ドアを開けると赤司様がいました 38

 ――オレはその日、生まれて初めてダンクを決めることが出来た。
「イェーイ!」
 オレは赤司とハイタッチをした。
「なかなか見事なダンクじゃないか! 光樹!」
「赤司の教え方がいいからだよ」
 その夜、オレは心地良い疲れに包まれて眠った。バスケはやっぱり楽しい。

 ――ん? 卵の焼ける匂いがする。これはオムライスだな。
 既に朝になっていた。目覚まし時計を止めたオレは、食堂に向かった。
 今日は月曜日だ。
「おはよ~」
「あ、おはよう。そのパジャマ、いい感じだね」
 パジャマは赤司が選んで買って来てくれたものだ。チワワ柄だった。どーでもいいいけど……オレの周りの人間は、何でオレをチワワ扱いしたがるのだろう。――いや、オレもチワワは好きなんだけどね。
「今日は赤司が当番だっけ?」
「そうだよ。忘れたのかい?」
「ううん。――赤司のオムライス、好きだな。懐かしくて、そのくせ優しくて……少しアンタに似てるよ」
「どうも」
 赤司がオレに礼を言う。ここのところ、取り敢えず、オレと赤司の関係はこんな風に進んでいる。平和で楽しい毎日。赤司はオレに小さな喜びをくれる。肉体関係を強要されることもない。
 ――オレは、赤司に大事にされていると思う。
 ふわっとした卵の匂いに、お腹がぐ~っと鳴った。赤司が笑った。――何だよ。
「光樹は可愛いね。ペットみたいだよ」
 はいはい、チワワみてぇだと言いたいんだろう? チワワでいいぜ。もう。
「オレのアレンジで作ったオムライスだけど、光樹には実家の味の方がいいかな」
「どっちでもいいけど」
「じゃあ、そのうち、キミの実家の味のオムライスも作ってあげるね」
 赤司が鼻歌を歌う。――オマエはこれでいいの? このままの関係でいいの? そう訊きたかったけど――訊けなかった。オレにも、このままの時間が続く方が都合が良かったから。
 打算的かなぁ。俺。
「また、1on1やろうね」
「うん。出来れば今日にでも!」
「あ、今日は遅くなるんだ。ごめんね」
 赤司が謝ることじゃないのに――赤司は忙しい身だ。T大で、成績優秀で、バスケ部の主将で、責任のあるポストをいくつも任されている。傍で見てて、大変だなぁと思う。自分が平凡で良かったと考えるのはこんな時だ。
 それでも、赤司はちゃんと家事をやってくれる。オレがやると言っても、赤司は責任感が強い。すぐにやり終えてしまう。赤司はすごい。
 赤司がこの家に来てくれて良かった。オレ一人だと途方に暮れるだろうと思うことが何度もあったもんね。
 ――赤司はもう大学へ行くらしい。見送ってからオレは、今日の荷物を確認する。ないものはなし――と。
 赤司が来たおかげで、オレも少し几帳面になったらしい。黒子が、
「良かったですね。降旗君」
 と、言ってくれた。――そうだ。LINE確認しないと。
 赤司からも来ている。
『オムライスは美味しかったかい? 光樹』
 ――何だ。直接訊いてくれても良かったのに。そしたら、美味しかったよ、と言ってあげるのに。……まぁ、改めて感想を聞きたかったのだろう。
『とても美味しかったよ。赤司』
 そう言って、オレはチワワのスタンプを使った。オレも日々、チワワ化してるなぁ、なんて。でも、チワワキャラを逆手に取るぐらいの強かさはオレにもあるのだ。
『良かった』
 今日はオレの一番の好物を赤司が作ってくれたから――オレも今日は湯豆腐にしようかな。幸い、オレの方はそんなに忙しくないんだし。
『オレ、湯豆腐作って待ってるよ』
 そしたら、
『ありがとう』
 の、一言。スタンプはなし。まぁ、赤司がスタンプ使ったらこっちもびっくりするからね。

 オレも車の運転免許を取ったけど、車を持ってない。赤司は持ってるけど。赤司が、貸してあげてもいいよ、と言ってくれたけど、車体を擦ったら困るのでオレは使っていない。
 最近、オレ達は別々に学校に行くことになっていた。自然とそうなったのだ。赤司も忙しいし、電車の中なら大丈夫だとオレが説き伏せて。――ただし、LINEでの定期連絡は忘れない。
『妙な男とか、近くにいないかい?』
 ――いる訳ないじゃん。そんなの。……今日は座れて良かった。LINEも安心して出来る。
『いないよ』
『そうか。ほっとしたよ。光樹と一緒に登校出来ればいいんだけどね』
 赤司と登校か。楽しくないこともなかったけど、どうもあれは神経すり減らすからな。
(赤司様よ)
(赤司様だわ)
 そう言って、赤司に注目して噂をする女子学生達。赤司は慣れているかもしれないけど、こっちは慣れていない。
(何であんな冴えない男と一緒にいるのかしら――)
 そう言われている気がして、緊張する。実際に言われたこともある。その時、赤司はオレの肩を強く抱いてくれた。まるで、(キミはオレの傍にいていいんだよ)とでも言うように――。
 その赤司も、今は隣にいない。寂しい訳じゃないぞ。――いや、ちょっと寂しいけど、赤司には赤司の事情があんだから。
 オレ達はどちらも大学生活は充実している。バスケも楽しい。
 先日習得したダンクを見せたら、驚くかなぁ、あいつら。――あいつらと言うのは、男バスの部員達のこと。
 それから――見学に来ている女子達。本当はいけないんだろうけど、顧問の先生は黙認している。
 ――楽しみだな。
 あ、目的の駅だ。オレは急いで電車を降りる。乗り過ごさないで良かった。
 ――誰か、人の視線を感じた。
 怪しい視線ではない。だけど……何と言おうか、熱っぽい目で見られているような。オレはそういう勘はいい方なんだ。
 でも、自惚れんな。オレ。こんな平凡なオレを好きだと言ってくれる変わり者は、赤司征十郎しかいないんだ。
 それもどうかと思うんだけどね。だって、赤司は男だし。でも、全然モテないよりはマシかな。
 何たって、赤司は超が付く程、素敵な男だし。
 オレだって、赤司が好きだ。だけど、その前に綺麗な女性が現れたら?
 ――赤司、ごめん。
 多分、オレ、そうなったら気持ちが少しぐらつくと思う。赤司のこと、ちょっとだけ忘れるかもしれない。――赤司は一生懸命オレのことを想っていてくれてるというのに。
 オレは、こういうところも平凡な男なんだ。――だから、ごめん。
 視線のことは、報告した方がいいんだろうか……。
 本当なら、報告した方がいいんだと思う。けれど、勘違いだったら困るし。これ以上赤司に心配をかけたくない。
 オレは赤司にいつもいつも心配ばかりかけてるから――。
 オレがつらつら考えている間に、視線とか、こっちを見ている人の気配はなくなっていた。
 どうせ、気のせいだろう。
 オレはそう片付けることにした。そして、走って大学へと向かった。
「おはよー、フリ」
「おはよー」
 オレは、大学でもフリと呼ばれている。
 朝練が始まり、今日もオレの代わり映えのしない一日が過ぎて行く――はずであった。

「おーい、フリ」
 放課後の練習の時間――。同じ学年の生徒の一人がオレを呼ぶ。何だろう。そいつがちょっとニヤついてやがる。
「――何?」
「キャンパスのマドンナが呼んでる」
「――マドンナが?!」
 オレは思わず叫んでしまった。けれど、きっと赤司関連なのだろう。――絶対そうだ。赤司とオレが同居しているのは皆知っているからな。
 けど、マドンナか……まず目の保養にはなるな。
 オレが行くと、彼女がにこっと笑った。
 マドンナというあだ名のこの女性は、ミス何とか――というのにふさわしい。頭も良くて優しくて、この三流私大には掃き溜めに鶴の素敵な女性だ。男子学生の憧れの的でもある。
「話があるんだけど――」
 オレは呼び出されて、彼女の話を待った。――まさか、オレのことが好きだとか、そういう話じゃないよな……。
 ところが、そのまさかだった。
「降旗君。ずっと前から好きでした。あなたのこともよく駅で見てました。お願いがあるんですけど……一週間だけ、私と付き合ってください」

後書き
降旗クンを好きな女性が現れた! 目が高いですね!
赤司クンの恋敵でしょうか(笑)。
2019.07.21

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