ドアを開けると赤司様がいました 29

「赤司はいねーんだな?」
 青峰がキョロキョロする。
「うん……まだ帰って来てないんだ……」
「それはオレも既にわかってたことだけどよー……さつき、赤司知らねー?」
「待って。今電話する」
 桃井サンが赤司に電話してる。そうか……本来ならオレがしなきゃいけないことなんだ。ごめんね、桃井サン。
「――赤司君……泣いてる……光樹を、あっ、違った、降旗君を傷つけたとか何とか言って……」
 そんな……傷つけたのはオレの方なのに……。
「もうこの部屋には帰って来れないって……泣いてる……」
 そんなことない!
「貸して!」
 ――オレは桃井サンからスマホを取り上げる。
「赤司――赤司、ごめん。キミの好きな湯豆腐作って待ってるから……帰って来て……」
 ガチャン! ツー、ツー……。
 切れちゃった……。ごめん、赤司、ごめん……! 今回はオレの方が悪い。何べんでも謝るから、だから、帰って来て――! 赤司とオレの、この部屋に。赤司のにおいというか、存在感のまだ残っているこの部屋に。
「オレ、赤司を探す!」
「ええっ?! でも、もうこんな時間ですよ」
「――まだこんな時間だ! それに……オレは赤司といたい……。まだ、赤司と暮らしていたい。赤司と喧嘩別れした――ううん、オレが一方的に悪いんだけど……こんな結末は嫌なんだ」
「そうか……フリ、座れ。話がある」
 青峰が低い声で命じた。
「赤司に関する話?」
 オレは、赤司のことしか頭にないようだった。青峰が頷く。
「――そうだ」
 何だろう。青峰は赤司と付き合いが長いから、赤司のこと、よく知ってんのかな。――オレは座った。
「フリ、信じてくれなくても構わない。だが――赤司はオマエに恋している」
「――うん」
 何となく、そんな気がしていたこの頃。赤司の心に薄々気づいていたこの頃。
 でも、オレは――オレみたいな平凡な男に、赤司みたいな凄ぇ男が恋するはずないって、考えるのに蓋をしていた。それに――赤司は男だし……。
「気持ち悪いって……思うか?」
 赤司は男だけど……気持ち悪いって、思わない。オレはふるふると首を横に振った。涙の滴が飛んだ。
「気持ち悪くなんて――ない」
 それどころか、ずっと、憧れてて――あんな風になりたいなって、思って……。
「赤司も――悩んでたと思うぜ。オレだって、自分が火神を好きだって気づいた日には泣いたもんな」
「そうよー、青峰君、私に電話したんだから……何て言ったか大半は忘れたけど……こう言ってたわね。『オレは火神が好きなんだ! どうしたらいい?!』って――」
「青峰君、それはボクも――初耳でした」
 そう言った黒子は心なしか青褪めているように見えた。
「だって、火神って野郎だし、図体はでかいし、オレの愛するおっぱいも持ってねぇし――何でオレがこいつを好きになんなきゃなんねぇんだと思ったぜ! それに、火神にはテツが――」
「青峰君」
 ――黒子が遮った。
「恋は――理屈じゃありません。ボクだって、何で自分が火神君なんか好きなのか謎ですよ。あんなに大食いで――彼、ボクと出会った時はボクのこと馬鹿にしてましたしね」
「テツを馬鹿にしてたぁ?! そいつは見る目ねぇなぁ!」
「……まぁ、馬鹿にされてた方が助かる面もあるんですけど――奇襲もかけやすいし……」
 なんか、黒子って本当に黒いかもしれない……。
「でも、赤司に会ったあの時、オレ、わかっちまったんだ。――赤司はフリに恋してると……」
 待て待て。青峰……どうして話がそっちに飛ぶんだ?
「赤司がオレに恋してるって、オレでさえ気づかなかったのに、どうして青峰には気づいたんだ?」
「オレも、あんな目をしてたからだよ――。さつきに言われたんだ。あいつが、コンパクト見せてくれて――青峰君、寂しそうって……誰にも気づかれない想いを抱いて、寂しそうって……」
「でも、それは桃井サンもおんなじ――」
「私は女だから、まだ救われてるのよ。テツ君がいつか、私に振り向かないとも限らないし。でも――男同士の恋愛って、不毛でしょ? 少なくとも、世間ではそう言われている」
 ――桃井サンは強いな。
「私ね、青峰君が可哀想に想うの。どうしてこんなに強くて優しいのに、恋愛なんかで悩まなければいけないのかって――。私はいいのよ。いつかテツ君以上の人が現れるとも限らないし――でも……」
「ボクは、桃井サンもやっぱり優しいと思います。いつか、キミに似合いの男性が現れますよ」
「テツ君は優しいね……やだ。涙が……そこ、座っていい?」
「いいですよ」
 オレは言った。青峰も黒子もいつの間にか座っている。
 黒子が微笑んだ。
「ボクは、恋してる人は誰だって素敵だと思います。――緑間君も恋をして変わりましたし」
 あー、高尾のおかげか……。確かに、あいつのアンダーリム越しの目は人間らしいものになっていた。
「赤司君だって、恋をしてもいいと思います。彼がどんなに器用でも、恋愛の部分では不器用なところもあると思います。だから――ボクは彼が好きなんです。友達として」
「黒子……お、オレも……友達として、赤司が好きだった……!」
「『好きだった』って、過去形ですよね。今は?」
「――わからない。でも、赤司にはここに帰って来て欲しい。ここは、オレと赤司の家だから――」
 オレの言葉に、黒子がくすっと笑った。
「降旗君――キミは、平凡でいられなくなるのを恐れなくなりましたね」
「え?」
「キミは、怖かったんでしょう。平凡でなくなるのが。赤司君にどんどん惹かれていくのが怖かったんでしょう」
「何で……そんなことわかるんだよ……」
 オレは手で髪を直しながら訊いた。
「わかりますよ。――家族か友達かわからないけれど、キミが赤司君に惹かれていることぐらい――キミが知っている以上に、ボクと赤司君は頻繁に連絡を取ってたんですよ」
 ああ、そうか……。黒子は以前から人の心を読む能力があった。趣味は『人間観察』だもんな。
「幸いボクらは両想いですが――それでも沢山の想いの屍の上に成り立っている恋だということは知ってます。桃井サンや青峰君のこともきっと傷つけました」
「もういいって、テツ――」
 青峰が溜息を吐いた。
「オレ達はもっといいヤツらと恋愛するんだもんな。オレにはマイちゃんもいるし――」
「そ、そうよ。火神君に恋してる黒子君、私は好きよ」
「それから、オレも、フリに恋している赤司が好きになった。だから――赤司の気持ちにちっとも気づかねぇてめぇに腹が立った」
 腹が立った――そう言う割には、青峰は憑き物が落ちたような顔をしている。
「赤司のことを必死で心配しているフリのことも、オレは好きだぜ。まーったく。オマエらいい感じじゃねぇか」
 ――赤司はまだ帰って来ない。確かにオレは赤司が心配だ。赤司が悪い男に絡まれたらどうしよう……。
 いや、赤司のことだから、返り討ちにしてしまうかもしれないけれど――それを見た誰かが警察に赤司を連れて行ったらどうしよう――。
 気にし過ぎ、と言われたらそれまでだけど……オレは心配性のチワワ青年なんだから……。
「オレ、赤司を探しに行って来る!」
 それが、オレの出来る一番の行動なのだから――。青峰が笑顔で頷いた。
「おう、ここで待たしてもらうぜ。オレもなんかわかったらおめーに連絡するから」
「私も、お料理作ってる」
「げー。さつきの料理は食いたかねーぜ。テツの料理食ってる方がまだマシだ」
「何よそれ。でも、テツ君の料理だったら、私も食べたいなぁ……」
「おい、テツ。何でおめ、火神帰したんだよ。――あいつの料理、見た目はあれだけど、味はまともなんだろ?」
「すみません……火神君を巻き込む訳にはいかないと思いまして――」
「フリは火神のダチだろーがっ!」
「……そうですよね。すみません。反省してます」
 黒子が立ち上がって青峰に向かって頭を下げる。青峰や桃井サン、そして、黒子のやり取りを聞きながら、オレはついくすくすと笑ってしまった。
「笑ってる場合じゃねーだろ。フリ。オレ達はここで――オマエらのこと待ってっからさ」
 ありがとう。青峰。そして、桃井さんに黒子。じゃあ、今度こそ――。
 行って来ます。

 夜のはじめの繁華街には独特の臭いがある。あ、ゴミ箱だ。太りじしの女の人がチリ取りと箒を持って出てくる。――オレをうろんげに見つめている。オレの視線に気づいたからだろうか。
 ――ちゃんと着替えてて良かった。見た目は平凡な大学生に見えるだろう。
 中身は……ちっとも平凡じゃないかもしれないけど。
 だって、オレは――オレも赤司が好きだ。あいつがオレを抱きたいと言ったら――抱かれてもいいかもしれない。ちょっと怖いけど。

後書き
恋している人は誰だって素敵……私もそう思います。
降旗クンも自分の赤司への恋心に気づいたかな?
2019.07.01

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