ドアを開けると赤司様がいました 5

 約束通り、オレは土曜日にご飯と味噌汁を用意した。――後、簡単なおかずも。
「美味しそうな匂いがするね。――予想以上だよ」
「は、はぁ……」
 赤司がいつも食べているのに比べれば質素だけど。
 赤司がオレの作ったご飯を食べてるのなんて、何か変な感じだ。
「味付けのバランスがいいね。これならいくらでも入るよ」
「ど、どうも……」
「ご飯もふっくら炊けてるし」
「電気釜があるから……」
「なぁに。オレも電気釜で炊いてるよ。便利な世の中になったもんだねぇ。けれど、ご飯もお世辞抜きで美味しいよ」
「はぁ……」
 本当はもっと本格的なおかずを作りたかったんだけど――。
「ねぇ、光樹。また今度も作ってくれないか」
 食事を終えた赤司がぽんとオレの肩を叩いた。何だかほんわかと幸せな気持ちになれた。

 ――その幸せが壊れたのは月曜日だった。
 赤司と一緒に、女の子がやって来た。何だか赤司はうんざりしているようだった。
「ああ、光樹。ただいま。――こっちが降旗光樹。光樹。この娘が……」
「リリィで~す。よろしくぅ~」
 ――巨乳だけどお赤司の好みのタイプの女性でないのは一目でわかった。あれ? オレはいつから赤司の好みに詳しくなったのだろう。
「光樹さんて言うんですかぁ。素敵なお名前ですね~」
「ど、どうも……」
 オレは低姿勢で答えた。多分お世辞だな。どう考えたって、女の目当ては赤司だから。
「光樹……オレは今日はもう休むよ」
「えっ、リリィさんどうすんですか?」
「キミが相手してくれ。おやすみ」
 ちょっと、赤司。そりゃあんまりだ。オレ、カントク以外には女と話すなんて慣れてないんだから――。まぁ、カントクは男勝りなところがあるけど、そう言われたら叱られそうだなぁ……。
「――何だ」
 リリィはそう言ってちっ、と舌打ちする。
「ちょっと光樹。お腹空いたんだけど。軽食ぐらい用意しなさいよ。それでも使用人なの?」
 使用人……。
「ぼさっと立ってないで働く! 不味かったら承知しないわよ!」
 ――さっきとキャラが違うんですけど……。
 でも、オレは一応リクエストのものを作った。オレがサンドイッチを作っている間中、リリィはずっと小声でオレのことを罵っていた。声を潜めていたのは赤司に聞かれない為だろう。――オレの作ったものを食べて、リリィが言った。
「まぁ、及第点ね。でも、こんな普通の男が赤司様と同居なんて……ありえない」
「ありえない……オレもそう思ってたけど、そうなってしまったんだから……」
「なぁにぃ? ちょっと赤司様に気に入られたからっていい気になるんじゃないわよ」
 ――あ、これに似た台詞、どこかで聞いたことがある。
 尤も、相手も女だけどね……。
「ねぇ、アンタ邪魔だから出て行ってくんな~い?」
「――イヤだ」
 ここはオレん家でもあるんだ。家賃も半分払っているし。
 ――それに、赤司と別れたくない。ルームシェアをしている友達としてだよ。
「こいつムカつく。……でも、そうねぇ。そっちがその気なら、こっちだって考えがあるんだから……」
 そう言ってリリィはブラウスのボタンを外し始めた。 
 そして――。
「きゃあああああああああああ!」
 ――でっかい声。
「どうした?!」
「あ、赤司様~……光樹さんがぁ、キミは綺麗だとか何だとか言って、急に近づいてブラウスのボタンを外し始めてぇ~……」
「へぇ、そう……」
 赤司が目を細めて俺を見た。――赤司、これは濡れ衣、濡れ衣。
「じゃあ、今すぐ帰ってもらおうか。光樹」
 ――リリィの目がずるそうに光るのをオレは見逃さなかった。
「はい~、光樹さん、こんなことするんなら実家に帰ってくださ~い」
「何を言う。帰るのはキミの方だよ、リリィ」
「――え?」
 リリィの動きが一瞬止まった。その後、体をくねくねさせ始めた。
「だって~、あたし光樹さんにセクハラされてぇ……リリィバージンなんですぅ。せっかく赤司様に捧げようと思ったのにぃ……」
「キミのことなんか知らないよ。でも、動画はずっと撮ってたからね。キミには裏がありそうだと思って。この動画をyoutubeに流したっていいんだよ。それに、光樹は絶対にキミのような女に手を出すような男じゃない」
 リリィがかっとしたようだった。
「何よ、赤司様ったら! こんなフツメンのどこがいいの? 料理だって大したことないでしょ!」
「――光樹の悪口を言うな」
 ドスの利いた声。敵に回したら怖いけど、味方ならこれ程頼もしい存在もないな。
「何よぉ。赤司様入れ込んじゃって。もしかしてアンタら二人おホモだち?」
 オレもむかっと来た。オレはともかく、赤司の悪口を言うのは許せない。――オレは叫んだ。
「うるさい! さっさと帰れ!」
「んまぁ、フツメンのくせに生意気!」
「女……」
 赤司の雰囲気が変化する。ゆらり、とオーラが立ち上る。
「オレが帰れと言ったら帰れ。オレの命令は絶対だ。――次はないと思え」
 うぉっ! 久々の天帝赤司のオーラ……!
 そうだ。普段の温和な赤司に慣れていたので忘れていたけど、この人は天帝だったんだ……!
 気迫負けした女が泣いて帰って行った。
「あ、赤司……?」
「――ああ、ごめん。でも、久々にやると気持ちよくないこともないな」
 そう言ってにこっと笑った。良かった、いつもの赤司だ。
「もう一人のオレの真似をしたけど……どうかな」
「あ、ちょっとビビったっス……」
「あの女はともかく、光樹にまで怖がられるのは流石にショックだな。――今日は失敗をしてしまった。どうしたら償える?」
「あ、あの……」
「どうしたら償える? どうしたらいいかオレに教えてくれ」
 そして――何とあの赤司がオレに跪いた。
「な……何にもやらなくていいよ」
「それではオレの気が済まない」
 そうか。――オレが赤司に望むのはこのことだけ。他には何にもいらない。
「じゃあ……その……今まで通り友達でいてくれる?」
 赤司が嬉しそうに微笑んだ。
「――勿論だよ! そんなことで贖えるのであれば!」
 ちょっと大袈裟過ぎやしないか?
 取り敢えずオレは、今のままで、いい。赤司の存在にも馴染んで来たし。
 赤司はオレの手を取った。そして、微笑んだまま言った。
「――ありがとう」
 そして、赤司は立ち上がった。
「サンドイッチ作ってたよね。まだあるかい? 残りは?」
「えっと、一人分しか作らなかったから――」
「じゃあ残ってないんだな。全く、オレもオレだな。動画を撮るのに熱中して、光樹の手料理をあんな女に食べさせるなんて――」
「今から赤司の分を作るよ。それでいい? まだ材料はあるから」
「ああ。オレも手伝うよ。光樹のも合わせて二人分だね」
 ――サンドイッチがいつもより美味しく感じられたのは、やっぱり赤司効果だろうか……。

後書き
悪女登場! しっかし大したぶりっ子ですねぇ。
赤司様はモテるから、女性に言い寄られることもあると思って。
2019.04.27

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