ドアを開けると赤司様がいました 49

「光樹、誕生日おめでとう」
「母ちゃん!」
 オレ達は人前だと言うのに抱き合った。マザコンだと思われなかったかな。幸い、お袋はぱっと離れた。オレは母とは仲がいい方だ。母ちゃん……余所行きの香水つけてんな。
「――赤司さん。光樹の夏休み以来だわねぇ……」
「ええ。いつもお世話になってます」
「やぁだ。世話になってるのは、光樹の方よ。勿論私もですけれどね。光樹。アンタにプレゼント買って来たのよ。ほら、Tシャツ」
「ありがとう。後で着るよ」
「せっかくだからここで着たら?」
 と、赤司。
「一応試着室みたいなところはあるよ。そこで着替えたら? ――キミ、案内してあげてくれ」
「かしこまりました」
 メイドがオレを案内してくれる。かなり可愛い子だ。
「――こちらで」
「ありがとう」
 オレは礼を言って、カーテンを引く。ここは絨毯のほこりの臭いがすると言ったら、赤司は怒るんじゃないだろうか。どうでもいいことだった。
 お袋がくれたTシャツは、黒字に白いバスケットボールの絵の描かれたものだった。『SPALDING』と言う字も書いてある。それをオレは鏡でも見た。鏡に映った文字に思わず笑ってしまった。
 せっかくのプレゼントだ。汚さないようにもうしまおう。でも、やっぱりその前に皆にも見て欲しい。
「あら、やっぱり似合うわねぇ。私のセンスもなかなかのもんだわね」
「――母ちゃん。これ、もう脱ごうかな。もう皆見ただろ。お袋のプレゼント」
「あら、着てくれないの? 光樹」
「ううん。これから大事に着ようと思って」
「偉いな。光樹」
 そう言って頭を撫でてくれたのは、オレの父親である。いつもは忙しい忙しいと家でもやたら走り回っている親父だったが――。
「父ちゃん! 出張は?」
「キャンセルしたよ。光樹の誕生日の方が大切だからね。――はい。光樹の好きなコインチョコだよ。でも、こんなご馳走の前じゃ霞んじゃうか」
 オレはコインチョコが好きだ。きらきらしてて、いっぱいあるとお金持ちの気分になれるからだ。因みに氷室サンからは駄菓子の詰め合わせをもらった。親父からのは素直に受け取れ得るけど、氷室サンからのは、何か、ちょっと……紫原の相棒って大変なんだなって思ってしまう。
「実は、赤司さんが僕の会社に頼んでくれてね。オマエの誕生会に出るように、と――。赤司家系列の会社は、僕のところの取引先だから、こっちは頭が上がらないんだよ。父さん、ちょっと心配だったんだけど、赤司君とは仲良くやってるかい?」
「うん!」
 ――オレは思いっきり頷いた。
「似合うぞ。光樹」
「ありがとう。赤司」
 オレはこのTシャツが気に入った。そうだ……木吉センパイはどうしているのだろう……後で連絡してみっか。
「光樹が産まれた日はね、とっても天気が良くて、太陽から注ぐ光で樹が輝いて見えてね――だから、この子を光樹と名付けようと思ったの」
「いいお話ですね……」
 赤司が感想を言う。オレにとっては何度も聞かされた話だ。誕生日の度に聞かされるんだもんな。――でも、悪い気はしない。オレが両親から愛されて生まれたという証だから。
「光で輝く樹――キミにぴったりじゃないか」
 そんな赤司の言葉が、面映ゆくも嬉しい。
「光樹。オレもプレゼントを用意してあると言ったろう? ――喜んでもらえるといいんだけど……」
 何だ? リストバンド?
 もしかしてこれって――。
「手作り?!」
「びっくりしたかい?」
「ああ……リストバンドも作れるなんて、流石赤司だね」
「どうも。黒子のリストバンドの話をしている時の光樹が羨ましそうだったからね」
 ふぇー。よく見てるんだ。
「帝光中の時代の話をした時だね。……赤司よく覚えてたね」
「記憶力には自信がある」
 オレには黒子のダチ――荻原のようなダチはいないけれど……オレには、赤司征十郎がいる。でも、赤司はどう思っているんだろう。オレのこと、ダチだと思ってくれていると信じて、いいのかな。
 恋人になる気はまだないけれど――。
「はめてみていい?」
「どうぞ」
 片方には黒字に白で『F』、もう片方には『K』と書いてあった。
「あら、いいものもらったじゃない。ちゃんとお礼言うのよ」
 お袋に言われるまでもない。
「ありがとう。赤司。大切にするよ。どんな高い品物より、すっげー嬉しい!」
 ――今日はいろんないいものいっぱいもらったな。
「黒子、黒子。オレもリストバンドもらったぜ。――赤司から」
 オレは黒子に自慢した。黒子が微笑んだ。
「かっこいいですね」
「だろ? 赤司の手作りだぜ」
 けど、いつの間にこんなの作ってたんだろう――オレは一緒に暮らしていながら全然気づかなかった。
「ボクのとお揃いですね。あ、イニシャルが書かれてますね」
 黒子が笑う。黒子は存在感が薄いだけで、決して暗い性格じゃない。むしろ、明るくて、ポジティブで、熱血漢だ。そういうところは火神と似ていると思う。だから――彼らは光と影なのだ。
 そして、今でも――。
「おい、黒子。人前であんなこと言うんじゃねぇよ。恥ずかしいじゃねぇか。――オレだって恥かいたし」
 火神が大股でやって来た。
 あれ? 火神って確か――青峰の想い人じゃん!
 青峰……悪いけど、相手が黒子じゃ勝ち目ねぇよ。黒子は地味なところあるけど、芯はとても強いんだ。多分、青峰には負けない。いくら、青峰が過去の黒子の光だったとしても。
 火神には、黒子がいる。
 青峰、オレはオマエがおっぱいのでかい綺麗ないい女と結婚出来ることを祈ってるよ。オレに出来るのは、それだけだから――。
 桃井サンと青峰はお似合いだと思うけどな。桃井サンも黒子に夢中だもんな。世の中なかなか上手くいかないもんだ。
「はい。光樹」
 赤司が綺麗に料理が盛られた皿をオレに差し出す。
「あ、サンキュ」
「お代わりなら自由だから」
 ――というか、結構な人数いるけど、皆これ、食べきれるのか?
「ケーキも用意したんだ。あまり食べ過ぎないでくれよ。けど、ケーキは別腹かな。光樹はまだ若いんだし」
 オマエだって若いだろうがよ! ――オレは心の中で赤司にツッコむ。コインチョコはまだ親父が持ってる。親父はにこにこ笑っている。光樹にいい友達が出来た――そう思ってるんじゃないかな。
「火神もどんどん食べてくれ」
「おう、食い尽くすぜ」
 そうだ。忘れていたけど、火神も青峰もものすごい大食漢なのだ。――紫原も(あの体格だもんな)。オレは今度は、火神と青峰に料理が食い尽くされ、途中で足りなくなるんじゃないか、ということが心配になってきた。
 けれどまぁ、オレも自分で随分不安材料を探すもんだと思った。
 料理はとても美味しかった。こんな美味しい料理に匹敵するのは、赤司の手料理ぐらいだ。赤司の料理は、下手なレストランより旨いんだもん。
 ――オレはすっかり満足してしまった。あ、お寿司で締めよう。
 んー、美味しい……。こういうご馳走はたまに食べるから美味しいんだよな。オレは赤司のおかげで舌が肥えてしまった部分もあるけれど……。
 いつも傍にいてくれてありがとう。赤司。
 ケーキが運ばれて来た。ローソクが十九本立っている。テレビで観るような、四角い生クリームケーキだった。
「それでは本日の主役。降旗光樹君。十九歳のお誕生日おめでとう。――光樹! ほら、こっち来て!」
 赤司が音頭を取っている。オレは頭を掻きながらステージに上がった。
「光樹、一言」
 赤司がそっと囁く。オレは言った。
「皆さん、オレの為にこんなに素敵なパーティーを開いてくださって感謝してま……しゅ!」
 しまった! 噛んだ! オレは人前は苦手だってことを赤司だって知ってるはずなのに……。オレの誕生会だけど。
「わはは、フリのヤツ噛んでやんのー!」
 一際大きな声でゲラゲラ笑っているのは青峰だった。この野郎。今に見てろ。いつか、バスケで参ったと言わせてやる。――くすくすとあちこちから失笑が聴こえてくる。
 ――いつかなんて日は、永遠に来ないかもしれねぇけど。オレには赤司がついてるもんな。
 その赤司はといえば、再起不能と言った様子で頭を抱えている。ごめん、赤司。
 パチパチパチ、と拍手が鳴った。父ちゃんと母ちゃんも手を叩いている。立ち直ったらしい赤司が合図する。すると、皆がハッピーバースデーを歌ってくれた。
 オレはろうそくを吹き消す。小さな炎の匂い。ろうそくの溶けるろうの匂い。誕生会の匂いだ。
 ケーキはカットされ、オレに一番大きいのが回って来た。青峰や紫原が恨めしそうにこっちを見てたが、あまり相手にしないことにした。

後書き
確か人前が苦手な降旗クン。
十九歳の誕生会は両親も一緒で良かったね。
2019.08.13

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