ドアを開けると赤司様がいました 46

「おお、旨いぜ。この湯豆腐」
 虹村サンがぱかぱかと湯豆腐を食べる。うかうかしてると全部食べられちゃうんじゃないかと思った。
「あの、虹村サン。チームメイトとしての灰崎はどういうヤツですか?」
 オレは取り敢えず話題を振った。
「んー、前よりゃ練習に真面目に出て来るようになったかな。中学の時のこいつは、家でゲームしてたり、ゲーセン行ったりしてたな。とにかくゲームと女に夢中だった」
「バスケは?」
「んー、オレがヤキ入れた時はしばらくは一応真面目にやってたな」
「虹村はそこらのチンピラより強いんだぜ」
 灰崎が自慢げに言った。そこ、自慢するとこじゃないだろ、そこ。況してやアンタが。オレに代わって赤司が口を挟む。
「結構ボロボロにされてましたよね。オレは虹村サンが灰崎のことを好きなこと当時からわかってましたが」
「え? そうだったのか? ――ちっ、赤司の目は誤魔化せなかったか。誰にも知られていないと思ってたのによぉ……」
「伊達に天帝の眼を持ってる訳じゃありませんですからね」
 赤司は澄まして答える。
「ええっ?! 虹村ってオレのこと中学の頃から好きだったの?! 知らなかったぜ!」
「言ってねぇもん」
「あんまりオレばかりボコるんで嫌われているのかと思っていたけど……」
「本当に嫌いだったらわざわざ連れ戻しに行ったりしねぇぜ。技を奪うオマエのバスケスタイルは好きになれなかったけど、オマエのことは好きだったぜ。ずっとな」
「虹村――」
「だから、一緒に住むことも提案したんだし……もう実家に帰る気ねんだろ?」
「ああ。あんなヤツ親じゃねぇ。ガキの頃はオレのことぶったたいてたしよぉ。――ま、後で復讐してやったけど」
 ――チワワメンタルのオレは、どんな復讐をしたのか、詳しくは訊かなかった。
「虹村も時々オレのこと殴るけど、ちゃんと理由があるもんな」
「そうだぜ。でも、ストレス解消にもなったかな」
「虹村!」
 灰崎が叫ぶ。男同士の殴り合いか――或る意味友情の証かな。まぁ、この場合は愛情かもしれねぇけど。
「オマエそんなヤツだったのかよ。今ならオレとオマエは対等だぜ。さぁ来い。どっちがつえぇか決着つけようぜ」
「ここではやめてくれ」
 赤司が静かに言った。――オレも赤司の隣でこくこくと頷く。
「そうだな。――家に帰ったら覚悟しな。灰崎」
「おう。てめぇの思い通りにはならねぇからな」
「あの二人――どういう関係なのかな。喧嘩する程仲が良いって訊くけど」
 赤司がそっと囁く。オレは呟く。
「知らないよ……」
「まぁ、お互いに好き合ってるのはわかるけど、暴力沙汰は他所でやってくれ」
 赤司が虹村サンと灰崎に告げる。
「――だ、そうだ」
 虹村サンが続ける。
「ちっ」
 灰崎が舌打ちする。赤司のさっきのセリフは、灰崎だけでなく、虹村サンにも言ったんだろうけど……。
「あ、最後の一個がなくなる!」
 灰崎が狙おうとしたその時、赤司が優雅に箸でつまんだ。そして、「ご馳走様」と言った。
「くっそ~」
 灰崎が悔しがっているので、オレが言った。
「オレの分けてやろうか? 灰崎」
「こういうのは力づくで奪ってこそ満足感を得るもんなんだぜ」
 ――そういうもんか。虹村サンがごんっと灰崎の頭を殴った。こういうのは暴力沙汰には入らないのか? 湯豆腐でさえ、灰崎にとってはバトルの場なのか? ていうか、あんまり良くなさそうな灰崎の頭を殴ったら、灰崎、もっと頭悪くなってしまわないだろうか……。
「じゃ、お邪魔しました~」
 虹村サンがにこやかな顔で灰崎をずるずると引っ張っていく。
「あ、泊まって行きませんか? 虹村サン。――灰崎も」
「いいの? オレら急に暴れ出すかもしれないぜ」
 虹村サンが怖いジョークを言う。
「う……それは出来るだけやめていただければ、後は好きなように過ごしてください」
「虹村。ここにはゲーム機ねぇんだぜ。つまんねぇ家だろ」
「別にいいんでねぇの? ゲーム機なくたって。オレん家のゲーム機は殆どお前が買って来たもんだろ。誰でもゲーム好きとは限らねぇよ」
「えー、人生損してるぜ」
「オレ達にはバスケがあるだろうが」
「バスケね……良くも悪くもオレの人生の一部ではあるけどな」
「さぁ、家に帰るまでランニングだ。――邪魔したな。赤司。降旗」
「いえいえ。――お幸せに」
「別に走るのは嫌いじゃねぇけどさぁ……虹村厳し過ぎるもんな……。ま、オレは体力ある方だからいいけどな。虹村はバケモノ級だもんな。普通はついて行けないよな」
「誰がバケモノだ。あ? ――てめぇだってモク辞めればもっと走れるようになるぞ」
「ふー、やだねぇ。体力有り余ってる年寄りは」
「年齢なんざてめーと大して違わねぇだろが。早く帰ろうぜ」
「だから引っ張るなって――ぐぇっ」
 二人の力関係を見ながら、オレは『ドナドナ』を思い出していた。灰崎は子牛と言うより暴れ牛って感じだけど。
 それとも、『じゃじゃ馬ならし』か? じゃじゃ馬は灰崎で。
「楽しかったね。光樹」
「そうだね。――その後の灰崎想像すると、ちょっと心配だけど。相手が虹村サンだから大丈夫かな」
「ああ見えて、虹村サンは強いよ。灰崎も顔が腫れるぐらいボコボコにされて……くっ……ふふふふ……」
 赤司はヤキを入れられた灰崎の顔を思い出したのか、一生懸命笑いを堪えている。オレは虹村サンと灰崎が帰ってて良かったな――と思った。

 11月――。
 赤司の通う大学の学園祭は無事終わった。
 そして――明日はオレの誕生日である。
 期待してもいいかな。いいよね。期待しても。――オレはそわそわしていた。
 誰よぼうかな。あ、黒子はよばなきゃね。後、火神とカワとフクと小金井センパイ(顔が似ている為身近に感じる)と――。
「何やってんだい? 光樹」
 赤司がオレの肩に顎を乗せる。ふわっと柔軟剤の香りがする。赤司だったら、オレの誕生日に何か特別なことしてくれるんじゃないか――そういう気がしてくる。
「オレの誕生会によぶ客のリストをつくってるんス」
「なら……キセキも呼ぶといい。そうは見えないかもしれないけれど、彼らもお前のことは気に入っているんだ」
「いいっスけど――この家に入りきれるかなぁ……」
 190㎝台がデフォのヤツらだからなぁ……。
「じゃあ、オレの実家によびなよ。ここよりは広いから」
「う……そうだろうけど、なんか悪いな……」
「なぁに。キミの為に何かしたかったんだ。オレは」

 オレは、赤司に車で彼の実家まで送ってもらった。車で、オレは赤司に礼を言った。
「ありがとう、赤司」
「いやいや。光樹が喜んでくれればそれでいいんだよ」
 赤司家の門には垂れ幕が掛かっている。『祝 降旗光樹様 お誕生日おめでとうございます』――ちょっと恥ずかしい。
「降りようよ」
 赤司は呆然としているオレに声をかけた。
「実は数日前から用意してたんだよ。――学園祭の予定とぶつかっちゃったけどね。オレの家の使用人達が準備してくれたよ」
 赤の他人の誕生日に対してこんなに豪勢な飾りつけしてくれたなんて――嬉しいけど、最早誰の誕生会だかわかりゃしない。
「じい」
「はい。征十郎坊ちゃま」
「招待客のリストにあった名前の客は全員呼んだかい?」
 招待客のリスト……赤司のヤツもいつの間に作ったんだ。そんなもん。赤司の誕生会ではなく、オレの誕生会だよね――。
「はい。何人かは用事で来られないとのことでしたが――その方々以外は全員揃っていますよ。降旗様」
 広い大広間にセンス溢れる飾りつけ。豪華なシャンデリア。群れ集う人々――わっ! もう既に帰りたくなって来た! 確かに期待しなかった分もなくもないけど――ここまでとは思わなかったから……。

後書き
虹村も入れて湯豆腐パーティー!
灰崎は帰ったらどんな目に遭わされたんでしょうね。
そして、降旗クンの誕生会。帰りたくなったって、降旗クン、誕生会の主役はあなたよ……。
2019.08.07

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