ドアを開けると赤司様がいました 26

 花火もいいけど、この夏の匂い――。爽やかな風。夏の夜の匂い。一生懸命育とうとする雑草の青い匂い――。それらが花火の記憶と混じり合って、オレはうっとりとする。
 ガサガサという物音がした。
「真ちゃん。早く早くー」
 この声は高尾だな。真ちゃん……ということは緑間も一緒だな。
「もう少し落ち着いていられないのか――」
「だって、早くしないと花火終わっちゃう……」
「あ、赤司に降旗。妙なところで会うのだよ」
「ここは見晴らしがいいのでね。夏祭りに紫原と氷室サンもいたよ」
「そうか――世間は狭いものなのだよ」
 緑間はアンダーリムの眼鏡のフレームをカチャッと直した。高尾が微笑む。高尾は赤いカチューシャまで頭につけてる。女子じゃないんだから。
「赤司サンに会えて良かったー。紫原にも会いたかったな」
「だったらお前だけ祭り会場に戻ればいいのだよ」
 緑間が祭りの賑わいを指差す。包帯でテーピングされた細く美しい指先。ここからあの人間離れした3Pシュートが撃てるんだな……。チームメイトとはよくダンクがいいか3Pシュートがいいかモメてたようだったけど。
 ――特に黒子と言い争っていたと赤司は教えてくれた。
「やだよ。真ちゃんいないのにオレだけ戻るなんて。ねぇねぇ、赤司。ここで見ていい?」
「別に悪くもないだろう。そうだろう? 光樹」
「うん。賑やかになって楽しいよ」
 緑間も高尾も浴衣だった。緑間は紺の無地で、高尾は金魚柄。――そういえば金魚持ってんな、こいつ。似合ってるから別にいいけど。
「高尾は金魚すくいやって来たの?」
「うん。うちで飼う予定」
「高尾は無駄に器用なのだよ」
 緑間の言葉に高尾は笑った。
「真ちゃん。失礼だよ。それ――」
「――器用って言ってやったのだよ」
「緑間の褒め言葉は普通の人には褒められてる感じがしないんだ。高尾だから笑って許してるんだよ」
 赤司がこそっと囁く。
 そうかもしれない。無駄に器用なんて、器用貧乏みたいじゃないか――高尾も案外懐深いな。
 やっぱり緑間の相棒を務められるのは高尾しかいないのかもしれない。
「あっ、また花火。たーまやー」
 そう言いながら高尾は動画を撮る。あ、オレもスマホ持ってくれば良かった。赤司は涼しそうな顔で花火を観ている。意外だな。この男も動画ぐらい撮るのかと思ったのに。
「何だい? 光樹」
「赤司は動画撮らないの?」
「専用のスタッフが撮影している」
 花火撮影専用のスタッフか――流石は赤司家。
「父様にも見せてあげたくてね……」
 花火の光に照らされる赤司の顔は綺麗だった。――オレはまた花火の方に目を遣った。
 花火は一瞬の美。
 だからこそ、オレは花火が好きなんだ。昔は綺麗だからと言うので、ただ単純に好きだったけど。
「花火は日本の夏の風物詩なのだよ」
 緑間が言った。高尾も「そうだね」と答える。
「真ちゃん。帰ったらうちで動画一緒に観ようよ」
「――別に否やはないのだよ」
 こいつら、高尾ん家で何やる予定なんだろ――つうか、二人は同居してるんだっけ。すっかり忘れてた。
 でも……緑間は花火じゃなくて高尾を見てる。
 やっぱりこいつら恋人同士なんかな。バスケでの高尾のパスも精密で、初めて見た時はびっくりしたし。
 ――恋人同士でなくても、心は繋がっているんだな。羨ましいな。そういうの。――その時、オレは赤司征十郎のことを思い出していた。
 赤司は違う。オレと赤司は違うんだ。赤司はチートだし、オレはその……普通の男だし。赤司と心が繋がってるなんて言ったら、赤司は「心外だ」と笑うんじゃないかな。
 でも――
 いつだったか、夢の中のようだけど、赤司はオレを見分けてくれた。例え天帝の眼のおかげだとしても。
 だからオレ、赤司が好きになったんだっけ。恋じゃないけど――。
 そんなことを思いながら、花火を見つめている。花火は綺麗だけど、さっきは気もそぞろだった。
 でも、やっぱり花火は美しい……オレが見惚れていると……。
 高尾が動画を撮っている。オレを――。
「高尾ー。オレ撮ってんのー?」
「そだよー」
「緑間撮ってやればいいのに」
「真ちゃんも勿論一杯撮るよ。でも、ついでにね――」
 オレはついでか――苦笑してしまった。
「赤司も撮ってやるよ」
「それはどうも」
 高尾のセリフに動じず、赤司は答えた。
「思い出になるかんねー。ホントは真ちゃんと二人っきりで来たかったんだけど、赤司達もダチだから別段いいかなって」
 赤司がダチ――。
 平気でそう言える高尾の神経の太さが羨ましいよ。赤司が空を指差した。
「あ、名物の連続花火がまた上がったよ。高尾クン撮ったらどうだい?」
「……そうだ! ここに来たのも元はと言えば花火撮る為にだったんだ」
 喋りながら高尾はスマホを構える。そしてまた喋る。
「今はいろんな花火があって面白いね。さっきはハート形のもあったし」
 ――え? ハート形の花火なんて別に見えなかったけど……。
「でも、形崩れてハートに見えなかったけどねぇー」
 げらげら笑いながら高尾は言う。――なるほどそういうことか。笑いながらも構えた手はぴたりと止まったままだ。確かに高尾は器用だ。
「……降旗。赤司が迷惑かけてないか?」
 緑間が訊く。何で皆オレの心配ばかりするんだろう――オレ、そんなに頼りなく見えるのかな。赤司が何でも出来るから……。でも、他人に心配されるのは嬉しいけどやっぱり少しシャクだ。
「赤司とは上手くやってるよ。オレ」
「そうか――なら良かった。赤司は不安定なところがまだ少しあるし」
 何だ。緑間は赤司の心配をしてたのか。――キセキの中では一番赤司と仲がいいって聞いてたからな。緑間は。
 赤司征十郎が二人いる。それを見破ったのもこいつらしいし。
「――緑間。赤司にはアンタも必要だよ」
 花火を眺めながらオレは言った。
「そうだな。――オレには緑間も必要だ。……それに高尾も」
「えへへ。仲間に入れてくれてどうも……」
 高尾は柄にもなく照れているらしかった。
「嘘じゃないよ。キミ達のおかげでオレも光樹と一緒に暮らす勇気が持てたからね」
「え、それって……」
 高尾の声がドーン、と言う音でかき消された。――高尾は何を言いたかったんだろう。
「たーまやー」
 高尾がまた叫ぶ。そして、きゃっきゃっとはしゃいでいる。何か……可愛いな、高尾って。緑間が傍に置いておきたがるのもわかる気がする。
 ――まぁ、赤司からの話の推測で、緑間は高尾に惚れている……というか、少なくとも嫌いではない、と思ったのだが。
 でも、高尾も一人ではしゃいだって虚しいだけだ。高尾もそれはよくわかっていると思う。
 だから、緑間が隣にいるのが、高尾にとっても嬉しいんだ。緑間も、ただうるさがっている訳ではないらしい。おは朝のラッキーアイテム探しなんて奇行に付き合ってくれる人間なんて、高尾しかいないだろうしね。
 それに……緑間と高尾の間にはバスケがあるから。
「綺麗だな……」
「そうだねー……」
 ――オレは見た。緑間が傍にいる高尾を凝視しながら綺麗だと言ったことを。いつの間にかさり気なく高尾の隣に移動してるし。しかもちゃっかり手まで繋いでるし。動画ブレねぇかな。
 というか、もう動画なんてどうでも良さそうだけどね。あの二人。それに、最近のスマホには手ブレ防止なんてのがあるんだし高尾は器用だし。
 やっぱりこいつら恋人同士なんだな……。
 それを知ったからとて、どうということもないんだけど。でも、最近男同士でくっつくのが流行ってんのかなぁ……。オレも赤司の横顔が綺麗だと思ったから、人のこと言えないんだけど。
 赤司。オレは卒業まで――ううん。赤司があの部屋を出て行くまで清い体でいるからね。
 別段、赤司が恋人な訳じゃないけど――願掛けみたいなものだ。それに、オレに惚れてくれる女なんて、多分いない。
 また、ドドーン! と大音響がする。それぞれの想いを照らすように、空から小さな光の粒がまとまって降って来た。オレは寂しさに少し胸を食まれた。

後書き
今回は(今回も、かな)緑高要素ありです。
花火って綺麗だけど、ちょっと切なくもありますよね。日本人の夏の心。
2019.06.24

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