ドアを開けると赤司様がいました 40

 もしかして今の――キス? それも、彼女からの……。
 ああ、でも、これ、オレの――ファーストキスだ……。
 キャンパスのマドンナがファーストキスなんて、無論、光栄なことだ。オレはかーっと頬に血が上った。
「ごめんなさい……迷惑だった?」
「迷惑だなんてそんな――」
「……やっぱり、赤司君との方が良かった?」
「いや、だって、あいつ、男だし――」
 オレ達は手を繋いだまま黙って歩いた。羨望の視線がこっちまで届いてくる。
 別れる際、彼女は思い切りオレに手を振ってくれた。可愛い……。
 ――オレは、やっぱりニヤけるのを止めることが出来なかった。こういうオレは、やっぱり女性の方がいいんだろうか。
 ただ――赤司の顔が頭に浮かんだ。赤司は悲しそうな顔をしていた。そんな顔は似合わないよ。赤司征十郎。それに……一週間だけなんだからそんなに気にしなくてもいいだろう?
 それに――赤司だって童貞じゃないくせに。オレだって、少しぐらいい想いをしても構わないだろう?
 ――頭の中の赤司は、切ない表情のままだった。

「お帰りなさい」
 赤司は、オレの想像通りの表情をしていた。
「彼女と食事して来ても良かったのに」
 ……赤司のヤツ、無理してんな。
「オレは、彼女を食事に誘う金なんてないの!」
「そうか――それは悪いことを言ってしまった。――何か変わったことでもあった?」
 変わったこと……彼女からのキス……唇、柔らかかったな。
 そこで、オレは、赤司がオレを凝視していることに気が付いた。
「な……何もないよ。何言ってんだよ。赤司! ――このオレに、何があったなんて、そんな馬鹿なこと、ある訳ないじゃん!」
 赤司はふっ、と溜息を吐いた。呆れているようだった。
「光樹。キミは嘘を吐くのが下手だね」
 う……。
 確かにそんなことを親にも言われたことがある。けれど、正直者は幸せになれるよって、その後、お袋が言った。
 けれど……オレの正直さが赤司を傷つけるのだったら――嘘つきの方がマシだ! ほら、諺にもあるじゃないか。嘘も方便て。嘘をついた方が良かったかもしれないが……いやいや、赤司はきっと見破ってしまうだろう。
 それならばいっそ、自分から告白した方がいいのかもしれない。
「彼女に……キスされた」
 オレは、自分の唇を触りながら言った。赤司はやっぱり――という顔をした。
「あの娘は、昔から少し強引なところがあるからね。悪い娘ではないんだけど――」
 ――赤司は、彼女を懸命に弁護しようとしているように見える。そりゃ、幼馴染だからそうなんだろうけれど……。
 彼女は、オレと赤司の関係を知っていた。――いや、冗談かもしれないけど。
 けど、赤司とのこの関係は、付き合っていると言えるのか。オレだって赤司が好きだ。愛していると告白したこともある。
 それに、オレは――赤司といる方がいい。でも、女性だったら、あの娘が一番好きだ。
 彼女はオレと同じ学年だ。大人びてはいたけれど。――オレもそれは知ってたし、彼女も言っていた。
「今日は――インスタントでいいかな」
「ああ……赤司がいいんなら構わないよ」
「ちょっと待ってて。買って来たから」
 オレ達は、インスタントのお茶漬けを向かい合って食べた。
 何か話したい。けれど、何を話せばいいんだろう。赤司はこれ以上オレと口をきく気はなさそうだった。
「美味しいね。このお茶漬け」
「インスタントだからね」
 ――話はそれで終わりだった。
「食べたらオレが食器洗うよ」
「頼む」
 そんなに不機嫌じゃないけれど、何かが引っかかる。そんな感じの赤司。オレが、裏切ったから。赤司の愛情を、裏切ったから――。
 赤司を裏切る?
 けれど、あの話は――彼女と付き合う話は、赤司もOKサイン出したんだから。それがわかっている赤司は、オレに文句も言えずに、かと言って、好意を示してオレを惑わすことも出来なくて苦しんでいるんだろう。
 オレもいい気なもんだよな……それがちょっと、嬉しい、なんて――。
 オレは食器を洗って、シャワーを浴びて、着替えて歯を磨いて、寝た。

 この頃、赤司の様子が変だ。
 いろいろちょこちょこミスを犯す。小テストでは満点を取れなかったらしい。彼としては珍しいことだ。
 お気に入りのマグカップを割った。文章は誤字脱字が多い。英語のスペルは間違える。水の代わりに、ジュースを観葉植物にやった。
 それに――何だかぼーっとしていることが多くなった。これはもしかして大変なことじゃないのか?
 初めて女性から告白されて浮かれていたオレも、これは深刻な事態だな、と思い始めた。
「赤司。なんか変じゃない? オマエ」
「そうか……?」
 赤司は生返事をした。視線だって彷徨っているし、これは変だ。充分変だ。
「まぁ、もう少しで一週間目だからな……」
 そうだ。時間の過ぎるのは早いもの。もうすぐ、彼女と付き合ってから一週間が経つのだ。
 ――スマホが鳴った。彼女からだった。
「やぁ」
「あ、降旗君? 明日、遊園地に遊びに行かない?」
「遊園地か! いいね!」
 オレは、いい年をして遊園地が好きである。これを知っているのは、誠凛のバスケ部のメンバーと、赤司だけである。尤も、赤司とは遊園地に行く機会はなかったけれど。1on1をしていた方が楽しかったから――。
 ――明日は日曜なのだ。
 それに、オレは、彼女の事情を彼女自身から聞いていた。
 話を聞いた時、オレは、「金持ちって大変だな」としか思えなかった。
 待ち時間を決めて、オレは電話を切った。
「誰からだい?」
「彼女」
「そうか……」
 赤司も事情を知っているから、敢えてオレ達の邪魔はしなかったんだと思う。――赤司が言った。
「降旗……もし、あの娘にあんな事情がなかったら……キミはずっとあの娘と付き合ってたか?」
 うーん、とオレは考える。
「――わからない」
「そうか」
 赤司は新聞を読もうとした。だけど赤司。その新聞逆様だぞ。

 翌日、オレは、彼女と遊園地に行った。ジェットコースターもお化け屋敷も楽しかった。でも、オレが一番好きなのはコーヒーカップだった。
 観覧車で……オレは彼女と二度目のキスをした。
「赤司君から聞いてたよね。私のこと」
「うん……結婚おめでとう」
「――ありがとう」
 彼女が俯いた。
「でも、結婚前に、本当に好きな人とデートしたりしてみたかったから……」
 それがオレという訳か。オレにとっては信じられないくらい光栄なことだ。
「降旗君がすきだった。結婚話がなければ、相手が赤司君であっても、戦ったと思う。だって、降旗君、モテるから――」
「……オレは、そんなにモテないよ」
「謙遜しなくたっていいわ。赤司君だって貴方のことが――あ、止まったみたい」
 オレ達は観覧車を降りた。彼女がするっと腕を組んで来た。
「あ、あの……」
 オレの心臓は破裂寸前。もう、すっかり遅くなっていた。赤司が心配するかな――。
「……ねぇ。いいこと思いついたの」
 彼女が言った。
「え? 何?」
「貴方と私――これから二人で駆け落ちしない?」

後書き
このマドンナ、ぐいぐい来ますねぇ。強い女性です。
駆け落ちの話は本気なんでしょうか……。
2019.07.25

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