ドアを開けると赤司様がいました 52

『さぁ……ここは難しい場面です……』
 オレは今、NBAのコートに立っている。でも、これが夢なんだということは自分でもわかっている。
『後三秒でゴールを決めれば、逆転です……』
 そう言われたって、どうすればいいのか……。
「光樹!」
 ――ああ、赤司もいる。赤司がいれば怖くない。赤司はオレにパスを回す。
「光樹! GOだ!」
 ……こういう時は、落ち着いて、焦らずきっちり決める。高校時代に学んだことだ。今、オレの母校の誠凛は、高校バスケの強豪として頑張っている。オレも頑張らなければ……。
 オレは、いつも通り、シュートを放つ。――入った。相手チームが攻撃に回ろうとした時、試合終了のブザーが鳴る。
『やったぞ! 海を渡って来た職人、コウキ・フリハタ! チームの勝利に見事貢献しました!』
「光樹! よくやった!」
 赤司が抱き着く。あれ、感触がある。でも、抱き着かれたとか、そういうんじゃなくて――。なんか、揺さぶられているような……。
「光樹。朝だよ、起きて」
「ん~……あ、赤司。優勝おめでとう」
「何を寝惚けているんだい。――朝ご飯、出来たよ」
 そっかぁ、わざわざ起こしに来てくれたのか……。
「赤司……オレ、赤司とチームメイトとしてNBAで試合した夢見たよ」
「ほんとかい? どんな夢だった? チームの名前は? ユニフォームの色は……?」
「んーとね……」
 あれ、あれあれあれ?
「――忘れてしまいました」
 赤司怒るかなぁと思ったら、赤司はにっと笑った。
「光樹……今、オレが怒るかな、と思っただろ」
 はい、思いました。天帝の眼は心の中まで読んでしまうものなんでしょうかね。――赤司の天帝の眼はちょっと羨ましいけど、使いこなすのは大変な気がする。――赤司がいつだったか、「『眼』を使いこなすのも結構大変なんだよ」と言っていたから。
「赤司……今の、天帝の眼……?」
「え? 違うよ。オマエの顔色を読んだだけだよ」
 それはそれですごいと思うけど……。赤司は、ネタバラシさえしなければ、凄い占い師になりそうだな。あ、占い師には、黒子の方が似合うかな。黒子って結構他人のこと見えてるもんな。
「質問ばかりでごめんね。それは、未来で叶う現実――予知夢だと思うよ」
 本当かなぁ。そうだったらいいなぁ。
 日本のバスケのレベルはまだまだ低いと言われる。だから、Jabberwockに日本の高校バスケチーム、VORPALSWORDSが勝った時の騒ぎは並ではなかった。
 その時のキャプテンは赤司――赤司征十郎だった。
 しかし、その赤司はと言えば――。
 のんきにここで料理なんかしている。この匂いは和食だな。いやいや。そんなことはいいんだ。あの時は取材陣が殺到したろうし、大学側がこぞって赤司の獲得に乗り出しただろう。
 けれど……赤司はやっぱりここにいて、肉じゃがやおからの煮物なんか作っている。
 いいのかなぁ、こんなんで……。
「赤司、アメリカへは行きたくないの? ほら、バスケなら、アメリカが本場だろ? 憧れとか、そういう気持ちないの?」
「ないと言ったら嘘になるけどね……アメリカへなら、オレは光樹と行きたいんだ。それで、出来れば、結婚とか……」
 赤司が赤くなっている。でも、結婚は気が早いんじゃないかなぁ。オレも時期が来たらそうしてもやぶさかではないと思うんだけど……やっぱり男同士って後ろめたさがある。
 ――後、世の女性達から赤司を奪ってしまうことになるかも、という罪悪感も。
「ほら、光樹。早く早く」
「わかったよ……」
 そういえば、今日の朝食は赤司の当番だった。赤司は早くオレに自分の手料理を食べて欲しいらしい。確かに赤司の手料理は美味しい。だいぶ先生から仕込まれたんだろうな……。
「赤司は今日は大学休みだって言ってたよね」
「ああ。光樹とのんびり過ごせるぞ」
 赤司のファンにとっては悪いが、オレは、赤司と過ごす休日が嫌いではない。――1on1でもしようか。赤司も好きだから……そう思っている時、電話がかかってきた。
「誰だろ。こんな時に――」
 赤司が舌打ちした。舌打ちする赤司なんて珍しい気がする。
「もしもし――?」
 赤司の声が怒気を孕む。
「あ、黛サン!」
 途端に赤司の声が明るくなる。誰だ? 黛って……ああ、新型の。ミスディレクションを操る選手だ。オレ達は一年の時、洛山にいたこの男と対戦したことがある。赤司のセンパイだ。
「どうしたんですか? 急に……え? まさか今もまだそんなことやっているんですか? 勉強どうしているんですか――」
 そんなことって何だろ。バスケかな。でも、バスケならオレらもやってるしな――。
「黛サン……あなた、三年でしょうが。留年したって構わないならいいんですけど。一年くらいなら留年しても構わないって? 両親が言ってた? でも、その原因が同人活動なら、両親は泣きますね……」
 両親が泣くこと? 同人誌? ――ああ、あの、薄い本か……。
 ファンが送ってきてくれたんで、読んだことあるんだけど……あれはとてつもないな。赤司は楽しんでたらしいけど。BLっていうのかな。でも、黛サン男だしな――もしかして男性向けの本か?
「えー、オレが手伝いに? まぁ、今日はヒマだからいいですけど……光樹も連れて行っていいですか?」
 え? オレ?
 オレが、わたわたしていると、赤司は電話を置いた。
「光樹。朝食食べたら出かけるぞ」
 ……勝手に決めないでくれ……。
「ところで、光樹。漫画は描けるか?」
「漫画? 漫画どころか、絵だってオレは上手くねーよ」
「そっか。……ちょっとこの紙に書いてくれないか?」
「いいけど……味噌汁食ってからね」
 赤司の作る味噌汁にはワカメというものがない。海藻は嫌いなんだそうだ。代わりに大根と人参が豆腐と一緒に入っている。かなり旨い。
「美味しいよ。赤司」
「ありがと。黛サンもう待ってるかな。時間に厳しい人だからな……」
 赤司がいつになくそわそわしている。あの赤司がだよ。黛サンて、そんなにすごい人だったんだろうか。確かに、基礎は黒子より出来てたし、強いのもわかる。だけど――。
「ご馳走様」
「あ、光樹。さぁ、ここに犬を描いてくれ給え」
「――だから、別にいいけど……何で?」
「キミの絵の実力を知りたい。キミは謙遜し過ぎるきらいがあるからね。五分でいいから、真剣に描いてみてくれ」
 ホントに下手なんだけど……。それに、赤司の注文は難しいな……。オレは、リクエスト通り犬を描いた。――赤司はそれを見て和んだ表情になったが、その後、厳しい顔に一転した。
「なるほど……真剣に描いてこれか……確かに画伯だ」
 画伯ね……褒められた訳でないのはわかる。
「ほら、だから言ったろ? 下手だって」
「まぁ、待って待って。オレは味のあるいい絵だと思うけど、黛サンが何と言うかな……」
「黛サンて、どんな絵描くの?」
「ん? これ見たらわかってくれるかな」
 赤司は、本棚から一冊の本を取り出す。タイトルは……なになに? 『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹』……つーかラノベじゃん! オレも読んだことある!
「赤司ってラノベも読むの?!」
「何だい。知らなかったのかい? 隠してる訳じゃないし、本棚にいつも置いてあったんだけど」
「……赤司の本棚は難しい本が並んでいるから、敬遠してたんだよ」
 そういえば、灰崎も赤司の本棚にはあまり触れようとしなかったな……。今度はオレが赤司の肩を揺さぶってやった。
「何だよー。言ってくれたらもっといい本紹介してやったのに」
「聞き捨てならないね。オレは林檎たん一筋だ。――もう一人のオレから、『面白いし、林檎たんが可愛いから買ってくれ』と言われてさ……」
「マジ? もう一人の赤司って、もう消えたんじゃないの?」
「消える少し前だったかな。言ったのは」
「こう見えてもオレ、ラノベには詳しいぜ」
「みたいだね。――でも、そういう知識は今回はいらないから。……黛サンには光樹も連れて来ていいって言うから今回は連れて行くけど……次回があったらどうしようかな……」
「何だよ。――赤司が誘ったんじゃねぇか」
「そうだな。悪い。――くれぐれも黛サンに気に入られるようにしてくれよ。キミの対人スキルが意外に高いのは知ってるが」
 なんか……赤司は黛サンに気を遣っているようだ。
「何でそんなに黛サンに対して恐縮してるの?」
「――オレは以前黛サンにすごく失礼なことをしたからね……」
 赤司が呟く。きっといろんな事情があったのだろう。――オレは本を読み始める。赤司が本を取り上げた。
「どうして普通に読んでいるんだい? 詳しいなら、キミも内容は知ってるだろ?」
「あらすじはね。でも、もう細かいところは忘れたから――」
「駄目だ。キミの読み方じゃあ時間がかかり過ぎる。……オレが林檎たんの魅力についてだけピックアップして説明してあげるから。黛サンも林檎たん推しだし」

後書き
降旗クン、NBAで活躍出来るといいね。困難な道なれど。
赤司の林檎たん呼びがツボに入ってもう……(笑)。
ネットで調べものをしていた時、黛サンは意外と人気あることを知りました。
2019.08.20

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