするのが好きだから、漫画を描かせることなど考えもつかなかった程で……」
「でも、ゲームはするんだろ?」
「試合のことを言ったんですよ。RPGとかアクションとか、そう言った意味のゲームじゃないんです」
「じゃあ、貸してやるよ。基本はDQとか、FFとかかな。オレはRPGが大好きなんだ」
「待ってください。オレはTRPGの方が――」
「TRPGが出て来る辺り、なかなかの通だな。オレは、ルナル・サーガが傑作だと思うが――」
「じゃあ、今度皆集めてやりましょう。TRPG。ガープス好きなんですよ。ああ、でも、皆忙しいか……暇な人がいればいいんだけど……」
「待て待て。赤司。こんな風に現実逃避していても、もう時間は過ぎてるんだ」
「――そうですね。〆切は黙って座っててもやって来ますもんね。林檎たんの難しいポーズと背景描きます」
「有り難いな。持つべきものは絵馬な後輩だな。降旗はどうする?」
「あ、オレ、メシスタント引き受けます」
「そうだな。光樹の焼き飯は絶品だからな」
「焼き飯って……チャーハンとどう違うんだ?」
「インドの『プラーカ』という料理が中国に渡ってチャーハン、日本の関西に渡って焼き飯となりました。イタリアではリゾット、スペインではパエリアにそれぞれ変化しています」
 赤司……オマエ、妙なこと知ってるな――と黛サンは呆れたようだ。オレも、どれも食べたことあるけど、ルーツまでは知らなかった……。以前、気になってネットで調べたことがあるんです、と、赤司は澄ましていた。

後書き
ラノベって面白いですよね。
TRPGは、中学生の頃、憧れでした。
インドの『プラーカ』の話は、「焼き飯とチャーハンってどう違うんだろうな」と思って調べました。元は同じ料理なんですね。
2019.08.23

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