ドアを開けると赤司様がいました 44

「しっかし、ここの家、つっまんねぇなぁ。ゲーム機ねぇのかよ」
 灰崎は人の家に来て文句を言う。まぁ、そういうヤツだってことは、察しがついてたけど。
 しかし、青峰といい、灰崎といい、何でずかずか人の家に上がって来るんだ!
 確かにオレは今日、鍵をかけずに大学へ行った。でも、赤司だって黄瀬だっていたんだから……。尤も、赤司も黄瀬のことがあったから、鍵どころではなかったのかもしんない。
「ゲームボーイ持って来たんだろ? それで遊べばいいじゃん」
 ゲームボーイって、今時白黒のヤツじゃねぇよな。ゲームに疎いオレも、そんぐらいはわかる。
「エロ本ねぇのかよ」
「ねぇよ」
 オレは腹を立てながらも、それでも同い年の友人の気安さを感じていた。赤司はもう、年若いジェントルマンって感じだもんな。そういえば、赤司何やってっかな。大学祭の準備って、赤司の場合どんな仕事やってんだろ。
「バスケの雑誌に経済新聞か……家にエロ本のひとつもねぇなんて、てめーらほんとに男かよ」
「男だよ」
 女性と付き合ったこともあるんだからな。……一週間だけだけど。二度のキス以外には何にもしなかったけど。三度目のは額だから、除外していいよな。――何だかオレも勝手なこと考えてる。
「インスタントでもいいならコーヒー淹れてやるよ」
「砂糖抜きな」
「わかったよ」
 オレは、思わずくすっと笑ってしまった。あんまり灰崎が予想通りの答えをして来るんで。
 お湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れる。インスタントでも、旨いのは旨いんだよな。赤司の買ってくるのは、高いから旨い。
 赤司はコーヒーにもこだわりがあるらしく、時間のある時は本格的なコーヒーを淹れてくれる。まぁ、今は大学祭の準備もあるっつーから、忙しいらしいけどな。
 コーヒーのかぐわしい香りがする。オレの好きな匂いだ。これなら灰崎も喜ぶだろう。飯を作ろうと思ったけど、急にコーヒーが飲みたくなったんだ。
「おお、うめぇ。虹村の淹れたのにひけとらねぇぜ」
 オレは、ほんの少し得意になりながらも、「虹村サンもコーヒーにはこだわりそうだよね。イメージだけど」と、答えた。
「おう。その他にも、飯とかいろいろこだわりがあんぜ。作る方の身にもなれって感じだよな」
 へぇー……ご飯は灰崎が作ってんのか。意外だった。しかし、エプロン姿の灰崎も似合うかもしれない。
「飯は灰崎が作ってるんだね」
「まぁ、置いてもらってるんだから、そのぐらいはしねぇとな」
 灰崎は胸を張ったが、すぐに萎れた。
「オレ、もうあの家には戻れねぇかもな……虹村も何も言ってこねぇし」
「帰ってやれば?」
「今はなー……」
「灰崎が帰れば、虹村サンだって喜ぶと思うんだけどな」
「なーに言ってやがる。オマエ、虹村の凶暴さ知らねぇだろ。帰ったら即ビンタだぜ。――まぁ、今回はあいつが悪いんだけどさ。……うん、絶対あいつが悪い。オレは悪くない」
「――何があったの?」
 オレは、灰崎が何も言わなければ、訊かないつもりだった。けれど、やっぱり好奇心には勝てなかった。
「――あいつ、綺麗なねえちゃんと街歩いてた」
「それだけ?」
「なーにが『それだけ?』だよ。オレを差し置いて綺麗なねえちゃんと歩いてたんだぜ! 怒っても当然!てとこだろうが」
「アンタ、やっぱり虹村好きなんだねぇ」
「違う! オレは虹村が羨ましかったんだ。チキショー。あんな綺麗なスケと……」
「虹村サンには彼女がいたのか……」
「な? わかるだろ? 彼女がいるならいるって、はっきりそういやいいのに……そしたら、ちょっと面白くなくても許してやるのに……あのアヒル口め……」
「虹村サンだったら、彼女がいるなら、灰崎に黙ってはいないと思うぜ。灰崎の気のせいじゃね?」
「……んなことねーよ……」
 そう言いながらも、灰崎は持論に自信が持てなくなったようだった。
「オレさぁ……灰崎は虹村が好きなんだと思ってたよ。――嫌いなヤツのところに居候なんかしないだろ。アンタだって――」
「そりゃまぁ……」
「わかった! アンタ虹村サンが好きなんだ!」
「ぶっ!」
 灰崎がコーヒーを吐いた。わっ、汚ねっ! ――数分間の沈黙の後、灰崎が言った。
「――そうだよっ!」
「へ? 何が?」
 オレはテーブルを拭きながら質問した。
「おめーなー、自分で訊いときながら忘れてんなよ。……だから、オレは虹村が……嫌いじゃねぇって話……」
 灰崎が語尾を濁した。はっきり好きって言えばいいのに。
「コーヒー、お代わりあるよ」
「――もらう」
 灰崎はそれだけを言う。オレはまたコーヒーを淹れてやる。灰崎がそれを飲む。
「――オレな、どうしてここへ来たんだか、自分でわかんねんだ」
「虹村サンとこから近かったからだろ?」
「バカ。それは口実だ。――やっぱり、赤司に話聞いて欲しかったからかもな。まぁ、今の話相手と言えば、こんなチワワ野郎しかいねぇけど」
 む、チワワ野郎で悪かったな。
「でも、オマエがいてくれて良かったと思うぜ。降旗」
 ――ああ、こいつ、元々は悪いヤツじゃねぇんだな。そう思うのは、こんな時。オレは、どういう訳か、よくダチから相談を受ける。赤司に言ったら、
「それは聴聞僧と言うんだよ」
 と、答えてくれた。ああ、そうか。『ちょうもんそう』と言うのか。流石赤司。よくこんな難しい言葉知ってんな、と、ますます尊敬を深めたもんだったが。
「……やっぱりさ、虹村サンには連絡した方がいいと思う。喧嘩になってもいいから。――家具は、少しぐらい壊しても構わないから。やっぱり対話しないとわかり合えないもんだよ」
 この家の家具はどうせ殆ど赤司が買ったものだから。オレは続けた。
「――これはオレの体験談でもあるんだ」
「……何があったんだよ」
「赤司のことね、オレも誤解してた。でも、皆のおかげで、仲直り出来た」
「そっか、赤司とオマエも――」
 灰崎がこそばゆそうな表情をした。オレの打ち明け話で気が楽になったのだろう。
「――オレ、虹村に電話するわ」
 灰崎がスマホを取り出す。別に家の固定電話使ったっていいのに。今じゃ誰もがスマホだなぁ……。
「おい、降旗。スピーカーにするからてめぇも立ち会っとけ」
「え……」
 イヤだよ――そう言おうとしたが、オレが言い出しっぺみたいなものだから、仕方ない、と覚悟を決めた。
『――おう、灰崎。何だよ』
「オレ、まだオマエのこと許してねぇ」
『……今、どこにいる?』
「赤司と降旗ん家」
『そうか……あんまり迷惑かけんなよ』
 話は淡々と続いて行く。
『おめぇなぁ……人のこと浮気者だの女好きだの散々罵って勝手に出て行くんじゃねーよ。……オレにも言いたいことはあるんだからな。――でも、おめぇの気持ちもわかるけどな……』
 虹村サンは、オレが聞いてることがわからないからか、それとも、いつもそうなのか、べらんめぇ口調で喋る。――ああ、でも、やっぱり初めて会った時もこんな感じだったか……。
「わかるんだったらあんな綺麗なねえちゃんと一緒にへらへら笑ってんじゃねぇぞ。青峰だってきっと怒るぜ。あいつは俺に輪をかけて女好きだったからな」
『青峰か……懐かしい名前が出て来たな。けれどな、あれはおめぇの勘違いだ。――あれは、オレの母ちゃんだ』
「……は?」
 灰崎は絶句したみたいだった。
「だって、虹村の母ちゃんて……」
『オレの母ちゃんだって、化けようと思えばあんぐらいには化けられんだよ。オレの彼女に見えるかもねぇ、と言いながらきゃぴきゃぴはしゃいでたが――オマエがまさかそんな勘違いするおバカなヤツだったとはなぁ……』
「だって、アンタ何にも――」
『言おうとしたら勝手に誤解して出て行ったんじゃねーか。ったく……少しは人の話を聞くようになれよ』
「そうか……そういえば虹村に似てたな……あの彼女……」
『彼女じゃねぇっての。――赤司出せ』
「赤司はいねぇよ。降旗だったらいるけどな」
『んじゃいいや。さっさと帰って来い』
「あのー……ちょっといいかな。灰崎」
『おう。――じゃ、降旗に代わっから』
「こんばんは。降旗です。前に会いましたよね。虹村サン。――ちょっと、一晩だけ灰崎をここに置いてもいいですか? 赤司も今日は帰って来るって言ってましたから」
 何言ってんだ、オレ。家のドア開けて灰崎の姿見た時、災難がやって来たと思ったとか、それに似たこと思ってたじゃねーか。でも、灰崎には赤司とも話し合ってもらいたいと考えてしまったから――。

後書き
虹灰も好きです。灰崎クンはきっと虹村サンのことを好きだと思います。
コーヒーって、美味しいのは美味しいのでしょうね。
いずれ『ペンと箸』に出てきたようなフルーティーなお茶のようなコーヒーも飲みたいですね。
2019.08.03

BACK/HOME