ドアを開けると赤司様がいました 25

 縁日に行くとアセチレンランプの匂いがする――昔はそうだったらしい。オレはアセチレンランプなんてじいちゃんの話でしか知らないが。今はアセチレンランプなんてないもんなぁ……。
 オレは浴衣を着ている。――無理矢理着せられたのだ。汚すと困るから、と言ったけど、安物だからと押し切られてしまった。安物でも、きっと高いんだろうなぁ……。
 でも、いろんな屋台が出てて縁日みたいで楽しい。これは花火大会で縁日とは違うんだけど、昔は毎日縁日でもいいなぁ、と思ってたくらいだった。
「あれー、赤ちんに旗ちんじゃない~?」
 そのゆるーい話し方は……。
「やぁ、紫原。氷室サンはいないの?」
「これから来るって~」
 オレと一緒に来ていた赤司が手を挙げた。紫原敦。キセキの連中の中では一番でかい。でかい体を維持する為なのか、それとも元々食欲旺盛なのか、いつも何かを食べている。――多分、食欲旺盛なんだろうな。きっと。
 紫原は高校は秋田だったけど、今は都内の大学に行っている。スカウトも来たみたいだが、本当は氷室サンを追っかけて来たらしい。……どっかで聞いた話だな。
 そんな紫原は今日はたこ焼き食っている……いいなぁ……。
「紫原、たこ焼き屋どこにある?」
「あっち」
 紫原はたこ焼き屋を指差す。
「敦、遅れてごめん。あ、赤司サンに降旗クン」
 ――イケメンがやって来た。氷室辰也さんだ。火神の兄貴分だ。
「いい柄だね。二人とも。――降旗クンは朝顔かい」
「そうだよ。光樹は何でも似合うだろう?」
「いやぁ……でも、汚しちゃいけないと思うとちょっと気を遣うな。赤司からの借りものだから」
「その浴衣、欲しかったら上げるよ」
「そんな……悪いよ」
「遠慮することはない。オレ達は家族なのだから」
「今、一緒に住んでんだよね~」
 ドキッとしたオレは、何となく赤司を見た。赤司は言った。
「紫原にはオレから話しておいたから」
 キセキって、結束力固いな。それでジャバ何とかいうアメリカのいけ好かないチームもやっつけたし。その時は火神と黒子もいたけど。
 それにしても、家族か……。オレはほわんとなった。
「ルームシェアをしているんだ。光樹には世話になってる」
 赤司の言葉にオレは慌てた。
「オレの方こそ、赤司には世話になってるよ。美味しいご飯も作ってくれるしさぁ。――オムライスとか」
「オムライス~? オレも好き。てか、オレ、にんじん以外何でも食べるし。あ、たこ焼きもうなくなっちった」
 紫原、にんじん嫌いなのか……なんか可愛いな。でかい図体して……。
「オレが買ってくるよ。降旗クンのも……」
 氷室サンが言った。
「ええっ! 悪いですよ。そんな……」
「大丈夫。キミの分は後でキミからもらうから」
 ははっ。氷室サン、ちゃっかりしてんな~。
「赤司クンもどうだい?」
「たこ焼きは美味しいものは美味しいと聞く。ここの屋台のたこ焼きも是非とも食してみたい。――お願い出来ますか? 光樹とオレの分はオレが出しますので」
「わかった、それじゃ」
 氷室サンはたこ焼き屋に行って、おっちゃんと何か話している。いい匂いもするし、今回は当たりらしい。紫原も満足したようだし。
 あのくるっ、くるってひっくり返すところがすごいんだよなぁ……。たこ焼きは。
「あのさ、赤司はこんな縁日……というか、屋台の並んでいるところ来たことあるの?」
「たまにね――母さんが生きている頃にはよく行ってたよ」
 うっ、悪いこと訊いちゃったかな……。
「今は平気だよ。そんなに気にしてもいないしね」
 赤司はエスパーじゃないかと思う。例えばそんな答えが返って来た時……。心でも読んでんのかな。日向サンも『赤司には心を読まれたことがある』と言ってたし。妖怪サトリは今吉さんの専売特許という訳でもないらしい。
「あのね~、オレ、赤ちんに勝てるかも、な~んて思ったことあるんだ。でも、勝てなかった……」
 あ、バスケの話か。
「うん。赤司はすごいよ」
「よしてくれよ。二人とも……楽しんでやってればどんな人でも上達するよ」
「そうだねー……黒ちんなんて、技術はないけど、特殊能力持ってるし」
 ――ヤバイ。
 黒子が褒められて嬉しいなんて思うオレがいる。オレも黒子好きだからなぁ。――友達として。
「買って来たよ。はい」
「おー、旨そう」
 香ばしく焼けたたこ焼きにタレにマヨネーズにふわっとした鰹節。いっただっきまーす。オレはたこ焼きに爪楊枝を差す。
「ん~、おいひ~」
「幸せそうに食べるね。光樹は」
 赤司がくすっと笑った。
「わかるよ~。オレもお菓子食べてる時は超幸せだし」
 だよねだよね。やっぱりオレはまだ成長期は終わってないと思うんだ。だから腹も減る!
 紫原は育ち過ぎだと思うけど……。
「ありがとうございます。氷室サン。これ、いくらしました~?」
「二百五十円」
「待って。光樹の分もオレが払うよ。二人分で五百円だね」
 赤司は懐から西陣織の財布を出す。
「だから、オレは……」
「いいだろう? 光樹。ここはオレの顔を立ててくれても。キミはいつも贅沢とか嫌ってるから……こんなのは贅沢には入んないのにね」
 そしてちょっと寂しそうな顔をした。憂い顔も綺麗なんだよな。こいつ。――イケメンって得だよな。
「ムダ金を使うのがイヤなだけっス」
「じゃあさ、赤ちんオレにおごってくれる~?」
「何言ってんだよ、敦。お母さんからいっぱいお金もらっただろ? キミは」
「足りてねーし」
「敦は腹八分目でちょうどいいんだよ!」
 氷室サンは紫原を敦と呼ぶ。名前呼びする程仲がいいってことかな。
 あ、オレが赤司のこと、征十郎と呼ばないのは嫌いだからじゃないよ。オレには赤司の方が呼びやすいから……。ほら、紫原だって赤司のこと『赤ちん』って呼んでるじゃん。そういう類だよ。
 紫原がオレのことを見下ろす。
「ねぇ、旗ちん。今、幸せ?」
 え? 何? 突然――。
「うん。幸せだけど?」
 ――まぁ、期限付きの幸せだな。赤司の父さんは話のわかる人になっていたらしいけど。
「いいんだけどさぁ……赤ちん不幸にしたら許さないよ」
 ズキッ。
 ――心が痛む。赤司はオレが同居人で幸せなんだろうか……。
 赤司は氷室サンとバスケ談義に花を咲かせている。とても楽しそうだ。氷室サンもいい男だよなぁ……。
 ――今日はアレックスさんはいないみたいだ。まぁ、アレックスさんはアメリカかな。氷室サンに常時くっついてなきゃいけないっていう訳でもないだろうし。――でも、オレ、最近アレックスさんに似た人を見かけたことがあるんだ。
 紫原と氷室サンとアレックスは三角関係みたいだ。アレックスを巡ってではなく――そのう……氷室サンを巡って。赤司に聞いた話で。赤司は恋バナが好きなのだ。意外にも。
 ……なんつーか、世の中乱れてるよな。氷室サンはアレックスのことが好きみたいだけど。
 でも、紫原もいいヤツなので、オレは紫原の幸せも願っている。
「あー、お好み焼きだ」
「……買ってきていいよ、敦」
 氷室サンは紫原のブラックホールの胃袋を止めることは諦めたみたいだった。
 でも、そんな紫原もにんじんだけはダメだって言うから……すげーな、にんじん。
 ……にんじんに感心している場合ではなかった。
「花火よく見えるところへ行こうよ」
「オレ、ここでいい。屋台たくさんあるし」
「じゃあ、オレもここにいるよ」
「オレ達はもうちょっと見晴らしのいいところへ行くよ。――邪魔したな。紫原に氷室サン」
 赤司がそう言ってオレを連れて行く。――赤司が見つけたとっておきの場所だそうだ。
 ドドーン! と、花火が空に咲く。オレは、赤司が隣にいるのも忘れて思わず見惚れてしまった。ここに連れて来てくれたのは赤司なんだけどね。

後書き
紫原くん登場。
お祭りって意外な人と会えるから楽しいですよね。
2019.06.22

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