ドアを開けると赤司様がいました 43

 高尾は緑間の元へ帰って行った。黄瀬は、結局うちで泊めた。オレは全然オッケーだったけど、赤司もお人好しなんだなぁ……。
 赤司は、「不純異性交遊を見逃す訳にはいかない」という意見だったらしいけど。でも、赤司だって人のことは言えないと思う。こっちは『不純同性交遊』だもんなぁ……。

 卵の焼ける匂いがする……。何だろう。オムライス? でも、甘い匂いも混ざってる……。
「降っち、おはようっス」
 黄瀬が赤司のエプロンをつけて料理をしている。
「何作ってんの?」
「卵焼きっス。――昨日、赤司っちや降っちには世話になったので、その恩返しっス」
 ふぅん。黄瀬も律儀なとこあんじゃん。見直したぜ。
「おはよう、光樹」
「あ、おはよー、赤司」
「赤司っちに降っち……赤司っちは降っちのこと名前呼びなのに、降っちは『赤司』って呼んでるんスね」
「そうなんだ。オレも光樹には名前で呼んで欲しいのに……」
「あはは。赤司っちにも可愛いところがあるんスね。ギャップ萌えしそうっス」
「オマエにそんなこと言われても嬉しくないな」
 赤司は黄瀬の台詞をバッサリ。
「さぁさ、食べてくださいっス。オレ、料理は得意なんスよ。特に卵料理はね。――姉ちゃんやお袋にも『涼太の作る卵焼きは美味しいね』って褒められるんスから――さぁさ、席について席について」
「わっわっ、ちょっと……」
 黄瀬に背中を押されてオレは慌てた。赤司は澄ました顔で自分の席に座っている。卵焼きは意外にも美味しかった。黄瀬の姉や母が褒めてくれたらしいだけのことはある。
「美味しいよ。黄瀬」
「――えへへ、嬉しいっス」
「だけど……赤司の作るオムライスの方が旨いなぁ……」
 オレは舌を滑らしてしまった。赤司の目がきらんと輝く。喜んでんだろうな……うん!
「そりゃないっスよ。降っち~。赤司っちみたいなチートに比べられたらオレが可哀想っス~」
 黄瀬が泣き真似をした。赤司は、昔、料理の専門家にびしびし鍛えられたらしい。知らなかった……でも、そう考えてみれば、味が店顔負けなのもわかるな……。
「黄瀬のは所詮素人料理だからな」
「オレのも素人料理だけど……」
 黄瀬が少々気の毒になって来たし、そもそもオレがきっかけだったのだから、オレは黄瀬の味方をした。
「けれど、光樹の料理には愛情という調味料があるからね」
 赤司……言ってて歯が浮かないか? ……と言うのも無駄なことかもな。赤司はズガタカボクサカオヤコロの人だから――。
 ああ、あれはもう一人の赤司か。あの赤司もオレ、言いたいこと言えて胸がすかっとするだろうなって、前からちょっと憧れてたんだ。もう、ずっと前に消えてしまったけど――。
「なんか物思いに耽ってるようっスね。降っちは」
「うん……もう一人の赤司がいなくなって寂しいなって……」
「それは時々オレも考えるよ……オレも、寂しいという気持ちに嘘はない。あいつには泣かされたけど、弟が出来たみたいで、ちょっと嬉しかったんだ……出来は悪かったけど……」
「けど、能力は高かったっスね」
「そうだな……本当に弟だったら楽しかったんだろうけど……」
 オレはちょっと複雑な気持ちになった。オレはさっき、もう一人の赤司がいなくなって寂しいと言ったが、もし、赤司が現実に二人に分かれたら、ちょっと怖い気もする……。
「でも、そうなったら、もう一人のオレと光樹の取り合いになってたかもしれないね」
「あはは。ありそう!」
 黄瀬が赤司を指差して笑い出す。
 ――オレはそんなに大した男じゃないよ。二人の赤司に取り合いされるようないい男じゃないよ……。
「勿論、その場合はオレが勝つけどね」
「……オレは、二人の赤司に気に入られるような、そんな魅力のある男じゃないぜ……」
「何を言う! 光樹は魅力的だよ! 可愛いよ!」
「男に可愛いと言われたって……」
 黄瀬はメモを取っている。ふむふむ、こんな時はこういう風に言えばいいのだな、と呟きながら。
 ――も、いいや。
 オレは彼らを無視して大学へ行くことにした。

 大学では、いつも通り赤司のことや、この前別れたキャンパスのマドンナのことを訊かれた。つーか、彼女のことの方が多かったけどね……。赤司のことは流石に下火になったらしい。
 授業が難しくなったので、幾分へろへろになって、オレは家に帰った。
「よぉ」
 ――オレはパタンと扉を閉めた。
 ドアを開けると灰崎祥吾がいました。
 つーか何でいるんだよ! 灰崎! 虹村サンはどうした! つか、ここ、オレの部屋だよな。うん、合ってる。
 オレが些かテンパってると――。
「何やってんだよ。入れよ。ここ、オマエん家だろ? 『赤司征十郎・降旗光樹』って書いてあんだろが――」
 灰崎が言う。オレは、「う……」と絶句した。
「そっか。説明がまだだったな。オレな……家出して来た」
 家出?! 灰崎が?! だとしても、うちを選ばなくても良さそうなものなのに――。
「よくここがわかったね……」
 冷や汗だらだらになりながらオレが訊いた。
「この辺に住んでるって、住所の話になったろーが。案外近くに住んでんだなって思って……細けぇところは近所のおばちゃんに訊いてみた。ここは親切な人が多いなぁ」
「アンタ……怖がられなかった?」
「全然。おばちゃんは笑って教えてくれたよ」
 うう……おばちゃんに悪気はないんだろうが……ちょっとだけ恨むぞよ……。
「しばらく厄介になるぜ」
「アンタ――赤司を恨んでたんじゃないの? ほら、バスケ部に居づらくなったかどで」
「オレはおめーを頼りに来たの。赤司なんざ関係ねぇよ」
「オレ、一応赤司と一緒に住んでんだけど……」
「虹村の野郎がさぁ……一生懸命赤司の弁護してたぜ。あいつは赤司が好きだったみたいでさ。ゲームボーイ持ってきたけどやるか?」
 オレはバスケの方がいいなぁ。――じゃなくって!
「帰ってやらないと、虹村サンが可哀想だよ」
「ほう……家出したオレのことは可哀想って訳じゃねぇのかよ」
「うう……」
「実は、オレ、虹村と喧嘩して来たんだ。ちょっとしたことが元でな」
「ああ――」
 灰崎がきっと虹村サンを挑発したんだろう。虹村サンも喧嘩っぱやそうだけだけどな。――今までどうして一緒に過ごしていたんだろう。きっと、似た者同士だったんだろうな。
 ――虹村サンの方が大人で、真面目そうだったけど。でもって、灰崎はやんちゃ坊主っぽいけど。
「……赤司に電話するから……家具は壊さないでくれよ」
「オレを何だと思ってんだよ……もう昔のオレとは違うんだぜ。人の家では大人しくしてますって」
 どうだか。オレは赤司にLINEで灰崎のことを伝えた。赤司がすぐに出て来た。
『何だって?』
『なぁ。赤司も驚くだろ? 灰崎がオレ達を頼って来るなんて…』
『ちょっと待て。なんで家に来たのか確認してくれないか?』
「灰崎……赤司がどうして家に来たのかだって」
「オレの家から一番近かったから」
 ――それだけ? それに、灰崎の家じゃないだろ。灰崎と虹村サンの家だろ……いや、灰崎は虹村サンの家に居候してるって言ってたな……。
『虹村サンとこから一番近かったからだそうです…』
 オレはまたLINEで伝えた。
『ふぅん。あ、オレ、まだやることがあるんだ。灰崎のことはキミに頼むよ。丸投げで悪いんだけど』
『いいよ。…灰崎ってちょっと怖いけど、ほんとは悪いヤツじゃなさそうだし』
『…まぁ、悪いヤツと言えば、オレの方が悪いかもしれないけどね…』
 そんなことないよ! 赤司はいいヤツだよ!
 そう言いたかったが、言えなかった。確かに、赤司もタチが悪いところもあったもんね。でも、今ではちゃんと反省してるし……。
 取り敢えず飯でも作ってやるかな……。あ、なんかデジャヴるもんがあるんだけど。リリィにもオレ、飯作ってやったっけ。赤司に相手を頼まれて。チクショー、赤司のヤツ~。
 赤司がいなければ、オレももうちょっと平穏な生活が出来てたに違いない。だけど、赤司との生活もなかなか楽しくて――捨てられなかったんだよねぇ……。
「――灰崎。やっぱり家、帰った方がいいよ」
 これは、オレが灰崎を怖がってるとか、嫌いだからという理由で言った訳ではない。オレの体験談からだ。大切なものってのは、本当に、心から大切にしないと、いつの間にかなくなってしまうから――。
 灰崎は、「虹村の方から謝ってくれるならな」と答えた。

後書き
『不純同性交遊』なんて、降旗クンの言った嘘ですよ。
なかなか素直になれない灰崎クン。彼らしい。
2019.08.01

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