ドアを開けると赤司様がいました 36

 黒子との電話が終わった後、俺は何となくぼけっとしていた。――病院でのことを思い出していた。
 救急センターから帰って来た日の翌日、オレは赤司と病院へ行っていた。そうしないと、赤司の気が済まないらしい。オレにも反対する理由はなかった。
 赤司が心配してくれるから――。

 オレの行った外科は、綺麗な待合室のあるところだった。新築の建物の匂いもする。
 灰色の髪の男がこっちを振り向く。
 あっ、あれは、福田総合の……。
 灰崎祥吾!
 髪はボサボサ。ドレッドヘアーではもうないけれど、間違いない。こいつは、技を奪うプレイヤー、灰崎祥吾だ。
「何だい? 光樹。知り合いでもいた? ――あ、灰崎だ。おーい」
 灰崎のこと、気軽に呼んでる?
「あ、赤司……」
 オレは赤司の陰に隠れる。
「あいつ、知ってんの?」
「帝光中のバスケ選手だったからね」
 ああ――そうだった。灰崎は帝光中だったっけ。灰崎がこっちを見る。にやりとヤツは笑った。
「よぉ、赤司――に降旗だっけ?」
 げぇっ! 何でこいつオレの名前知ってんの?
「そう。誠凛高校出身の降旗光樹だ。今はオレと一緒に暮らしてる」
 そんなに詳しく紹介しなくてもいいです。そして、一緒に暮らしていることも言わなくていいです。灰崎は吐息をついた。
「そうか。降旗、お前もか。――お互い野郎が相手で大変だな」
 ん? なんか、灰崎のヤツ、纏う空気が軽くなってないか? それに、どうということはないけれど――そう、同志に会ったみたいな喜びが微かに感じられる。オレは、灰崎のこと、よく知らないというのに――。
 灰崎の顔が険しくなった。
「――赤司。よくもオレをバスケ部に居づらくさせたな」
 赤司のいるバスケ部――中学時代の話だな。ということは、オレはあまり関係ないか。
「……済まない。あの頃のオレはチームの勝利が全てだったからね」
 灰崎の目が見開かれた。
「赤司――アンタ、変わったな」
「そうかい」
「やっぱり降旗のおかげか? ほら、その隣のチワワみたいなヤツ」
 む、灰崎。お前までオレをチワワ呼ばわりするか。青峰も、後輩の夜木も、そして、赤司もオレをチワワと呼ぶ。そんなにチワワに似てるか? オレ。でも、今に見てろよ。
 ――いつかチワワの本気を見せてやる!
「そうだよ。灰崎。降旗がオレを変えてくれた」
 赤司が言った。
「キミの方こそ、随分雰囲気が柔らかくなったな。――中学時代はもっと、触れなば切れんナイフのような空気があったように思うんだが」
「――馬鹿言うなよ」
 灰崎が言い捨てた。
「おめー、それ、どうした? 降旗。そのシップ」
「ああ、これ? ちょっと不良にやられてしまって……」
「喧嘩か? チワワのくせにやるじゃねぇか!」
 同類を見つけた嬉しさからか、灰崎の目が輝いたような気がした。
「キミと一緒にするんじゃない。光樹は己の尊厳を守る為に戦ったのだ」
 そんな大したもんではありませんが……。
「何だ。喧嘩じゃねぇのか?」
「キミは喧嘩だろう? ちっとも変わってないな」
「――おう。おかげであいつには怒られるわ、こんなところに連れて来られるわ、散々だぜ」
「あいつ?」
 赤司が訊く。すると、灰崎を呼ぶ声が聞こえた。
「――灰崎。オマエ、大人しくしてたか? おや? あそこにいるのは赤司じゃねぇか。よぉ、赤司。元気そうだな。何してんだ? 今。もう大学だったな。おめぇも」
「……虹村主将」
 ――虹村主将? もしかして、あのバスケ最強の中学、帝光中を率いていた、虹村修造? ――だって、あのアヒル口見覚えあるもん!
「おや、そいつは?」
「ああ。オレの同居人の降旗光樹です」
「こ、こんにちは。宜しくお願いしまちゅ……!」
「わはは、こいつ、噛んでやんのー」
 灰崎が笑っている。噛んだオレも悪いけど、失礼なやっちゃなー。
「誠凛の降旗か。木吉から話は聞いてる」
「木吉センパイご存知なんスか?!」
「ああ、アメリカで会ったよ。その――病院で。あいつも元気そうだった。もう現役に復帰してるよ」
「そうなんですか。オレもそれは聞きましたが。……良かったなとは思うけど、また怪我するんじゃないかと思うと……ちょっと心配だな……」
「降旗か。オマエ、いいヤツだな。オマエとは友達になれそうだ。うん」
 虹村サンが微笑みかけてくれた。
「えへへ……やっぱり大事なセンパイですから――」
 高校時代には一緒に戦った仲だし。一年の時にね。
「降旗~……虹村に騙されんな~……」
「何か言ったか? 灰崎。あぁ?!」
「す……すみません……」
「何だか中学時代の二人を見ているようですが。灰崎の髪も元に戻ってるし――」
 ふぅん、こいつら、昔からこんな感じなのか。赤司も帝光中だったから、よく知ってるんだろうな。中学時代の二人のことは。――ちょっと疎外感があって、オレは少しだけ面白くなくなった。
「こいつ、いつも練習サボっててよぉ。オレがいつも連れ戻してたんだよ」
「……あの……虹村主将はオレのこと怒ってないんですか? 灰崎のことで」
「怒る? どうして、オレが赤司……オマエのことを――」
「灰崎は乱暴者だけど馬鹿じゃありません。灰崎がオレのことを恨んでいるのは当然だと思います。けれど、その時、虹村主将はどう思ってたかと、気になって――主将は灰崎を可愛がってたし」
「乱暴な可愛がり方だったけどな。それに赤司。オレはてめぇのこと、まだ許しちゃいないぜ」
 灰崎が口を挟む。虹村サンが灰崎を一瞥すると、灰崎は黙ってしまった。
「だって、あん時ゃもう、赤司が主将だったろ? だったら、主将の決定に従うまでじゃねぇか。それに、オレが赤司の立場でも灰崎を辞めさせたかもしれねぇしな」
「嘘だね。虹村、アンタはそんなことはしねぇ」
「灰崎。オマエちょっと黙ってろ」
「へーい」
「それから赤司。――オレはもう、オマエらの主将ではない。まぁ、好きに呼んでもらって構わないが」
「じゃあ、虹村サンで」
「OK。ところで、少し気になったんだが、オマエら、一緒に暮らしてんの? 赤司。オマエ、さっき降旗のことを同居人と言ってたよな」
「オレにも、赤司に『一緒に暮らしてる』って紹介されたぜ」
「奇遇だな。実は、オレも灰崎と一緒に暮らしてる」
「……え?」
 赤司が驚きの声を上げた。こういう時は冷静でいられるのが赤司征十郎という男だと思ってたのに……。
「だってこいつ、目を離すと危なっかしいからな。喧嘩はするわ、知らん間に頭をドレッドヘアーにはするわ……」
「オレと喧嘩したヤツ、虹村がボコったじゃねぇか」
「灰崎~。余計なこと言うんじゃねぇ~。それから、オレのことは『虹村サン』だろうが~。何度言ったらわかるんだ? え?」
 虹村サンの背後から怒りのオーラが漂ってくる。
「お、虹村、てめぇ、赤司には好きに呼んでいいって言ってたじゃねぇか」
「赤司はいいんだよ。でも、オマエはオレの家の居候じゃねぇか。それに、赤司だってオレのこと虹村サンて呼ぶことに決まったろうがよ」
「何だよ。オレだって一人暮らしの虹村……サンの為に飯作ってやってるだろ? 家賃も折半してるし……」
「へぇ……オレ達と似た環境なんだな。ところで、どうして虹村サンは灰崎と暮らすことになったんですか?」
 赤司が虹村サンに訊く。虹村サンが続けた。
「こいつ、家の事情で、ちょっと居られなくなったんだ。それで、オレの家に来たって訳。――そんだけだ。アンタらは?」
 あ、それはオレが――
「オレが新居に行って『さぁ、新生活を始めるぞ』と張り切ってドアを開けたら赤司がいたんです」
「勝手に居座ったんです。オレの方が」
 赤司の言葉に、灰崎が吹き出した。話を盛ってると思われたかもしれない。けれど、最初はオレも信じられなかったもんな……。

後書き
私、虹灰も好きです。原作でももっと虹灰見たかった……。
またいつか書いてみたいものですねぇ。
2019.07.17

BACK/HOME