ドアを開けると赤司様がいました 41

「それは――」
「あだやおろそかに言ってるんじゃないわ。降旗君――私は無理矢理結婚させられるの。いわば政略結婚ね。相手は十も年上なのよ」
 そう言う彼女に、オレはこう答えた。
「婚約者の方がいい男かもしれないじゃないか」
「かもね。――私は降旗君が好きだけど……降旗君は私のこと、恋人って思ってくれてないのね。……赤司君とはどう? 生活の方、上手くやってる?」
「まぁ、そりゃ……いろいろあったけど、今は上手くやってます」
 心のドアを開けたら、赤司征十郎がいた。赤司は、オレの心にしっかり根を下ろしてしまった。幾度捨てようとも、捨てられなかった、こんな気持ち。
 ――赤司は、いつだってオレに優しかった。
 オレに人の大切さを教えてくれた。オレに恋を教えてくれた。
 ――赤司征十郎は、オレに人を愛する心を教えてくれた。そうだ。――確かに、これは恋だった。
「降旗君、困ってるみたい。――やっぱり駆け落ちのことは考えてないみたいね」
「え……そりゃ、まぁ、急な話だったし……」
「今まではね、皆私のことを好きになってくれたの。恋人がいるのに、私に告白して来た男もいたわ。でも、降旗君はそうじゃないのね。――他に好きな人がいるのね?」
「うん……」
「それは赤司君でしょ? 別れる訳にはいかないのね?」
「……うん」
 問われるままにオレは答えた。
「いいな――私ね、降旗君のバスケが好きだったの。――私が男だったら、一緒にバスケすることも出来るのにね」
 ――何か随分話が飛んだな……。
「1on1なら、出来るよ。でも、バスケが好きだったら女バスでも……」
「降旗君は何にもわかってないのね。――私は『降旗君のバスケ』が好きだったの。でも、いつか1on1しましょうね」
 そう言って、彼女は哀しそうに笑った。何で哀しい、と思ったんだろう、オレ……。
「赤司君にも『心配いらない』って連絡しとく?」
「それはオレが言うからいいよ。――でも、赤司、最近変でさ……水の代わりに洗剤でも飲ませられたら堪らないよ」
 オレは、笑い話のように話した。でも、彼女の表情が翳った。
「そんなに変なの? 赤司君……なんか、悪いことしたみたい……赤司君は、よっぽど降旗君が好きなのね」
「うん……」
 でも、オレも、そんな赤司も好きなんだから仕方がない。我ながら、しょーもないヤツだと思う。けれど、惚れちまったんだ。それも、仕様がない。
「決めた。私、やっぱり結婚する」
「――そっか」
「でも……火曜日まで私に時間をくれる? 降旗君の時間を」
「構わないよ。それで気が済むのなら」
「――やっぱり、降旗君っていい人ね。私も人を見る目があったみたいね。嬉しいわ」
 それは、そう言う風に言ってもらえるオレも嬉しい。そう。この子は、いずれ結婚するんだ。赤司もそれはわかってる。だから、我慢してるんだと思うんだ。
 一番いい目を見てるのって、オレだな。なんか、今、オレ、モテ期みたい……。
 まぁ、一人は男で、もう一人はもうすぐ他人の奥さんになる女性だけど……。
「もう一度、キスしてくれる?」
 ――キスぐらい、いいよな。もう二度もしていることだし……。でも、マナーとして、オレは額にキスをした。
 こんな風にキス、したことある。
 ああ、そうだ。赤司とだ。
 赤司の額に、キスしたことあったんだっけ――オレは不意打ち出来たと言って喜んでたけど――。あの時のオレは、なんて子供だったんだろう。今も、大人じゃないけれどさ。
「優しいね。降旗君。思い出を……ありがとう。私も貴方の額にキスしていい?」
「あ、ああ……」
 彼女はつま先立ちをして、オレの額に唇をつけた。いい匂いがする。女の子の匂いだ。どんな香水使ってるんだろう。この娘。
 ――彼女とは、もっと早く出会いたかった。赤司と会う前なら……オレは、この娘と駆け落ちでも何でもしたと思う。
 けれど、今のオレには赤司がいる。
 その後、オレ達は赤司の話をしながら帰った。今まで、いろいろ考えていて、赤司の話はタブーだと勝手に思い込んでいたんだ。
 赤司が、子供の頃から可愛かったこと、意外とやんちゃだったことも彼女から聞いた。オレは笑いながら、今の赤司の話をした。外の風は秋の匂いがした。

 そして、オレは家に帰って来た。――部屋が暗い。
 何だ……?
 ぬっと手が暗闇から出て来た。
 ――わっ!
 そう叫ぶ前にオレは赤司の姿を見た。近い。オレは赤司にキスされた。柔らかい唇だった。
「……赤司?」
「――どうだ。光樹。……びっくりしたろう?」
「うん。したした」
 オレは、苦笑を噛み殺しながら言った。赤司も子供じみたところあるな。――そう思って。
「彼女と何かしたかい?」
「ううん。オレ、駆け落ちの話出されたけど、断るつもりでいるよ。今日は、はっきり断れなかったから――でも、彼女の方から身を引くような形で……」
「そうか……あの娘はそれ程追い詰められていたんだな。けれど……あの娘にも、他の誰にも光樹はやれない」
「――赤司……」
 オレは赤司のものだよ。そう言ってあげられれば、どんなに気が楽だったろう。
 けれど、オレにはまだ出会いがあるかもしれない。あの彼女とはどうやら別れることになりそうだけれど……その後もまた、出会いがあるかもしれない。オレはまだ若いから。
 でも、そんな時に、赤司を泣かせたくない。絶望させたくない。だけど今は――。
「赤司。オレは赤司の傍にいるよ」
「――光樹……」
 赤司が泣いているように思った。――赤司。泣いているの? 怖いものは皆オレが食べてやるから……だから、泣くなよ……。
「でも、いつだって、オマエはオレを追い出したっていいんだぞ」
「追い出さない。ここはオレと赤司のホームだから」
「ホーム……そうだな。ここはオレとオマエの我が家だったな」
 赤司は電灯を点けた。
「……キミが今夜帰って来なかったら、キミを殺してオレも死のうと思ってたよ」
 赤司って、意外と独占欲が強い。彼女からも聞いていたことだ。
 最初、彼女が買ってもらったぬいぐるみを自分の物にしてしまい、古くなって、祖母に捨てられるまで、誰にも触らせずに大事にしていたと言う。
 ――泣きながらお祖母さんを呪っていた赤司を宥めたのは彼女だった。
(だからね……私、赤司君がちょっと怖いのよ。あの独占欲で人を愛したらどうなるか――貴方も気をつけた方がいいかもよ)
 彼女の言っていることは本当だったらしい。
 オレは中西保志の最後の雨という曲を聴いて、怖いな~、と思ったことがあったが、赤司に感じる恐怖感もそれに近い。
 でも、それはオレの中にだってある感情で……。これからどうなるかわからないけれど――。
「オレ、赤司が好きだよ」
 全てをかけて、人を愛することの出来る赤司が好きだよ。
「ほんとかい?!」
「うん……時々思い込みが激しくて、怖いなって思うこともあるけど……」
 ――例えば、今のように。
「オレも、光樹が好きだ。どちらかが女だったら、祝福されて結婚することも出来たのにね――」
「それはどうかなぁ……」
 オレは、政略結婚させられる彼女のことを思い出していた。今までオレと付き合ってくれたのは、きっと自由を満喫する為。オレだったら、きっと彼女を束縛する力はないから――。
「けれど、光樹はやっぱりモテるね。気をつけないと。――でも、あの娘まで光樹に目をつけるとは……やはり幼馴染は似るものなのかな」
「そーかなー……」
「今だから言うよ。オレは彼女のこと、ちょっとだけ、いいなって思ったことがあったよ。――まぁ、恋じゃなかったけど」
 いや、それは恋だ。子供の頃だからこそ出来る、淡い初恋。小さな恋のメロディー。そして、彼女も赤司のことを好きだったに違いないのだ。
 それから成長して、お互い離れて――オレのことでまた近づいて……。
 なぁんだ。やっぱり赤司もちゃんと女の子に恋してたんじゃん。
「オレは彼女に手紙を書くよ。――キミはどうする?」
「え? 考えてなかった」
「書いてあげなよ。それぐらいは許してあげるからさ」
「でも……何と書いたらいいかわからないよぉ」

 それでも、オレは四苦八苦しながら手紙を書いた。後に、彼女から写真が届いた。イケメンの男性と笑顔の彼女自身が写っていた。――とても、幸せそうだった。

後書き
降旗クンと美女の話はこれで終わりです。
我ながらちゃんと落としどころをつけられたと思います。

2019.07.27

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