ドアを開けると赤司様がいました 33

 ――音がした。赤司だ。
 オレは布団の中で固まった。何もしない、大丈夫、赤司は俺に何もしない……。オレは、必死で自分に言い聞かせた。
 赤司は俺の寝床を通り過ぎて、部屋を出て行った。
 ほーっ。やっぱり赤司は急く気はないらしい。良かった。本当に赤司征十郎は、心臓に悪い男だ。
 けど、どこ行ったのかな。気になってオレも起き上がり、部屋を出た。どうせこんなんじゃあ寝られやしない。かと言って赤司をこの家から追い出すことも出来ないし――。
 両親にチクれば、赤司から引き離されるだろうが、オレにはそんな気はない。
 ジャー。蛇口の音。
 あ、赤司は水が飲みたかったんだ。
「――光樹?」
「や、やぁ……眠れなくてさ……」
「起こしてしまったかい?」
「いやぁ……どうせまどろんでいただけだから……オレも水……」
 赤司が水を汲んでくれた。コップをオレに渡す。
「ほら」
「――ありがと」
「喉がからからでね……普段はこんなことないんだけど……」
「暑いからだと思うよ」
「そうだね。まだ夏休みだもんね――思えばいろいろなことがあったな。今日は――もう昨日か。一大告白してしまったし」
「……それはオレもだよ」
 赤司がじーっとオレを見つめる。
「な……何だよ」
「キミはまだノンケだな。――そう思って」
「――そりゃあ、赤司だって男だもの。オレもパニクっちゃって……」
「綺麗な可愛い娘から告白されたらそっちに転んじゃうんじゃないかって、心配なんだ。光樹はモテるしね」
「――モテねぇよぉ」
 何を言ってるのだ。赤司は。オレがモテねぇのはわかっているくせに。赤司の方が何倍もモテる。顔良し頭良し、それに大金持ちのお坊ちゃまと来ているのだからね。モテない方がおかしいよ。
 それに、もう一人の赤司と溶け合わさった赤司は、紳士で優しいし――オレに微妙な問いかけをすることもあるけれど……。
「オレが手を出すと言っても、怖くないのかい? 光樹は」
「ん。普通に怖いよ。だけど、その時は赤司がリードしてくれると思ってるから――」
「いい子だな。光樹は」
「オレはアンタより年上なの! それだけ聞き分けがいいだけなんだってば……」
「なるほど。キミの言う通りかもしれない。聞き分けのいい猫は好きだよ。ここから引っ越す時は、ペットを飼える部屋にしようね。――猫がいいかチワワがいいか……チワワはもういるけどね」
 オレはチワワだって言いたいのか……。赤司がオレの隣りに座った。
「乾杯」
 ちりん、とガラスのコップの合わさる音がした。赤司はそれを丁寧に飲む。
「やはりミネラルウォーターの方が旨いな」
 ――などと言いながら。オレにはミネラルウォーターと水道水の違いがさっぱりわからない。だけど――。
「じゃあ、ミネラルウォーター買って来る」
 と立ち上がった時、赤司に引き止められた。
「光樹……こんな夜中に出て行ってもし誘拐でもされたらどうするんだい?」
「え? でも、オレ、男だし大学生だし……」
「昨日のことを忘れたのかい? キミはすぐ無茶をするから……傷だってまだ癒えてないだろ」
 そう言えば、シャワーをしていた時も傷に響いて困った。丁寧に体を流し終えたが、やっぱりあの時もぴりっとした痛みが走った。
「……わかった」
「オレは水道水でも我慢する。だから、オレの為に無理はしないでくれ」
 単なる近所への買い物じゃないか。昔から赤司はオーバーなんだ。
「忘れてたよ。オレの何気ない一言が、赤司には強く響くことがあるってことを」
 オレが言った。うん、そうなんだよね。俺ら価値観が違い過ぎるから。でも、それが面白くもあって――。
「価値観の違いから来る性格の不一致なんていうのも面白いぜ」
「光樹……やっぱりオマエはユニークだ」
 そう言って、赤司は笑った。
「本当は、大人が羨ましいんだ」
「オマエはもう大人だろ?」
 オレは皮肉を交えて赤司に言ってやった。オレはまだ童貞だと言うのに。
「そういう意味じゃなくてさ……オレ達まだ未成年だろ? 酒とか飲めないじゃないか」
 ――ああ、そういうことか。
「こういう時でもさ、オレはオマエと酒を酌み交わしたかったよ……」
「父親と酌み交わせばいいんじゃね?」
「勿論、父様とも酌み交わしたいさ。――ああ、早く大人にならないかな……」
「年を取るのなんて、すぐだよ。オレだって、あっという間に夏が来て、『ああ、時間の流れが早くなったな』って思うもん」
「オレは濃密な時間を味わえたが?」
「そりゃ、オレだって、赤司が来てからいろいろあったさ――」
「もうすぐ夏休みも終わりだね……」
 何となくまったりしつつ、グラスを傾けた時、オレはあることに気が付いた。
 しまった。
 ――オレはまだレポートを作成していないんだ。しかも、相手は怖いと評判の教授!
「赤司! 先に寝ててくれ! オレは今からやらなければならないことがある!」
「何だい?」
 赤司がのんびり構えている。ああ、今だけは、赤司とオレの中身、代わって欲しい! 確かそういうファンタジーあるよな?! オレがテンパっていると、赤司がそっと肩に手を置く。
「心配するな。光樹。何があってもオレが傍にいる」
 ああ、赤司……あ、そうだ。これは赤司の得意分野かもしれない。
「レポートっ! 休み中に書かなきゃいけないんだ! しかもそのクラスの教授はこわーいので有名で……」
「それが何か?」
 赤司がしれっと受け流す。
 ああ、そうか――赤司は要領いいから、こういうのは平気なんだよな……。
「頼む! 赤司! 手伝ってくれ!」
「――ふぅん。タダでこのオレにモノを頼むのかい」
 赤司め、本性を表わし出したな……。
「何でもするから、頼む」
「じゃあ、オレの頬にキスしてくれ」
 ――へ?
「そんなんで、いいんですか?」
 赤司は、「ああ」と答えた。
 オレは、それではあまりにも釣り合いが取れないんじゃないかと思ったが、頬にキスでレポート手伝ってもらえるなら好都合。オレは赤司のつるんとした肌に口づけをした。赤司のヤツ、美肌だな。
「ありがとう。じゃあ、やりますか。何のレポートだい?」
「英文学のレポートで――」
 オレは文学部に入った。理由は楽そうだからだ。通り一遍の講義をする先生の中で、一人だけ、浮きまくっている先生がいる。英文学を担当する、熱心過ぎる教授だ。
 でも、オレはその先生が嫌いじゃない。口やかましくても、熱意があるからだ。
「赤司! やっぱりオレ、自分の力で頑張ってみる!」
「え……いいのかい?」
 赤司は拍子抜けしたようだった。
「やっぱりこういうのってさ……ドラ〇もんを頼るのび太みたいじゃない」
「別にそれでも構わないけどね。オレは」
「でも……その人、教授なんだけど、その教授に馬鹿にされたくない。赤司に手伝ってもらったら、ずるなような気がする」
「わかったよ。テキストはあるのかい?」
「えーと……確かこれに一覧が」
 オレはごそごそと荷物を探し、赤司にメモを渡した。赤司はふむふむと熱心に読み込んでいく。
「いつまでだい? 期間は」
「夏休みが終わるまで」
「じゃあ、この資料は起きたら集めよう。今はもう寝ようじゃないか。――それにしても、オレは光樹を担当した教授に感謝だな。……キミが頬にキスしてくれたからな。でも、オレだっていつかキミにお返しをしなきゃね」

後書き
ふふふ、赤司様役得(笑)。
水道水で乾杯もいいなぁ、と自分で書いてて思いました。
二人で酒を酌み交わす、というシチュエーションも好きなんですけどね。
2019.07.11

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