ドアを開けると赤司様がいました 4

「ただいま」
「光樹! ――良かった。完全に素面だね」
「今はコンパでも一年は飲めないんだ。まぁ、オレはそんな酒好きって訳でもないし、ちょうど良かったけど」
「うんうん。良かった良かった。おっかない先輩に襲われやしないかと心配だったんだよ。光樹は可愛いからねぇ」
「――なんか、お母さんみたいだな、赤司」
 オレは赤司征十郎という男と一緒に暮らしている。
 赤司は高校の時には天帝と呼ばれていたし(もしかして今も?!)、何でも出来るからつい頼りにしちゃうんだ。
 でも、そんな赤司はオレのことを心配しているみたいで――。自分が何でも出来るから、オレのことが子供みたいに覚束なく見えるのかなぁ。オレだってもう十八なんだけど。あ、オレは降旗光樹って言うんだ。
 そうそう、赤司とオレは同じ年なんだ。つーか、こっちの方が早く生まれたんだけど、赤司はどうも、オレの世話を焼くのが楽しいみたいで――。
「お茶漬け作ったよ。食べる?」
 あれ? 京都ではお茶漬けではなくぶぶ漬けというんじゃなかったっけ? 確か、ぶぶ漬けを勧められた客は帰らなければならないとか――。
 でも、ここはオレの家でもあるんじゃなかったっけ? あれ?
「光樹――『帰れ』って意味じゃないよ。本当にお茶漬けを用意しているんだよ。酔いつぶれても、お茶漬けくらいは食べることが出来るかと思ってね」
 ……心の中を読まれてしまった。
 まぁ、せっかくだからいただくとしますか。
「豆腐のお茶漬けだよ――食べれるかい?」
 赤司が訊く。赤司の料理って旨いんだよな――しかし、これでは赤司もすっかり主夫だ。
「いただきます」
 お茶漬けの匂いが鼻をくすぐる。オレはがつがつと食べ終わった。
「美味しい豆腐店を見つけたんだ。また湯豆腐にしてもいいいかな」
「いいよ。オレも赤司の湯豆腐大好き!」
「ほんと?!」
 赤司の目がきらり。こういうとこ、可愛いな、と思う。
「うん。――でも、赤司にばかり料理させて悪いな」
「料理はオレの趣味なんだ」
 赤司が微笑んだ。
「でも、光樹は料理が出来るのかい?」
 赤司はオレを馬鹿にした訳じゃないんだろうが、オレはちょっとカチンと来た。
「オレだってご飯と味噌汁ぐらいは出来るよ」
「それは頼もしいね」
 赤司が言った。そりゃ、確かに赤司みたいに本格的な料理は出来ないけれど――。
「お茶漬けの素っていうのを使ってみたんだ。今まで使ったことがなくてね」
「へぇー……」
 そりゃ、赤司の家ではお茶漬けでも、本格的に粉茶とかを使っているだろうしなぁ……。
「オレ、お茶漬けの素、好きだよ」
「そうか。良かった。――でも、あんまり使わない方がいいかな。ああいうのにはどうしても化学調味料とか使われていそうでね――今はうま味調味料とか言ってるみたいだけど」
「オレは別に気にしないよ」
「オレが気になるんだ。でも、オレも忙しいし……少しだったら使ってみてもいいかな。結構美味しいしね」
 オレは笑った。
「何だい? 光樹」
「赤司って、本当に主夫みたいだなぁと思って――イヤ?」
「それはオレにとっては褒め言葉だよ。……何も出来ないボンボンと言われる方がイヤだ」
 赤司は真剣な顔で言う。――ということは、赤司は誰かにそう言われたことがあるのだろうか。
「赤司……」
「さ、オレも後で食べよう――でも、光樹が素面だったのは意外だった」
「――酔い潰れて誰かに送られて来るとでも思ったの?」
「まぁ、それも考えたけど、それより――まぁいいや」
 赤司が話を打ち切った。オレは話題を変えた。
「今は、大学生でも一年は飲んじゃ駄目なんだって」
「へぇ……オレはコンパに行ったことないからな。来いよ来いよって、勧められてはいるんだけど――」
「主将がとても真面目な人でね。――でも、友達なら沢山出来たよ」
「ふぅん……」
 赤司の顔が沈んだ。なんか悪いこと言ったかな。オレ――。
 彼は黙って自分の洋服にブラシをかけ始めた。そして、ハンガーに吊るす。
「赤司?」
「ああ、いや。何でもない。友達出来たんだ。良かったね」
「なんか、雰囲気が誠凛みたいだったよ」
「光樹は誠凛が好きだったね」
「バスケ部の人はまだ名前を覚えてない人もいるんだけど、誠凛のメンバーの名前は全員一度で覚えたよ。みんな個性的な人だから。後、キセキも」
「オレのことも?」
「決まってるじゃーん」
 だって、火神とタイマン張るんじゃないかと冷や冷やしたよ……今ではもう笑い話だけど。
「オレ、あの時は赤司が怖かったな。本気で火神を刺しに行っただろ?」
「ああ、もうひとりのオレか――あの時のことは謝るよ」
「謝んなくてもいいのに……赤司も結構律儀だね。でも、謝る相手が違うよ」
「……火神かい?」
「うん。割と仲が良くなってよかったなぁとは思うけど」
「キミは火神のことが好きかい?」
「まぁね。でも、あいつには黒子がいるから。――誠凛のみんな、火神のことが好きだったと思うよ」
「羨ましいな。――火神が」
「どうして? 赤司にも仲間がいたじゃん」
「そうだね。いい仲間達だった――今でも連絡を取り合ってるよ。でも――そういうのとは違うんだ。……黒子が誠凛に夢中になったのもわかるよ」
「だろ?! あいつらいいヤツらだろ?!」
「そうだね。――秀徳や桐皇もいい学校だったけどね。陽泉もいいところみたいだけど、あそこは冬は雪の街だしねぇ……」
「オレにはやっぱり誠凛が合ってたよ。――ああ、卒業なんかしたくなかったなぁ……」
「それでも、キミには新しい友達が出来たんだろう?」
「え? あ、まぁ――」
 オレはポリポリと頭を掻いた。これでも人好きはする方だと思う。赤司もオレを友達として好きなのはわかってるけど――。
「光樹はコンパでも人気者だっただろう?」
「んー……まぁ、普通かな」
「――やはりオレもお腹が空いた」
「このお茶漬けも美味しかったよ」
「ありがとう」
「……うん。こっちこそありがとう。オレの為に作ってくれたのは嬉しいよ――今日じゃなくても今度はさ、オレが料理作ってもいいかな。おかずなんてあんまり作れないけど」
「おお、光樹!」
 柔軟剤の香りがふわっと舞った。オレはまた赤司に抱き着かれていたんだ。
「大歓迎だよ! ご飯と味噌汁だけでもいいよ!」
「お……おう……」
「楽しみに待ってるからね」
「でも、赤司の方が料理は上手だと思うけどね――」
「オレはキミの作る料理の味を知りたいんだ」
 なんつーか、赤司も物好きだな。
 オレなんかと暮らしたがったり、オレなんかの料理を食べたがったり――。でも、嬉しくないこともないからまぁいいや。
「じゃあ、今度の土曜日に」
「うん! じゃあ印をつけておくからね」
 赤司はオレから離れるとカレンダーに赤ペンで予定を書いて置く。そんなに期待されるとプレッシャーだな……。
「赤司……オレの作る料理……その……期待外れだったらごめんね」
「何を言う! 光樹! 料理の最大の調味料は愛情だと昔から言うじゃないか!」
 赤司の赤い目がきらきら輝いている。オレはちょっと引きながらも、そういうもんかと頷いた。赤司が美味しそうな匂いを立てながら自分の分の食事を用意している間、オレは食べがらを洗ったり簡単な整頓をした。
 ――まぁ、赤司の整理整頓が完璧なんで、オレのやることなんて殆どなかったんだけどね……。

後書き
すっかり主夫な赤司様。
本当に何でも出来る人だなぁ。
今のところ降旗クンとの関係は良好である様子。
2019.04.25

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