ドアを開けると赤司様がいました 3

 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……。
 オレは肩で息をしている。それというのも赤司のせい――いや、オレにも責任はあるかな……。
 同じ大学に同じ電車に乗っていた女子生徒がいて、噂が噂を呼び、オレは質問責めに合いくたくたになってしまった。
 オレが赤司と同居生活していることももう学校中の人間が知っている。
 教授にもオレをじろじろ見られ、
「へぇ……」
 と言われた。感じ悪いったらない。
 バスケがしたいな……と思った。オレはバスケ部に入部届を出した。
「降旗光樹……もしかして誠凛バスケ部の?」
「――はい」
 大学では運動部は既に高校時代から目をつけられていた生徒が入っていくと聞く。オレなんかお呼びじゃないかな……。
 顧問の先生らしき男の人がぱっと目を輝かせた。
「君なら大歓迎だよ! 実はキミが一年の頃から注目していたんだよね! キミ、年を追うごとに上手くなっていくなぁって――それから相田サンもキミを推してたし」
 相田サン……ああ、カントクか……。顧問の先生に推薦してくれてありがとうカントク。
「君の地味に見えて堅実な能力が欲しかったんだよねぇ……」
 つまりオレに派手さはないってことか……。
 まぁいいや――赤司なら引く手あまただったろう。
「これから宜しく。降旗クン。――23日に新入生歓迎会があるようだからね。俺は家があるから行かないけど」

「ふぅん……」
 引き上げ湯葉を食べながら赤司はオレの話を聞いていた。オレなんかの話のどこが面白いんだかわからないが、赤司は上機嫌で聞いていた。
 ――コンパの話が出るまでは。
「それで? 行くのかい? 光樹は」
「え? 行っちゃダメなの?」
「なるべくなら行って欲しくないな。危ない男に出会ったらどうする」
「――何それ。……赤司だってバスケ部に入るんだろ? コンパに誘われたんじゃない?」
「当たり前だろう。――だけど、断って来た」
「何で?」
「――その訳を君は訊くのかい?」
 その後、赤司は貝のように黙ってしまった。オレも何も言わずはふはふ、と引き上げ湯葉を食べた。熱くて美味しそうな匂いがして、実際美味しい。

 オレが鍋を洗っている最中、赤司は言った。
「オレにはキミの行動の自由を奪う権利はない」
 ――え? 何? 何でそんな当たり前のこと言うの?
「赤司……」
「コンパを楽しんでおいで」
 そう言って赤司は柔らかく微笑んだ。
 赤司って……基本的にいいヤツなんだよなぁ……。
「なぁ、赤司。彼女サンには連絡しておいた方がいいって」
「必要ない」
 赤司が今度はにべもなく言った。
「彼女サンは赤司を誤解してるんだと思うよ。それか、喧嘩したからぎくしゃくしてるだけだとか――」
「オレの彼女はバスケだよ」
「――オレもだ」
 オレ達は目と目を見かわした。
「バスケしよう。光樹。1on1しよう。近くにコートがあるの見つけたんだ」
「でも……オレは赤司には敵わないよ」
「謙遜するな。オレもちょうど相手が欲しかったところだ。オレの大学の部活も見てみたが、光樹よりバスケの上手い選手は、先輩のうちにも二、三人しかいなかった」
「まーたまたー」
「相田サンともその話をした。『よく見てるわね。赤司君。降旗君を宜しくね』と言われたよ」
 またカントクか……。カントクはオレの為に水面下でいろいろ言ってくれているんだなぁ……。
「キミは弱そうに見えるけどちっとも弱くない。だからオレは惹かれたんだ」
 ――友達としてだな。赤司程の男に認められるのは嬉しい。
「相田サンにもそう言ったら、『赤司君、目が高いわね』と褒められたよ」
「そっか……」
 オレはついふにゃりと笑ってしまったらしい。
「光樹の笑顔は猫みたいで可愛いな。――オレは猫が好きだ」
 そういえば猫を飼いたいと言っていたな。赤司が飼いたいって言う猫は高いんだろうなぁ……血統書つきとかなんとか。
「――赤司が飼いたいなんていう猫は高いんだろ?」
「その辺にいる猫で構わない。でも、オレはその猫と運命の出会いをしたいんだ」
 オレは――ちょっと赤司を見直した。赤司がこんなにロマンチストだなんて――。
「赤司は運命信じるの?」
 鍋を洗い終わったオレはそこら辺に座った。
「信じるさ。運命のおかげでオレはキミに出会えたんだからね」
「――彼女にもそう言ってあげればいいのに……」
「…………」
 赤司はまた黙ってしまった。彼女の話は鬼門だったかな。でも、赤司みたいないい男に『キミとの出会いは運命だ』みたいなことを言われたら、大抵の女はメロメロになってしまうと思うけどな――。
 オレだって、もし女だったら――。
 赤司は立ち上がった。表情が読めない。
「1on1をするんだったな。おいで光樹。キミもだいぶ成長したけど――オレはキミに負けない」

 確かに、オレは赤司に負けた。
「ふー、光樹。キミのバスケは堅実だな」
 あ、それ、顧問にも言われた。
「オレのバスケってそんなに堅実?」
「ああ、人柄がよく表れている。どんなにピンチに陥っても、普通にドリブルして普通にシュートを決める。だから、その時からオレは思ったんだ。キミを洛山に欲しいと」
「オレは誠凛が好きだったけどね。彼女に感謝だな。オレに何でもいいから一番になったら付き合ってあげるって言われたから――」
「光樹……」
「尤も、それでも彼女にはやっぱりフラれたけどね」
 ふわり、と馴染みになってしまった匂いがした。赤司に抱き着かれたのだ。
「光樹……女達は馬鹿だ」
「赤司?」
「女達は外見しか見ようとしない。キミにもそんなところがあるが――オレはね、光樹。キミのそんなところを直したいんだ」
「赤司……」
「キミはいい男だよ。光樹。――いつか彼女が出来たら紹介してくれたまえ」
 赤司が少し離れてぽんぽんとオレの肩を叩いた。
「そんな、赤司こそいい男じゃ……」
「勿論だよ。だって、そうであるように毎日気を使っているんだから。光樹は自然体でいい男だ。羨ましいよ。キミが女だったら確実に惚れてたよ」
 ――え?
 天帝赤司様がオレのことを羨ましいって? 何言ってんだろう。夢でも見てるんではないか……。
「赤司、オレのことからかってんの?」
「オレはからかいなどしない。真剣なんだ。オレも人並みに女は好きだが――ちょっとこの頃自信がない……」
「彼女と上手くいってないから?」
「――光樹。オレには彼女なんていない」
「別れることにしたの?」
「あのねぇ……! ――まぁいい。今はバスケが恋人だ」
 そう言って赤司はバスケットボールにキスをする。
「すっかり遅くなってしまったね。もともと早い時間でもなかったけれど。おいで。一緒に歩こう」
 オレは喉が渇いたので、自販機の前でつい足を止めてしまった。察しの良い赤司がおごってくれた。
 お金を返すよ、と言っても、赤司は笑っただけで、結局受け取ってくれなかった。


後書き
赤司も降旗もバスケは大好き。
降旗クンは普通さが売り。どんな時でも普通でいられるなんて、なかなかいないよ。
だから、赤司様とも普通に暮らせるのかねぇ……。
2019.04.23

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