ドアを開けると赤司様がいました 28

 アキタアカシニステラレルゾ――。

 青峰の声が遠い。海のさざ波の音。磯の香り――。今まで身近に感じられていたものが、遠く感じる。
 オレは、暗闇に突き飛ばされたように思った。
「おい、フリ、フリ……!」
 うるさい! 構わないでくれ!
 ――どうやって皆のところへ戻ったか覚えていない。
「光樹! 青峰! 話は終わったかい?」
 赤司――。
「どうしたんだい? 光樹。顔が真っ青だよ」
 赤司がオレの腕に触った。オレが叫んだ。
「オレに――触るな!」
「光樹……!」
「初めから――同情してたんなら、オレに構うんじゃねぇよ!」
 オレみてぇなチワワ少年にもプライドというものがあるんだ。
「え……何? どうして――」
「オレとの家族ごっこは楽しかったかい?」
 オレはきっと、醜い歪んだ顔をしていたことだろう。赤司が眉を顰める。何かおかしいことに気づいたらしい。黒子も心配そうな顔をしている。
「光樹……何怒っているんだい?」
「アンタなら――何でも出来るんだよな。……オレを家族に選ばなくても良かったはずだ」
「光樹……何だよ。話を聞いてくれ……」
「アンタはチートだから――オレがいなくてもどうとでもなるだろ!」
 そう。どうせ捨てられるなら捨てられる前に捨ててやる!
「オレに親切なふりして、楽しかったかい! オレも馬鹿だな。赤司財閥の御曹司が、オレなんか本気で相手するなんて信じてたんだからな!」
「光樹!」
「触るなって言ってんだろ!」
 オレは、赤司の手を振り払った。
「アンタなんか嫌いだ!」
「光樹……待てよ、光樹……!」
 気のせいだろうか――赤司は泣いているようだった。オレはだっと駆け出した。オレはアパートまで走って帰った。通りすがりの人々がオレを見て目を見開いていた。でも、構やしない。
 オレは、あの部屋を出て行く。あそこには、赤司のにおいや存在感がまざまざと残っているから……。
 涙の粒が斜めに走った。
 ――好きだったよ。赤司。家族として、親友として。決して恋人としてではなかったけれど――。
 自慢の親友だったよ。赤司征十郎。何でも出来るお前。
 でも、アンタといると――引け目を感じてもいた。
 オレは潮の匂いの染みついた海パンを脱ぎ捨て、着替えて布団に入った。
 起きたら出て行く。でも、ちょっと寝込むぐらい構わないだろう。ここは元々オレの部屋なんだし。
 ドアを開けたら赤司征十郎がいた。それが全ての始まりだった。
 ――けれど、もう……終わりだ。
 オレが目を覚まして起き上がっても、赤司はいなかった。まだ帰って来てないんだろうか――。どこか化粧の匂いのする女の部屋にでも慰めてもらいに行ってんのかな。赤司はモテるから――。
 実家に……電話しよう。母ちゃん、いるかな。
 オレは、電話に手をかけた。
 電話にお袋は出なかった。留守番電話の『ピーという発信音の後にお名前とご用件を――』という声が聞こえたので、オレは電話を切った。――とても留守番電話で話せることじゃない。
 お袋は赤司を気に入っていた。怒られるだろうな――オレが。
 でも、じゃあどうしたらいいんだ。平凡なのは罪なのか。
 ――罪だ。
 少なくとも、オレは赤司と暮らすべきではなかったんだ――オレと赤司が暮らすなんて有り得ない。リリィという女の言う通りだ。
 オレは――平凡な男だ。
 オレは、机に座って泣いた。赤司は帰って来なかった。
 ピンポーン。ピンポーン。
 チャイムが鳴った。――赤司?!
 オレはガタッと立ち上がった。どこかで期待していたみたいだ。――赤司が来るのを。
 来たのは赤司ではなかった。黒子と桃井サンと――青峰。
「……よぉ」
 青峰はバツが悪そうにしている。
「――入って」
 オレはリビングの電源を入れた。オレは、今まで一人で泣いていたのだ。真っ暗闇の中を。
「――失礼します」
 桃井サンが言った。続いて黒子も。青峰だけが何も言わなかった。
「ほら、青峰君。ちゃんと謝らなきゃ」
 桃井サンが青峰を促す。
「――海では、済まん」
 青峰に謝られたって――どうせ、遅かれ早かれ来る破局だったんだ。――破局って、恋人同士に使う言葉なのかな。友達同士では使わないのかな。
「青峰君が、海で酷いこと言ったって――私からも、ごめん」
 桃井サンが頭を下げた。桃井サンが悪い訳じゃないのに――。
「ううん。青峰も桃井サンも悪くないよ。こうなる運命だったんだ――」
「それは、違います!」
 黒子が色素の薄い目をオレに見据えた。
「あの時――降旗君と一緒にいた時ですが……赤司君はこの上なく幸せに見えました」
「けど、オレは平凡な男だから――ただの凡人だから……」
 どこにでもいる凡人。赤司はオレを気に入っていたらしいが、どこを気に入ったのかさっぱりわからない。
「降旗クンが平凡かどうかなんてどうでもいいんです。大事なのは、一緒にいて幸せかどうか、ですよ。ボクには、降旗君と一緒にいる赤司君は少なくとも不幸そうには見えませんでした」
「…………」
「オレも悪かったよ。ただ、赤司の気持ちがわかっただけだ」
「青峰君!」
 窘めるように黒子が叫ぶ。
「オレもよぉ――お前らがあんまり幸せそうなんで嫉妬したんだな……きっと」
「青峰君には桃井サンがいるんじゃ――アイドルの堀北マイちゃんにも恋してたし。オレ、マイちゃんに恋出来る青峰、羨ましかったよ」
「さつきにはテツがいるさぁ……」
「でも、青峰と桃井サンもお似合いだなって、オレ、密かに――」
「オレには他に好きなヤツがいるんだ」
「――誰?」
「……引かねぇか?」
 だから! 誰だよ! 青峰! さっさと喋れ!
「――火神大我だよ」
 ――え?
「でも、それじゃあ……」
「そういう反応する……だから言いたくなかったんだよ」
「ボクも火神君が好きです。これに関しては譲れません」
 黒子が言った。
 そう――火神と黒子はお似合いだった。一対の光と影だった。青峰はどんなに辛かったかしれない。
「青峰……告白してくれてありがとう」
 そして、オレは青峰の日焼けした手をぎゅっと握った。青峰が目を見開いた。
「フリ、お前……オレは、お前に対して、あんな酷いことを言ったんだぞ。それに、赤司にとっても……」
「でも、謝りに来てくれただろ?」
 黒子がオレの肩に手を置いた。
「降旗君。君は平凡でも凡人でもありません。ボクだったら――青峰君に怒っていたところです。それに、平凡なのは悪いことではないです」
 あー、そういや、黒子って怒りの沸点意外と低かったな……けれど、それは筋を通すためであって、私怨で怒ったことはないはず。
 黒子なら、青峰に怒っても――青峰が反省して謝ったら即座に赦すだろう。オレも、青峰に悪気があったとは思わない。青峰はきっと――オレに大切な何かを伝えたかったに違いない。
 重要な――赤司やオレにとって、特別な、何か。

後書き
青峰クンの告白。そうです。私は青桃も好きだけど青火も好きなのです。
赤司様や降旗クンにとっての特別な何か。二人の関係性も変わりそうです。
2019.06.29

BACK/HOME