ドアを開けると赤司様がいました 30

 駅前の繁華街は賑やかだ。
 もう既に出来上がって、アルコールの臭いをさせているおじさんもいる。流行の服をまとった若者もいる。女性もいる。――何故か子供は見当たらない。
 その中をオレは――ずんずん進む。どこへ行くあてはなかった。ただ、赤司に会いたかった。
 赤司が帰って来たら、桃井サン達から連絡が来るだろう。でも、それまでじっとしていられなかった。
「おーい、兄ちゃん」
 ――げっ! まずい!
 不良っぽい三人組だ。オレは、昔からこういうヤツらに絡まれる。チワワオーラでも出ているんだろうか。
「なぁ、金貸してくれへん? オレのダチがな――突然気分悪くしてん」
 お、大阪弁だ~。インチキかもしれないけど。
「なぁ、金貸してんか? ――潮くさいな、オマエ。わかった。昼に海水浴場でも行って来たんやろ。余った金でジュースおごってくれよ、な」
 オレは、こういう時は、金を出すことにしている。それで解決するなら、それでいいと思っていたからだ。
 けどオレは――今は出さなかった。
 こいつらは、弱い。赤司のような本当の強さはない。オレだって、五か月間近く赤司と一緒にいた訳じゃない。ずっとあの赤司オーラのプレッシャーに耐えていた訳ではない。
 オレは、不良達を睨みつけた。
「てめーらのようなヤツに、金はやんねぇ」
 結果論から言うと――オレはジュースくらいおごってやった方が良かったかもしれない。けれど、オレにも男としての意地があるのだ。
「何だと? このぉ――!」
「やっちまえ!」
 オレらは不良達にフクロにされた。――こういう時、道行く人々は関わるのを恐れる。オレだってそうだったもん。
 ごめんなさい。
 オレは、心の中で謝った。こうやって暴力を振るう相手にではない。赤司にだ。
 ごめんなさい。ごめんなさい。――赤司。
「何をしている――オマエら」
 この声は……まさか、赤司?
 もしかして、オレが願っていたから、幻聴が聞こえた――という訳ではないよね。
「そいつを離せ。オレはその男の――親友だ」
 赤司……。
 すごいオーラだ……バスケで、オレが敵側のチームだったらぞくっと背筋に悪寒が走る程の――。
 赤司征十郎が怒っている。
「行こうぜ。なんかやべーよ。あいつ……」
「ああ……」
 不良どもは逃げて行った。――赤司は深呼吸をして、普段の彼に戻っていった。
「大丈夫か。光樹」
「う――うん……」
 体が痛いけどね……。後で医者に診てもらわなくて大丈夫だろうか……。
「そうか……良かった。痛くない?」
「ん……ちょっと、痛い」
「救急センターに行こう」
「いや、そこまでじゃ……それにしても……何で来たの? 赤司――」
「偶然通りかかったものでね」
「でも、何でオレなんか助けたの? オレなんて、赤司にサイテーなこと言ってたのに……」
「別に、サイテーでも何でもないよ。むしろオレは――光樹に済まないと思ってた。こうやって会えたのも、運命だね」
 赤司がにこっと笑った。
「あのな、赤司……オレ達の家に戻ろうよ。あ、ちょっと待って。青峰達があの部屋で待ってるんだ。その……オレ達が心配で訪ねて来たらしいから――。青峰と、桃井サンと黒子が。電話していい?」
「どうぞ」
 オレはスマホを取り出した。
「あ、青峰?」
『――よぉ。声が明るいってことは、良い知らせだな。フリ』
「赤司が見つかったよ。――早く帰る」
『おう、良かったな』
 青峰の声が優しい。何で、こんなオレに優しくしてくれるんだろうな。みんな――赤司だって。オレは、つい涙をこぼした。不良に絡まれて一方的にやっつけられても泣かなかったというのに。
『今、黒子が買って来たコンビニ弁当食ってる。――費用は黒子持ち。ゴミは持って帰るから。さつきが作るって言ってたけど、あいつの料理は料理じゃねぇもんな。最終兵器だぜ』
 オレは、くすっと笑ってしまった。
『おめーらの分も買って来てある。待ってっからな。フリ』
「うん……」
 こんな風に、誰かに待たれてるっていいなぁ……。
 ――オレはスマホを切った。
「青峰が、コンビニ弁当買って待ってるって」
「そうか……元凶はあいつだが、赦してやってもいい」
「ううん。オレが――赤司の気持ちを汲み損ねたから――」
「ああ、そのことか――」
 赤司は何か考えあぐねているようだった。そして、続けた。
「オレは――光樹のことを汚したんじゃないかと、ずっと気になってた」
「汚したって……赤司何にもしてねぇじゃん」
「その、想像の中では、その……」
 赤司は言い淀む。こう見てると、赤司も年相応の男なんだな。それに……天帝赤司様にこんなことを言うのは何だけど……赤司が可愛い……。
 だから、正直に言った。
「赤司、可愛いね、アンタ」
「……冗談言ってる場合じゃないだろう……」
 そう言いながらも赤司はその場にうずくまった。
「どう表現したらわからないけど……オレも、アンタが好きだよ」
「本当にか?」
「ほんと、ほんと。だからかさ――立ち上がって。早く帰ろう。……我が家へ」
 オレは手を取った。赤司はオレの手を取って立ち上がった。
「ありがとう。光樹。それから――家へ帰ったら話がある」
「どうして? ここじゃ駄目なの?」
「いや、ここは――人目があるから……」
 誰も気にしていないと思うけど。――いや、思ってたけど、何だか、みんなこっちを見ているような気がする。自意識過剰じゃない。みんな、赤司を見ている。赤司は人の視線を集めるような磁力があるから――。
 オレは、赤司と手を繋ぐ。このくらいはいいよね。――あの祭りの日に手を繋いでいた緑間と高尾の気持ちがわかった気がした。

「やっぱり、救急センターへ行こう」
 オーバーだな。赤司は。――まぁ、今に始まった訳ではないんだけど。
 でも、オレもちょっと気にはなる。青峰に連絡を入れて、救急センターで診てもらった。結果は大したことないというものだった。でも、念の為、お医者さんにまた病院に来るように言われた。
「良かったね、光樹。――オレのことを探しに来たんだって?」
「ああ……うん」
「あいつら――オレの光樹に……けど、オレも悪かった。遅くなるからって一言入れてれば……でも、オレもあの家を出るつもりでいたから……光樹に嫌われたと思って……」
「いいや。オレは、赤司が好きだよ」
「――ありがとう」
 赤司がオレを抱き締めてくれた。嬉しいけど、いてて、傷が……。その時、マナーモードのスマホが震えた。連絡が来た――そう言うと、赤司がオレから離れた。青峰からだった。
 オレの怪我が大したことないと知った青峰達は、今日はもう帰ることにしたらしい。待ってるつもりだったけど悪ぃなという青峰。オレには赤司もいるし、今までありがとうと伝えた。その後、オレは、青峰達を勝手に部屋に上げたことを赤司に詫びた。
「いいんだよ。それは……あいつらも責任感じて来たんだろうから……心配されるって、こそばゆいけど嬉しいね」
 赤司の様子は穏やかだった。
「けれど、どうしてやられっぱなしだったんだい?」
「不良どもに、ジュースおごれって言われて……それぐらいしても良かったんだけど……何故だろう。オレも意地っ張りだったからかな」
「いいんだけど……光樹、キミ、少し逞しくなったんじゃないか? 強くなったというか」
「……え?」
 だとしたら赤司のおかげだ。赤司のような物凄いオーラの持ち主と、この四月から一緒に住んでいたから――。赤司は優しかったけど、やっぱり威圧感と言うのはあったから……。怖くはないんだけどね。
「そう、赤司……赤司のおかげで、オレは強くなれたよ」
「それは嬉しいね。オレも、光樹のおかげで優しさを知ったよ」
 赤司。酷いこと言って、ごめんね――オレが囁くと、赤司の満面の笑みが街灯に照らされた。

後書き
降旗クンと赤司様、仲直り出来て良かった良かった。
赤司様が可愛くなってしまった(笑)。
2019.07.04

BACK/HOME