ドアを開けると赤司様がいました 50

「父さんがね、誕生会に出席できなくて申し訳ないと言ってたよ。――どうしても抜けられない用事があるから、と」
 赤司がそう話してくれた。そっか。赤司の父さんにも会いたかったんだけどな。――残念だったな。
「ごめんごめん。遅くなって――」
 つっちー……土田センパイ。
「何だよ、つっちー。今頃。もしかして、今まで彼女とデートとか?」
 小金井センパイがうりうりと肘で土田センパイを突いた。
「うん。実はそうなんだ」
 土田センパイも動じない。小金井センパイが笑いながらからかった。
「ちぇーっ、リア充爆発しろーっ!」
「ちょっと、降旗の誕生会の曜日間違えててさ」
 へぇ……土田センパイにしては珍しいポカだな。あ、俺、もしかして彼女とのデート邪魔した?
「彼女にそのこと言ったら、一緒にプレゼント探してくれてさぁ。――はい、これ。ラスク。あー、でも、良かった。渡せて。誕生会とっくに終わってたらどうしようかと思ってたよ」
 やったぁ、ラスク大好き!
「土田センパイもありがとうございます」
「いやいや。ほんとにごめんなー」
「な、こんなにバスケ選手が集まったんだ。庭のバスケットコートで試合しないかい? ケーキ食べ終わってからでいいから」
 赤司が提案する。カントクの目がきらりと光った。
「あら、それは私達に対する宣戦布告?」
「――と、とってもらっても構わないけど」
「そう。降旗クン。黒子クンからボールもらったでしょ? それ使って試合しましょ」
 確かにもらったけど、あの場にカントクはいなかったはず……。どこで知ったんだろう……。どうでもいいことだけど、ちょっと気になった。
「降旗クン、黒子クン! ボール借りるけどいい?」
「それは構いませんが――」
 と、黒子。俺も構わない。
「じゃ、オレ、先に行ってるから」
 ――コートで待っていた赤司は、かっこいいユニフォームを着ていた。気合充分て感じだな。

「キセキチームと元誠凛チーム。火神クンは誠凛。黒子クンはキセキチームね」
 カントクがはきはきと仕切る。変わんねぇなぁ……。 
「えー、黒子っちがこっちのチーム来たら、俺達圧勝してしまうっスよ~」
 黄瀬は嬉しそうだ。なんだか雰囲気がほわほわしている。黄瀬は、数多いる彼女より、黒子の方が好きなんではないだろうか。火神が拳を手で叩いた。
「ぬかせ! オレがいるからてめぇにゃ負けねぇよ。黄瀬」
「じゃ、オレ、審判すっから」
 高尾が言った。確かに、高尾には審判も似合うだろう。頼むのだよ――そう言って緑間は脱いだ上着を高尾に渡した。
「きゃ~、テツ君頑張って~」
 桃井サンがペンライトを持ちながら声援を送る。どこから持って来たんだろう。というか、アイドルの応援じゃないんだから。
「やっと勝負をつける機会が来たな。火神~」
「俺もてめぇを負かしたくてうずうずしてたとこだぜ。青峰」
 ゴゴゴゴゴ……と、炎と共に書き文字が現れて来そうな、火神と青峰。なんか険悪なムードだな――。エース対決はあいつらに任せていいかもしんない。オレは青峰だって身近に感じてるけど、今は火神を応援するぜ。
「降旗クン、コートに入ってくれる?」
 カントクが指示を出す。え? あの中に? オレが入るの?
「何で?」
「バッカねぇ。今日は降旗クンの誕生会じゃない。主役が参加しないでどうすんのよ」
 う……わかったよ。でも、皆、またバスケ上達してるんだろうな。
 高尾がカントクから借りたホイッスルを吹いた。ティップオフ!

 試合が始まってから五分程経った頃である。青峰が、火神を押し倒す形で転んだ。青峰のことだから、わざとではない。
 皆動きが止まってしまった。高尾でさえ、コールするのを忘れたようだ。
「――ファウルなのだよ」
 緑間がぼそっと言った。高尾がコールしたが、オレはそれをよく聞いていなかった。――立ち上がった青峰が、そのまま逃げるように駆け去ってしまったからだ。彼の浅黒い頬が赤くなっていたように思ったが、オレは青峰とは位置が離れていたので、そんな気がしただけだろう。
 黒子が入る。試合は続行された。
「どうしたって言うのかしら。青峰クンは試合を投げるような人ではないと思っていたのに……」
 カントクが顎に手をやりながら考えているようだった。
「そうなんですよ、リコさん……練習はサボっても、試合にはちゃんと最後までいるのに……大ちゃん……」
 桃井サンがきゅっと手を胸元にやる。桃井サンにも心配かけて――青峰、どうしたんだ?
「――仕方ないわね。続けましょ?」
「う……うん……」
 桃井サンが泣きそうな顔で頷いた。
「そうだな。――黒子、入ってくれ」
 赤司が指図する。黒子は「はい」と言ってコートに入った。

 試合は僅差でキセキチームが勝った。けれど、青峰のいない穴は結構でかかった。
 俺達は家に帰って来た。
「良かったね。光樹。いっぱいプレゼントもらって」
「あ……うん……」
 オレは何となく青峰のことが気になっていた。青峰はあれでも責任感が強い。ジャバウォックとの試合では、あんなに活躍したのに……。草試合だから手を抜くなんてこと、今の青峰に限ってはあり得ないと思うけど……。
 あいつ、昔は練習にもあまり出なくなったって聞いたからな――青峰と同じくらい強いライバルがいなくて、物足りなくなったようで……。
 でも、火神だったら充分青峰と実力が釣り合うと思ってたのに……。
 あれからだな。青峰が火神を押し倒した――というか、一緒に転んだ時……。
 ピンポーン。――チャイムが鳴った。
「オレ、出る」
 何故か胸が騒いだのだ。――ドアを開けると青峰が立っていた。いつもの不敵な感じとは違う。不安を抱えた少年のようで――。
「青峰……」
 赤司の声がした。俺のあとをついて来たのだ。
「よぉ……入っていいか?」
「――いいよ」
 こんな青峰、ほっとけない。俺は青峰を家に上がらせた。
「こんなことな――さつきには言えねぇから」
 青峰が桃井サンに言えないことって、何だろ――」
「取り敢えず座ってくれ」と、赤司が青峰に言う。座布団も用意した。すまねぇ、と青峰がそこに座る。そして言った。
「試合投げて済まなかったな」
「いや、いいよ。キミにはキミの事情があったんだし……」
 ――青峰がもじもじしている。
「実は、今日の試合で――火神とぶつかってオレも転んだ時、オレ、エレクトしちまったんだよ……」
「エレクトねぇ……もしかして、オマエが知ってる数少ない英単語なんじゃないか?」
 オレは、その言葉を知らなかった。
「エレクトって……何?」
「エレクトとは、勃起のことだよ」
「へぇ……勃起って……ええ?!」
「火神大我……あいつは男だし、黒子とは恋人同士なのによぉ……」
 青峰は戸惑っているようだった。自分で自分の気持ちがわからないのだろう。オレもそれは、少し、理解出来そうな気がする。
 赤司といる時、オレは、いろんな気持ちを味わったから――。
「で、どうするんだ? そのままだとオマエ、中途半端な気持ちのままだろ? そんな気持ちで、プレイされる方は迷惑だ」
 赤司が少々怖い声を出す。その声が、もう一人の赤司にそっくりだ。
「死ぬまで内緒にしとこうと思ったんだけど……赤司の言う通りだな。……明日、告白してみるぜ。きっと、フラれるだろうけどな」
 そう言って、青峰はぎこちなく笑った。――オレは、青峰をちょっと可愛いと思ってしまった。
「じゃあな。話聞いてくれてあんがとよ」
「あれ? もう帰るのかい? 夕飯振る舞ってあげてもいいけど。尤も、オマエが満足する程の量は作れないがね」
「マジか!」
 一応心配事に決着がついた青峰は、いつもの明るさを取り戻した。赤司の言葉に顔を輝かせる。――オレ達は、赤司の魚料理を堪能した。火神は優しいヤツだから、青峰を傷つけたりはしないだろう。青峰って、豪胆に見栄て案外繊細な部分もあるんだ。

後書き
忘れそうになった土田先輩ごめん。思い出せて良かった。
青峰も青春だねぇ……。
2019.08.16

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