ドアを開けると赤司様がいました 45

「――え?」
 灰崎が素っ頓狂な声を出す。
「だってアンタ――オレのこと迷惑だとか思ってたんじゃね?」
「正直言うとね。……でも、オレにはオレの考えがあるから……灰崎も赤司と話がしたかったんだろ? だから来たって言ったよな。確かに」
「う……うん……」
「だったら……赤司ももうすぐ帰って来ると思うから、話し合いでも殴り合いでも何でもしててよ」
「降旗、オマエって……大胆なヤツだなぁ……」
「赤司には灰崎のことを任されているからな」
『もしもーし、もしもーし』
 虹村サンの声が電話から聞こえる。――オレは、赤司のことと、オレの考えを虹村に話した。アホかオマエ――と言われた。少し呆れられたようだった。確かにオレはアホだ。トラブルメーカーをわざわざしょい込むなんて。
『灰崎があんまり暴れるようだったら、警察に突き出してやれ』
 ――なんてことを言われましたが、どうします? 灰崎サン。
「ちょっと代われ。――もしもし、虹村?」
 灰崎がオレの手からスマホを取り上げた。
『おう、灰崎――いいダチ持ったな。オレら』
「赤司のことか?」
『ちげーよ、バカ。降旗のことだ。新しいダチだから大切にして行こうな』
 え? ダチって……オレも虹村サンや灰崎のダチなの? 嬉しいような、怖いような……。
「あのさぁ、虹村……今、オレのスマホ、スピーカーになってんだぜ……これのことだけど……」
 数秒間、沈黙が流れた。
『何故言わねぇんだ! 祥吾ぉぉぉぉぉぉ!』
 ふぅん。もしかして虹村サン、プライベートでは灰崎のこと、祥吾って呼んでんのか? オレが何となくニヤニヤする。――灰崎が溜息を吐いた。
『わっ、わっ、恥ずいこと言っちまったじゃねぇか! 今の時点では降旗には内緒のつもりだったのに! くっそ、後でヤキ入れてやるぜ、灰崎ぃぃぃぃ!』
 ――あ、灰崎に戻った。灰崎もニヤニヤしてる。
「どうぞ。それならオレは永久に虹村サンとこに帰らないだけっスから」
『くっそー、降旗に弱み握られたぜ。……ま、こんな感じだけど、降旗、これからもどうぞ宜しく』
 オレは笑い出しそうになった。こんな面白い展開が繰り広げられてるのに、どうして赤司、アンタはいないんだ――。それが、何故とはなく、寂しい。仲の良い虹村サンと灰崎を見せつけられているのが、悔しくて、寂しい。
「もう切るぜ」
『あ、おい、まだ話が……』
 しかし、灰崎は宣言通りに切ってしまった。もう十時だ。灰崎は何か食ったんだろうか。冷蔵庫を見ても、減っているのは何もなかった。
「――灰崎何も食べなかったんだね」
「そりゃ、人様の家だもんな」
 灰崎も人並の常識は持ち合わせているらしい。
 ピンポーン。チャイムが鳴った。赤司だった。
「ただいま。ご苦労様」
「ああ、今日は何か食べるものあるかい?」
「湯豆腐があるよ」
 本当は昨日湯豆腐にしようと思ったんだけど、焼き肉パーティーでお流れになってしまったのだ。
「今から準備するとこなんだけど――」
「オレも手伝うよ。――やぁ、灰崎」
「……よぉ」
 赤司の呼びかけに灰崎が答える。
「福田総合はキミのおかげで強かったんだよな」
「よく言うぜ。――決勝戦まで勝ち進んだらボロボロにしてやろうと思ってたんじゃないか?」
「勝利の世界は非情だからね」
「赤司。灰崎と仲直り出来ない?」
「……さぁ。けれど、確かに中学の頃は、灰崎のこと用済みだと思って居づらくさせたね。勝利が全てとは言え。――けど、灰崎もやり過ぎた」
「やっぱり用済みだと思って捨てたんだな。――虹村は主将の時、どんなことがあってもオレを捨てなかったと言うのに。まぁ、最終的にはあいつにも一旦切り捨てられたけど」
「灰崎。今更だけど――ごめん。そして、我が家に来てくれてありがとう」
 赤司が穏やかな口調で話す。
「ん……」
 灰崎は何と答えたらいいかわからない様子だった。

 豆腐が鍋の中で煮えている。灰崎は引き上げた豆腐をつついている。赤司も上品に豆腐を食べる。ここの近くの豆腐屋は美味しい。灰崎が赤司に話しかけた。
「――赤司。オレが辞める時、オマエは来なかったがテツヤが来たぜ」
「ああ、黒子が。――そう言う時は親切だったもんね。彼は」
「オレは……アンタのことが怖かったよ。テツヤには言わなかったけれど。――テツヤはオレのこと、才能あるって言ってた。でも、あんときゃバスケやめようと思ってた。でも、なんでだろ……またバスケに戻ってきたぜ」
「虹村サンのおかげでは?」
「虹村は関係ねぇ。オレが自分で決めたことだから。でも、大学バスケに誘ったのはあいつだった」
「いい人ですよねぇ。虹村サンは。――光樹。それ、早く食べないと」
「ああ、そうだね。いただきます」
 オレは、ふー、ふーと熱い豆腐に息を吹きかける。ネギとおかかも乗せた。
「おいひぃ~」
 オレはつい舌鼓を打ってしまう。
「幸せそうだな。オマエ」
 灰崎が苦笑する。
「うん。オレ、旨い物食べてる時とバスケしてる時が一番幸せ」
「バスケ……ね」
 灰崎がぽつんと呟いた。
「昔、オレを馬鹿にした男がバスケ部だったんで、じゃあバスケでやっつけようと思って入部したんだけど、そいつ、ホントはすごく弱くてさ……虹村サンがいなかったら、あの時点で辞めてたぜ」
「とんだ不純な入部志望だな」
 赤司が笑う。オレは――人のこと言えない。好きだった女の子に『一番になってみせてよ』って言われて、じゃあバスケかなって……。
「テツヤには言うなよ。あいつは本当に、純粋にバスケが好きなんだから」
 灰崎が「しぃーっ」と言ってみせた。
「はいはい」
 赤司は何だか面白がっているようだった。その時、玄関のチャイムが鳴った。
「――虹村サンだ」
「ゲッ! マジか!」
 ――オレはドアを開けに行く。
「久しぶりだな。降旗」
「虹村サン、わざわざ来てくれたんですか?!」
 赤司の声が弾む。このことだけで、虹村サンがどんなに後輩に慕われているかわかるというものだ。――灰崎ですら、虹村サンのこと嫌いではないと言ってたしなぁ……。
「よぉ、赤司。なかなか多方面でご活躍のようで」
「いやぁ……」
「うちの悪ガキを連れて行きに来たんだが、まだいるか?」
「いますよ。湯豆腐食べてます」
「そういや、何かいい匂いがすると思ってたんだ」
「虹村サンも食べて行きますか?」
「そうだな。――んじゃ、ご馳走になってくか」
 虹村サンが靴をそろえる。
「お父さんの具合どうですか?」
「ああ、良くなってるぞ。アメリカの医学はすごいねぇ。――近々日本に帰って来る予定。オレもアメリカまだいたかったんだけどさぁ……何かと大変なのよ。んで、日本が懐かしくなって帰って来た訳」
「木吉サンもアメリカに行ったんですよね」
「おう。あの人もすげぇぞ。根性でNBA目指して頑張ってんだから――」
 皆、すげぇなぁ……キセキの世代や黒子や火神だって、ジャバウォックとかいうアメリカのチームのしてしまったんだから……。
「こら、祥吾。ダメじゃねぇか。赤司達にも予定があるだろうに、世話かけちゃよう」
「別段、これぐらい何とも思ってないですから。勝手に上がり込まれたのはあれですが」
「勝手に来たのか……お仕置きしてやねんねぇとダメだな……」
「それよりも湯豆腐食べません?」
 オレが口を挟む。だってこんなに美味しいんだもん。まだいっぱいあるし、虹村サンにも旨い豆腐のおすそ分けしてやんないと。

後書き
こう見えても、私も虹灰は仲がいいと言ってみる。
しばらく湯豆腐食べてないから、機会があれば食べたいですね。
2019.08.05

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