ドアを開けると赤司様がいました 31

 あー、すっかり汗だくになっちゃった……。汗の匂いは嫌いではないけど。バスケではみんな汗だくになるし。
 蒸し暑い夏の夜、虫のすだく中、赤司が予言めいたことを口にした。
「――青峰が一人で練習してる」
 青峰が? もう帰ったんじゃなかったのか? でも、青峰なら有り得るよなー。でも、どこで? ――あ、いた。
 即座に青峰とわかる立派な体格。火神とタメ張るんじゃないかなぁ……。青峰と火神かぁ……改めて考えてみると少々えぐい妄想になっちまうな……。でも、恋しちまったってんなら仕様がない。
 でも、黒子も火神が好きで……どっちも大切な友人だ。オレはどっちを応援すればいいんだろう。
 青峰がフォームレスシュートを決める。流石だな。
「青峰、帰ったんじゃなかったのか?」
 オレが声をかける。
「ちょっとな……家に帰るの億劫で……そんな時、上手い具合にボールが転がってたから自主練してたんだよ。――赤司、1on1やんね?」
「ああ――でも、今日は光樹が……」
「やってよ、赤司!」
 青峰と赤司の1on1なんて是非見たいじゃないか!
「わりぃな、フリ。怪我してるところ」
「いいんだ。オレ、観てるだけだし、お医者さんは異常なしって言ってたし」
「それじゃ、やるか。――赤司」
「――オレに勝負を挑んだことを後悔するんだな」
 ティップオフ!

 結果は――やはり赤司の勝ちだった。
「青峰。一人アリウープにますますキレが出て来たじゃないか。……上達したよ」
「何の。おめーも緑間ばりのロングシュートを放つことが出来るなんて知らなかったぜ」
「……練習したからね。緑間にも負けたくなくて」
「かはっ。負けず嫌いは相変わらずだな」
 うおおおお! なんかすげぇもん見ちまったー!
「赤司! 青峰! おめーら、本当にすげぇな!」
「おう……てめぇとは格が違うんだよ、格が……」
 ピキ。――赤司のこめかみに青筋が入ったような気がした。
「オレの光樹を馬鹿にしたな……」
「してねー、してねー」
 途端に青峰は青くなった。青くなる青峰――元誠凛の伊月センパイだったらそう言うだろうな。面白くも何ともないけど。
「……まぁ、オレも昔は光樹を軽く見ていたから、人のことは言えないけど。光樹は何かその……チワワみたいで」
 どうせオレはチワワだよ。でも、チワワにはチワワなりの戦い方があるんだ。今度、それをこの二人に教えてやろう。今はまだ――軽度とはいえ怪我してるから無理だけど。
「どうした? 光樹。チワワと言われてふてくされているのかい?」
 赤司の汗の匂いがオレを落ち着かせる。汗まで爽やかな香りがするなんて、この人――女子生徒が憧れるのもわかるような気がする。
「まぁ、オレもチワワは好きっスから――」
 今はもう、赤司に馬鹿にされてはいない。それどころか、バスケ以外のところでは頼りにされてる部分もあるって知ったから――。
 でも、赤司は本当にオレに恋してるのだろうか。一度は信じたものの、本当は今はまた半信半疑に逆戻りなんだよな。そりゃ、オレだって赤司は好きだけど――。オレの視線に気が付いたらしい赤司が笑顔になった。
 青峰が言った。
「おめーらの部屋、鍵はかかってないままだぜ。鍵持ってねぇもんな。俺ら。ゴミは黒子が持ってった」
「そうか、ありがとう。けれど、高校時代はオマエがなかなか練習に来ないって桃井がこぼしてたのに……自主練なんてどういう風の吹きまわしだい?」
「オレは……あいつに負ける訳にはいかねぇんだよ」
「――火神かい」
「……そうだよっ!」
「彼は君の唯一のライバルになるかもしれないね。今度勝ったらプロポーズでもするつもりかい?」
「――何でそうなるんだよ」
 そして、青峰はちっと舌打ちをした。
 赤司……お願いだからもうやめたげて……。アンタがそういう冗談が好きなのはよっくわかったから。
「プロポーズ云々はともかく、あいつの力は認めてもいい――おら、これ返しとけ」
 青峰は今まで人差し指で回していたバスケのボールを赤司に寄越す。
「じゃあな」
 青峰は去って行った。やっぱあいつも……かっこいいよなぁ。なんとなくほけっとしていると――。
 赤司に肩を叩かれた。
「光樹。今度こそ帰ろう。我が家へ」

 部屋には漬物の匂いがした。
 あっ、そういや、青峰達コンビニ弁当食ったんだよな。そんで、オレ達の分も買ってあるって――オレはリビングを見回した。やっぱこの時期だから冷蔵庫にしまってあった。
「赤司どっち食べる?」
「幕の内弁当」
「へぇ~、意外」
 というか、赤司家の坊ちゃまがコンビニ弁当食うと言う事実の方が意外だよな……。
「おかずがいろいろ入っててお得じゃないか」
 赤司、それ、エンゲル係数で苦労している主婦の発想だよ……。じゃあ、オレはこっちのハンバーグ弁当だな。ハンバーグ弁当好きなんだ。それをレンジでチン!
 弁当を温めた後、オレが鼻歌を歌いながら箸を割る。
「いただきます」
「光樹はハンバーグ弁当が好きなんだよな」
「うん。――どうせお子様味覚だろ? 湯豆腐でなくてごめん。湯豆腐作って待ってるつもりだったんだけど」
「湯豆腐はもっと他の時に食べれるさ。――家に帰ったら話があるって言ったよね。その話を今ここで、していいか?」
「いいけど――食事の合間に話せる話なら……」
「じゃあ、言うよ。光樹……実はオレはLGBTなんだ」
 LGBT……性的マイノリティー……。
「うん、それで?」
「それでって……驚かないのかい?」
「赤司ってさ、いろいろチートだしさ、そういう秘密を持っててもいいじゃん」
 そう言ってオレはハンバーグをもぐもぐ。
「……キミのせいでもあるんだからな」
 ムッ。
 流石にそれにはムカついた。
「何でオレのせいで赤司がLGBTになんだよ!」
「オレは――どんな女とも恋に落ちることはなかった。相手はオレに夢中になったけどね」
 ちぇっ。自慢かよ。上等じゃん。
「何だよ。拗ねてるのかい? ずっと昔……中学生の頃だったかな。あんなに女にモテて文句があるなんて贅沢だって、青峰にも言われたけど――この間、あいつが『赤司の気持ちもわかるようになった』って、ぽつんと――」
 なんか、夕飯の話題にしては、重い話だな……。
「でも、そんなこと、何でオレに言うの? そういうの扱ってるカウンセリングとか、病院行けばいいじゃん」
「病院なんか行ったってムダだ……降旗光樹! これはキミのせいなんだ! アブノーマルに目覚めたのは!」
 赤司がオレを指差した。それに、近頃は珍しくなったフルネーム呼び。
「え……何で……オレのせい……」
「お前があんまり魅力的だからだ!」
 え……?
 オレの頭は真っ白になった。魅力的だなんて、女の子からも言われたことはなかった。平凡でつまらない男――オレが密かに好きだった娘がそう陰口を叩いていたのも聞いたことがある。
 それに、リリィだって……。
「赤司。今は四月一日じゃないんだよ」
 オレは、こういう時の常套句で話題をはぐらかそうとした。
「オレだって――冗談でこんなこと言えたらどんなに良かったか。でも、本気なんだ。キミは男だろう? 男が好きな男はゲイだろう? でも、オレは今まで自分がゲイだとは思わなかった。女にだって身体的反応は示すし――だから……バイなんじゃないかと……」
 ふっ。オレは思わず笑ってしまった。天帝赤司様がそんなことで悩んでいるなんて――。
 答えは本当に単純なことなのにね。
「それは男だからじゃなく、オレだからこそ好きってことじゃない? オレは、他の男にはごめんだけど――アンタにだったら抱かれてもいいと考えたことがある」
 それは多分今日が初めてだけど。このことは言わないでおく。
「そう……なんだろうか……でも、光樹を見ているうちに、キミの魅力に惹かれて行って――」
「――あのさ、赤司。アンタ、もしかして恋したことなかったんじゃね?」

後書き
バスケのシーンはよくわからないので割愛しました。
それにしても、降旗クン、赤司様に何てことを!(笑)
2019.07.06

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