ドアを開けると赤司様がいました 37

「光樹。はい。ホットミルク」
「え? そんな、いいのに――」
「オレが飲みたかったんだから、ついでだよ」
 うーん、やっぱり赤司は、男の目から見てもいい男だと思う。――オッドアイの、もう一人の赤司は怖かったけどね。でも、あれも赤司の一部なんだ。オレの大切な、友の一部。
「どうしたの?」
「もう一人の赤司のこと、考えていた。あいつもやっぱり大切だなって」
「――あいつが聞けば喜ぶよ」
 そう言って、赤司が微笑む。
「あ、それから、ミルクありがと」
 温かいミルクは旨かった。赤司家の牛乳は美味しい。どんな牛乳嫌いの子も好きになると思う。ほわんとした、乳臭い赤ん坊に似た匂いが辺りに漂った。
「今日は土曜だし何もない日だからね。一日中光樹といられるよ」
「あぁ……」
 夏休みが終わってから約一週間が経っていたのだ。沢山の思い出のある夏休みも終わってしまってちょっと寂しい。
「どこか外へ遊びに行こうか?」
「んー……そうだなぁ……」
 布団も干したし、掃除もしたし……けど、外に出る気分にはなれなかった。
 はっきり言ってしまえば、家でのんびり過ごしたかった。でも、赤司はどうなんだろう。
「赤司は、どうなの?」
「オレ? せっかくだから光樹とここで休んでいたいな」
 ――何だ。結構オレ達って気が合うじゃん。オレと赤司は妙なところで意見が一致する。
「今日の昼は野菜炒め、作るよ」
「頼む。光樹の作る野菜炒めは美味しいからな」
「そんな……」
 何でも出来るチートな天帝、赤司征十郎に褒められると照れてしまう。よし、今日は腕を振るいますか。たかが野菜炒め。されど野菜炒め――こんなことで舞い上がってしまうオレは単純なのかもしれない。
 ミルクを飲んだ後、オレは赤司の分のカップも洗ってやる。――何か探し物をしている赤司の気配がする。
「光樹」
 赤司がオレを呼んだ。
「ん?」
「まだ昼休みには時間があるよね。音楽でも聴くかい?」
「いいよ。オレも音楽好きだもん」
 オレは特にJ-POPとかアニソンが好きだ。――赤司はクラシックが好きらしい。
「本当はレコードが好きなんだけどねぇ……」
 レコードかぁ……それも趣があっていいよな。オレも赤司も結構アナクロな趣味してんな。
 うちにはレコードはないけど、CDだったら、ある。カセットテープはあまりない。
「後でレコード買って来よう」
 赤司が一人、決めたようだった。オレも仕送りもらってるからレコード買う余裕はあるんだけど……自分で稼いだ金ではないので黙っていた。この部屋だって親父やお袋が部屋代出してんだもんな。赤司家と折半だけど。
 赤司だって、赤司家の人間として育てられている。結構どころではない程、裕福なのだ。
「――オレ、そのうちバイト始めようかな」
「そうか。家庭教師の口だったら、オレもあるし」
 流石チート。やはり学力に目をつけられたか。
「オレの高校の後輩がさ、オレに勉強教えて欲しいって。バイト代は弾むそうだよ」
 そりゃ、赤司に勉強教えて欲しい、という人は沢山いるだろうな。
「キミも家庭教師かい?」
「いや、コンビニ」
「コンビニでバイトかい?」
 ――赤司の綺麗な眉が顰められた。
「……なんか文句でも?」
「いや……それって深夜?」
「え? まぁ……昼は学校あるし。――やっぱり深夜だな」
「オレは……あまりお勧めしないな。夜の街って物騒だろ? この間、キミだって怪我を負わせられたばかりだし」
「ああいうことは滅多に起こらないんだよ」
「でもなぁ……何が起こるかわからないし、そんなに金に困ってる訳ではないだろ?」
「そりゃ、まぁ……でも、社会勉強として……」
「まぁ、光樹の判断に委ねるさ。――今日明日の問題ではないんだろう?」
 赤司の言葉にオレは頷いた。赤司も話がわかるようになってきたじゃん。心配症なところは相変わらずだけど。
「せっかくだからさ、今日は踊ろう」
「――踊る?」
 オレはほんの少し目を瞠った。そうすると、大きな目が更に大きくなるのだろう。――赤司が笑った。
「映画みたくさ、音楽かけて一緒に踊ろうよ」
 なるほど。それはいいかもしれない。けれど、映画と違うところは、オレ達は男同士だと言うことだ。――赤司が女だったら良かったのに。それか、オレが女だったら……オレは平凡な女にしかならないかもしれないけど、それでも。
 オレ達は部屋のテーブルを片付ける。
 クラシックの名曲が流れてくる。――プラームスか。赤司が曲名を教えてくれたことがある。オレは、ちょっとクラシックには疎いから。あ、でも、フィギュアスケートとかで流れる曲は好きだ。
 オレ達は、それに合わせて体を動かす。赤司がオレを抱き締める。そして、オレをリードする。
 ――赤司ファンが見たら、妬いちゃうね。きっと。
 赤司の体から爽やかな匂いがする。赤司の匂いだ。表現するのは難しいけど――とにかく赤司自身の匂いだ。
 オレはぼーっとしてきた。そこで、赤司の足を踏んだ。
「あ、ごめん。オレ、ダンス下手で……」
「いいよ。謝らなくて。――ここは公式の社交場ではないんだから」
 そういえば、赤司は社交界に出たことはあるんだろうか――あるんだろうな。やっぱり。
「赤司。アンタは社交界で踊ったことあるの?」
「ああ――けれど、光樹とこうして踊ってた方が楽しいな」
「後、バスケも、楽しんでるでしょ? 見ればわかるよ。赤司がバスケを愛してることはさ」
「ダンス部に誘われて、面白そうだとは思ったけど、オレにはやはりバスケがあるから――キミもバスケは好きだろう? 例え始めた動機が不純でも」
 ムッ。赤司のヤツ。言うじゃないか。――確かに恋した女の子に、何かで一番になったら付き合ってあげるって言われて始めたからって――。
 動機が不純なのはわかってるよ!
 ――それに、あの娘は、オレがトップ取っても赤司を選んだだろう。オレだってあの娘の立場ならそうする。それに、今は、バスケが純粋に楽しい。赤司との1on1も楽しい。
 そうだ。このダンスが終わったら、1on1やろうって言おうかな。ゆっくり休もうとは思ったけど、バスケは別だ。
 ああ、でも――今はこの匂いに酔っていたい。オレも……赤司と同じステージに立てるんだっていう夢を見たい。どうせ、これは夢なんだ。いつかは覚めるんだ――。
 赤司がオレの肩に鼻をこすりつける。ちょっと、恥ずかしいんだけど――。
 バスケでもダンスでも、オレは多分赤司に敵わない。でも、いいや。オレは、平凡な自分を恥じてないから。
 その自信をつけてくれたのは、カントクであり、誠凛の皆であり――赤司征十郎だった。
 曲が変わった。スケーターズワルツだ。リズムに乗るのが難しい。
「光樹。無理せず、自分のペースでいいんだよ」
 赤司がアドバイスをくれた。そうだよな。ここは社交ダンスの場ではないから、好きなように踊っていいんだよな。ちょっと狭いところがあれだけどなぁ……。
 オレが自分でアレンジした振り付けで踊ると、赤司がついてくる。――赤司のヤツ、リードされるのも上手いな。やっぱり慣れてるんだろう。
 オレは、自分で踊れるペースで踊った。壁や家具にぶつからないように、ゆっくりと、慎重に――。
 そして――。
 ――オレも流石に疲れて来た。赤司は言った。
「もうやめる?」
「そうだね。ちょっと……休憩したい」
 オレと赤司はソファの上に座った。――赤司がこう言ってくれた。
「キミはダンスもいけるね。光樹」
「そうかなぁ……なぁ、赤司まだ動けるか?」
「体力には自信あるけど――どうして?」
「飯食った後、近くのコートで1on1しない?」
「いいね!」
 赤司の目がきらきらと輝く。でも、オレは、ふと思ったことがあった。キセキの世代。それを纏め上げていた赤司が、オレとの1on1で満足するはずがないじゃないか――。
「――こっちから言っておいてなんだけど、オレなんかが相手じゃ赤司には物足りないかな」
「いやいや。キミも上達したしね。キミのプレイ、好きだよ。奇をてらわず確実に決めるところが」
 華のある赤司のプレイの方が見ていて楽しいとは思うんだけどねぇ……。黒子のバスケも、トリッキーでやってる方は楽しいし。でも、オレはオレのバスケで突き進むしかない。

後書き
ダンスをする赤司様と降旗クン。
疲れてても、バスケはまた別腹(笑)。
2019.07.19

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