ドアを開けると赤司様がいました 34

 レポートの資料集めには赤司も手伝ってくれた。デートみたいだね、と赤司は言ったが、オレは傍からは友達同士の散歩に見えるんじゃないかと思う。
「本の匂いはいい匂いだね」
 赤司が言う。オレも本の匂いは嫌いではない。
「手伝ってくれてサンキュー。赤司」
「なんのなんの。――あ、オレが持つよ。……結構重いね」
「いいってば……自分の仕事なんだから自分でやるよ」
「昨日のキス代だと思ってくれ給え」
 赤司の言葉にオレは赤面した……んだろうと思う。急に頬に血が上った感覚があったから。
「ふふ、光樹は初心だねぇ」
「だから、揶揄うんじゃねぇよ……」
 レポートは死ぬ気で会心の作を仕上げた。――少しは赤司も手伝ってくれたけど。最後の一行を書き上げた時、オレと赤司はハイタッチをした。
「お腹減ったね。なんか作るよ」
 そして、赤司は店顔負けのチャーハンを作ってくれた。
「ありがとう。赤司。何から何まで――」
「なぁに、キス代だと思えば――」
 じゃあ、もっとすごいことをしたら、もっとすごいことで返してくれるのか? でもなぁ……。俺の体はぽっぽっと火照った。オレにはちょっと赤司征十郎は刺激が強過ぎる。
「ふふ……何を考えているんだい? 光樹は」
「え……いや……」
 オレは戸惑う。そして、チャーハンを頬張る。美味しい――。頭も休まる気がする。赤司は何でも出来てすごいな。英語のレポートだって、ちょっとだけど赤司の世話になったし――。
「あ、赤司……この家に来てくれて、ありがとう」
「ああ……」
 もしかして……赤司照れてる?
「キミは時々直球をかますね」
 はぁ?! バスケに直球ってありますか?! あ、あったかな……どうだろ……。
 でも、この男はどうしてこの家に来たのだろう……。赤司だったら引く手あまただと思うのに。何でこんな三流大学のオレの家なんかに……あかん。自分で思って落ち込んで来た……。
 前に緑間と高尾が羨ましかったという話を聞いたことがあったような気がするけど、じゃあ、ますますどうしてこの家に来たんだ? ――謎だ。赤司征十郎には謎が多過ぎる。
 赤司征十郎は二人いる、と聞いた時も、何でだろうと思ったし。まさか二重人格だとは思わなかったよ。双子か何かと思っていた。
 この家はそんなボロくはないけど、狭いし――赤司の体が火神並みにでかかったらつっかえちゃうだろうし。そういえば青峰も火神並みにでかかったな――。
「なぁ、赤司……何でこの家に来たのか聞いていい?」
「感謝の言葉の次のセリフがそれか……まぁ、誰かと暮らそうと思った時、一番に頭に浮かんだのはキミの家だったからね」
「何で?」
「それを言わせるのかい。キミは……」
 赤司も頬が赤くなっているような気がする。オレも「サーセン」と言って黙ってしまった。
「まぁ、キミが嫌いではなかった――というか、好きだったからね。オレも、もう一人のオレも」
「はぁ……」
 照れるな。こういうの。お見合いみたい。
「チャーハン、どうだい?」
 赤司が話題を変えた。
「とっても美味しいです……」
「ありがとう。父はオレに料理も習わせたが、それが役に立ったみたいだね」
「でも、チャーハンなんて庶民の味じゃない? 赤司の父さんはそれも習わせたの?」
「――オレ、料理は好きなんだ。独学もあるよ」
「そっか……」
 独学でこんな旨い料理が出来るなんて、ホントにチートだよ、アンタ……。
「キミも料理は上手いじゃないか」
「え、そりゃ、オレも料理が好きだから。でも、赤司には敵わないなぁって思うんだけど……」
 それを聞くと、赤司は嬉しそうに目を伏せた。あ、やっぱり睫毛長い……。
 うちの大学にも赤司狙いの女は多いのにな……一部男もいたけど……。
(降旗クン。赤司様と住んでるんだって? 是非紹介して欲しいなぁ)
(赤司様っていい男だよね。降旗クンの家なんかより、うちに来てくれればいいのに――)
(よぉ、降旗。赤司ってさぁ、一緒に住んでみた時、どんな感じ?)
「そりゃ、オレは三歳ごろから母さんの手伝いしてたもの。いくら光樹でも、その頃はまだ親の手伝いなんかせずに友達と遊び回っていただろう?」
 ――オレは、赤司の言葉で物思いから覚めた。だけど、ちょっと辛辣な言葉をかけられたのはわかる。確かにオレは友達と遊んでばかりいたなぁ……。
「赤司は帝王学とか、幼い頃から仕込まれていそうだけど。それをやれちゃう赤司というのがすごいなぁ……」
「ふふ……」
 赤司は少し得意そうに笑った。努力の跡も見せず、ひたすら努力して――だから、赤司征十郎は皆に頼りにされるし、皆に好かれるんだ……。
「光樹は皆に好かれるんだろうな――」
 え? 今の、赤司の声?
「まーたまたー。赤司の方がモテるじゃん」
「光樹は皆に好かれるよ。とても……笑顔がいい」
 笑顔を褒められたのは初めてだな――両親以外。
「それから、自然体だし、皆に優しいし――オレはこの家を選んで良かったと思うよ」
 オレは、それを誠凛の皆に感じていた。皆、オレに優しかった。バスケをひたすら楽しんでいた。――後輩の朝日奈や夜木はどうしてるかな……。日向サンはスイッチが入ると怖かったけど、面白い人だったし……。
「何を考えているんだい? 光樹」
「――高校のチームメイトのこと」
「高校時代か! オレも高校時代は楽しかったよ! 黛サンには気の毒なことしたけど……」
「うん、あれはちょっと酷かったね」
「でも、和解したから。黛サンも『最後の一年は楽しかった』って言ってくれたし――」
 そっか……黛サンも意外と器でかいな……。
「それから、実渕サンはオレの相談にものってくれたし、根武谷サンも面白い人だったし、葉山サンは先輩なのに童顔で可愛かったし――」
「ちょっ、ちょっと待って……」
 オレはせき込みながら言った。
「何? 葉山サンが可愛いって言ったの気にした? 大丈夫だよ、光樹。キミも充分可愛いから――」
「そうじゃなくて、サンづけ、サンづけ――オレ、アンタは他の部員のこと呼び捨てにしてるんだとばかり思ってたから」
「ああ。あれは試合だけだよ。プライベートでは彼らは先輩だからね」
「そっかぁ……赤司にも年上を敬う気持ちがあったのかぁ……」
「どういう意味だい? 光樹。オレ、ちょっと傷ついたよ……」
 オレはそんな赤司の言葉をスルーした。どうせ傷ついたってのも冗談だろうしね。それをいちいち気にしていたら、かえってこっちがつけ込まれちゃう。
 どうだい。オレの赤司の扱い方も慣れたものだろう。
「光樹……キミはまだまだだよ……」
 え? もしかして赤司、またオレの心読んだ? それに、まだまだだよ……って、某テニス漫画を思い出すんだけど……。
「やっぱりキミはわかりやすいね」
 顔色を読んだのか……しかし、それを出来る赤司にはやはり警戒が必要だな……。
「ほら、警戒してる」
「わ、わかった?」
「やっぱりキミは面白いね。光樹。それに可愛いし。オレにとってはペットみたいなものだよ。いや、違うな。キミはオレにとっての恩人だ」
「赤司はオレのことをチワワか何かだと思ってたのか? それに、オレは可愛くなんてないぜ」
 くっそー。このままだとシャクだな。なんか逆襲の手は……。おっ、そうだ。
 オレは立ち上がって、赤司をオレの方に向かせた。そして、額にキスをした。
「光樹……?」
「どうだい。意表をついただろう」
「光樹……キミは何てそんなに可愛いんだ……」
 あれ? もしかして、赤司、喜んでない?
「やっぱり、キミは手放したくない。――けれど、そう言ってられなくなる日も来るだろうな。キミは可愛いよ。光樹……可愛いから……心配なんだ」
 ――ふぅん。確かに、オレはチワワとか猫とかと似てるって、一部の動物顔好きにはウケてたようだけどな……。
 夜木のヤツもオレをチワワみたいだと言ってたし。夜木、オレだってオマエより一学年上なんだぞ。
 そして、赤司も……オレよりえーと……とにかく、オレより後に生まれたんだ。それなのに、ペット扱いしやがって! でも、あれ? さっき、オレのこと恩人だと言ってなかったか?
「赤司。オレのどこが恩人なんだよ」
「それは今は秘密」
 赤司が人差し指を口元に当てた。なんだよー。赤司のケチ。ケチケチケーチ。オレの方が恩売られてんのに気づかないのかよ……。

後書き
私も降旗クン可愛いッ!と思います。
高校のチームメイトのことについて話す赤司様。
私は玲央姉が好きです。
2019.07.13

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