ドアを開けると赤司様がいました 51

 青峰から電話が来た。
『――よぉ、フリ。赤司はいねぇの?』
「今日は遅くなるって」
 だから、オレはカップラーメンにすることにした。別に自分で作ったっていいんだけど、カップラーメンの味がどうしても恋しくなったのだ。赤司はあんまり食べたことないようなので、
「これがカップラーメンか。思ったより旨いな」
 と、感想を述べた。――閑話休題。
「青峰。赤司に用だったら、オレが伝えといてやるけど……」
『いいや。フリ。オマエでいい。――実は、火神に告白した。――やっぱりフラれたよ』
「そっか……」
『火神のヤツ、「ごめんな」と言ってた。――これでせいせいしたし、これから、おっぱいのでかい綺麗なねーちゃん探すわ。マイちゃんのような』
 そう言った青峰の声は、どこか吹っ切れたようだった。火神なら、青峰を傷つけるような断り方はしないと思っていたが……。
『黒子と仲良くな、と言っておいてやったぜ』
 ――青峰も本当は優しい、いいヤツなんだ。そりゃ、オレが赤司と決裂しそうになった出来事のきっかけを作ったヤツだけど、きっと赤司が心配だったんだ。オレがあんまり鈍いから。
 今のオレだって、あの頃のオレにこう言ってやりたい。
 ――オマエ、それはあんまり赤司が可哀想だろう、と。
「いい女、見つけなよ」
『――ああ。おっぱいのでかいねーちゃんな』
「桃井サンだって胸大きいじゃん」
『馬鹿。さつきはテツの女だ』
「黒子には火神がいるだろーがよ」
 オレはつい言ってしまった。青峰、落ち込んでないといいな……。
「ごめん、青峰……」
『はぁ、何がだよ。ま、さつきがテツにフラれたら慰めてやってもいいかな。でも、そんな、さつきの失恋につけこむようなヤツにはなりたくねぇけど』
 青峰は、桃井サンを見守っててくれてるようだった。こんな幼馴染が欲しかったな。でも、青峰は男で、桃井サンは女。上手く行けば上手く行くかもしれない。――オレ、ほんとはこの二人、付き合っちゃえばいいって思ってるんだ。
 でも、男と女の間にはいろいろあるからなぁ……オレだって、一時女と付き合っていただけで、そんな恋愛沙汰などに口を突っ込む程経験はないんだけど。
 あの女性は素敵な人だから、他の人と結婚しても幸せになるだろう。
 それに――オレには赤司がいる。
 ――赤司が他の人を好きになったら諦めるが、勝手に憧れるくらいだったら構わないだろう。
『フリ、話聞いてくれてありがとな』
「ううん。頼ってくれて嬉しいよ。その――ちょっとでも力になれたら……」
『赤司に聞いて欲しかったけど、おめぇの方が話聞くのうめぇかもな』
「勘違いもいろいろあるけどね」
『火神には、これからも友達でいてくれよって言ったぜ。そしたら、あいつ、嬉しそうに頷いてた』
 火神ならそうするだろう。あいつは人の気持ちを汲んでくれる、心の清いヤツなんだ。
 青峰に告白されたことで、動揺してねぇかな。そんな心配もなくもなかったが、それは火神本人の問題だ。オレがいちいちくちばしを挟むことではない。
「オレは何にも言えないけれど、もし、何かあったら、話だけは聞いてやっから」
『おう、あんがと』
 電話の向こうの青峰は笑っていた。――いや、笑っていたらいいと、オレが思っているだけかもしれない。
 ――電話は切れた。
 ……さてと、お湯が沸いたからカップラーメン食うか。ちょうど赤司が帰って来た。
「お帰り。思ってたより早かったね」
「大学の先輩方が有能だったからだよ。でなかったら、こんな時間に帰ることは出来なかった」
 赤司は、謙虚になった気がする。元々はそう言う性格だったのだろう。もう一人の赤司はズガタカボクサカオヤコロだったけど。――まぁ、つまり、偉そうな『赤司様』だった訳だ。
「特に、日向先輩の力が大きかったよ。いい先輩だよね。あの人。光樹にも優しかったろ?」
 優しかったっていうか、クラッチ入った時は怖かったけどね……。カントクも怒ると怖いけど……うん、やっぱりお似合いだよ。あの二人。
「今日はカップラーメン? 光樹の手料理が食べたかったな」
「ごめん。オレ、カップ麺が食べたくて――でも、赤司が何か食べたいなら作るよ」
「いや、オレもカップ麺にするよ。割とつるっと入るから」
「ごめんね」
「いいんだよ。気を使わなくて――。オレとオマエは対等な関係だろ? そういえば、日向先輩もオレには気を使ってたな。何でだろ」
 それは……過去を思い出せばわかる気がします。オレは思ったが、黙ってカップラーメンにお湯を入れた。スープの匂いが鼻をくすぐる。
 赤司には、カップ麺ひとつじゃ足んないかな。そしたら、オレ、何か作ってもいいけど――。
「あ、そうだ。木吉センパイから荷物が届いてたよ」
「――木吉サンが? 何だろ……」
 オレが急に戸棚をがさごそし始めたので、赤司は不審に思ったんじゃないだろうか――。
「ふっふっふ。じゃーん。NBAの試合のDVDだぜ」
「おおっ!」
 赤司が珍しく無邪気に目を輝かせている。――赤司もバスケが好きだからな。
「お礼を言っておいてくれ! 食べたらすぐに観よう!」
「ラジャ!」

 オレは、DVDを観た。木吉センパイも頑張ってんだな。NBAで活躍する為に。メッセージカードもついていた。
『降旗。お誕生日おめでとう。オマエが元気でバスケをやれますように。オレも頑張るから、オマエも頑張るんだぞ』
 ――じーんと来た。そして、これからはもっと頑張ろうと思った。
「NBAはすごいな……光樹」
「赤司だってすごいじゃん」
「そうかな……まぁ、Jabberwockに勝てたおかげで自信はついたけどね。――皆そうだったと思うよ。実はね……オレ、高校時代、アメリカの強豪校のスカウトに目をつけられていたらしいんだ。多分、火神達のところにもチェック入れてたと思うんだけど、あいつらは規格外だからね」
 赤司だったらアメリカでも即戦力だと思うけどねぇ……人外な技ばっかり身に着けてんだもん。
「赤司はさ、どうして日本に残ってんの? Jabberwockに勝ったおかげで引く手あまたじゃん」
「え……? オレが未だに日本にいるのは光樹がいるからさ」
 さらっと言うな、こいつは――。
「えっ――?」
「光樹が日本の大学に行くことはわかってたからね……何とか父さんを説得して、日本に残ることに決めたんだ。父さんには、『私の母校のT大に通って欲しい』と言われたんだけど」
 ――言われたからって、普通、T大に現役で入ることなんて難しい……オレなんかじゃ絶対ムリだと思うけど……流石は赤司だなぁ……。
「キミもT大に入らないかい?」
「えー。絶対ムリだって」
 オレは笑い出す。オレには日向サンのような強い原動力というか、目標がないから。赤司に誘われたから、というんじゃ、理由として少し弱い気もするし。大体赤司の顔なんて毎日見てるし。
「何を言ってるんだい。どんなことでも、不可能なんてことはないよ」
 赤司は力説する。T大には特に入ろうとも思わないけれど――NBAのチームには入りたいかな。
「何黙ってるんだい? 光樹」
「あの――笑わないで聞いてくれる?」
「何だい?」
「オレ、将来はNBAでプレイしたい」
 ――オレは、赤司は笑うものと決めていた。確かに赤司は笑った。だけど、それはバカにした笑いではなく、元気づけるような、柔らかい笑いだった。
「それは、不可能ではないよ。――オレも、言っていいかな。将来の夢。……オレは、光樹と一緒にNBAでバスケがしたい」
 オレは、呆けた顔をしていただろう。
「そんな……オレは、思うだけだよ。赤司は……実際に夢叶える力持ってるだろ?」
「光樹だって、そうなんだよ。光樹は強いからね……チワワに見えて、ここ一番という時には隠れた実力を発揮するじゃないか」
「……そんな風に思われてたの? オレ」
「ああ。緑間も言ってたよ。『ああいう、黒子だの降旗だのいう連中が実は一番怖いのだよ』とね」
 緑間、オマエ、オレを買いかぶり過ぎだよ……。
「『高尾も怖いけどな……』と付け足していたけどね。あの二人、上手く行ってんのかな」
「それはどういう意味で言ったんだろう……」
「さぁな。――あ、見たかい! 今のスーパープレイ!」
 見逃した――とは言えなかった。赤司はすっかり夢中になっていたからだ。でも、観たかった。赤司が驚いた程のスーパープレイ。
 画面の中では、オレ達が贔屓にしていたチームが勝った。オレ達は手を取り合って喜んだ。
 ――木吉センパイは、舞台裏まで撮ってくれた。何してるんだ、と怒った選手もいたけれど、大抵の選手は喜んで撮ってもらっていた。木吉センパイは人当たりがいいから――。
 木吉センパイが、英語で「友達の誕生日に俺の撮ったDVDを贈りたいんだ」と言ったら、五人組で固まっていた選手達が、「その友達の名前は何と言う」と、これもまた英語で応じた。
「降旗光樹だ」
 木吉センパイが日本語でそう告げた。選手達は、「ハッピーバーズデー、フリハタ!」と、笑顔でオレの誕生日を祝ってくれた。オレは、胸が熱くなった。

後書き
青峰クンの失恋。でも、これで彼は精神的に一回り大きくなれたはず。
アメリカの選手達が祝いの言葉を言うシーンは、私も自分で「よく考えたなぁ」と思いました。
2019.08.18

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