ドアを開けると赤司様がいました 24

「ところで、君は征十郎とそう背丈が違わないように見えるね」
「はぁ……」
 黄瀬や緑間や青峰と比べても、俺らチビだよなぁ……。紫原は別格だけど。オレのコンプレックスだ。きっと、赤司も気にしているに違いない。尤も、そんなこと表に出すヤツじゃねぇけど。
 黒子もバスケ選手としては背は小さい方だったけど……。
「――抱き締めてもいいかい?」
「はい?」
「――ハグするだけだ」
「まぁ、それだけなら……」
 オレを腕の中に納めながら、赤司の父親は言った。
「昔はよく、こうやって征十郎のことを抱き締めたものだったよ――懐かしいな……今はもう、そんな隙を見せなくなったからな。あやつも。あの子は完璧過ぎて、どう接していいかわからんのだ……」
 赤司の父さん――何だかイメージと違う……。
 赤司や緑間に聞いた話からは、厳しくて、普通の人――例えばオレなんかだと降参する程の教育を受けさせた男ってのが頭にあったんだけど……。
 赤司の父さんも、赤司をどうしたらいいかわからなくて、ただただ厳しくしていただけなんじゃないか……?
(ごめん、征十郎)
 オレは、心の中とは言え、初めて赤司の下の名前を呼んだ。赤司の父さんも赤司も、どうすべきかわからなかったのじゃあるまいか。
 それを知らずにオレは、ただ外に現れた姿を見ているだけで――。
「降旗君――いや、光樹君。君に征十郎を任せて良かったよ……」
 何で赤司の父さんはそんなこと言うんだろう。全て、赤司の力だったと言うのに――いや、黒子達やキセキのヤツらもいたというのに。
「征十郎は、まだ、自分の中の空白を埋められずにいる。……そこまで追い詰めてしまった私の責任でもあるのだが……キミの力で何とか出来ないだろうか」
「それムリ」
 オレはすらっと言ってしまった。よりによって赤司の親父さんの目の前で。
 けれど、不思議と、いつもの『怖い』という感情は起こらなかった。あの赤司の父親が相手だと言うのに。
 至近距離で目と目が合わさる。オレにはもう、答えは出ていた。
「それは、仲間達皆でやるんスよ――勿論、オレも含めて。バスケってそういう競技でしょう?」
「君……」
 すっ、と赤司の父親はオレから離れた。
「ずっと気になっていた――征十郎が選んだのが何故キミなのかと。何故黒子君ではなかったのかと。それが……わかったような気がする」
 そうか。赤司の親父も気づいてたか。黒子の天才性。
 天才でないからこそ、天才で有り得る矛盾した存在。
 オレは、黒子にも赤司にもなれない。だから――それでいいんだ。
「光樹君、弱気な姿を見せて済まなかったね」
 あれ? 親父さんもオレのこと光樹って呼んでる。――まぁいいや。イヤな感じはしないから。
 けどなぁ……赤司はもしかしたら、ハーバードやケンブリッジも狙える可能性があったはずだ。
 それでも日本に残ったのは――オレがいたから?
 ――いやいや、自惚れんな降旗光樹。オレは、ちょっとバスケが好きなだけのどこにでもいる大学生に過ぎないんだ。しかも三流大学の。
「光樹君。君が息子の友達で良かったと思ってるよ」
 友達――そうだなぁ……でも、本当に友達だったんだろうか……。
 オレが、そうだったらいいな、と思っているだけではないだろうか――。あの、リリィとかいう女のように……。
 リリィだって、オレさえいなきゃ、赤司に鬱陶しがられつつも何とか彼女役をやって行ったんじゃないだろうか――いや、彼女は裏表があり過ぎるけれども。
 オレが、それと違う人種である、という保証はどこにもない。
「坊ちゃま、お待ちくださいませ!」
 メイドの声がする。どうしたんだろう。
「坊ちゃま!」
 メイドの声と共にバンと扉が開いた。開けたのは――赤司。
「父様……遅いですよ」
「む……まだ十分も経っていないはずだが」
「それでも! 充分時間は経ってます。今度は光樹に何吹き込んだのですか」
「光樹君が、征十郎の友達で良かった、と思っていたのだ」
 赤司の口がぽかんと開いた。まさか赤司がそんな表情をするとは思えない顔を、今の赤司はしている。
「光樹君のご両親にも改めて挨拶に行かないとね。それよりも、征十郎。明日は母さんの墓参の日だよ」
「ああ、そうですね……」
 今はお盆なのだ。
 本当は海に行きたかったんだけどね――そう赤司は洩らした。
 ……赤司は普通というものに憧れを抱いているらしい。まぁ、そう悪いもんでもないしね、普通も。
 だって、赤司は生まれた時から普通でない環境に入れられたのだから。けれど、いつか赤司は言っていた。
(ねぇ、光樹――世の中にはオーディナリーピープルという存在はないんだね)
 オーディナリーピープル――普通の人々。オレなんかは正にそれに当たると思ったんだが。
 でも、みんないろいろ個性がある。だから、人間は面白い。赤司もきっとそう感じていることだろう。
 人の言う天才のイメージが凝って形になると、赤司征十郎になるに違いない。天才というのは、誰もが羨むものだけど、本物はごく少ない。
 黒子テツヤは本物の天才だ。――だから、赤司は注目しているのかもしれない。赤司はよくDVDで黒子と火神の活躍を観ている。
 そんなに黒子が好きなら、黒子のところへ行けばいいのに――そう思ったことも一度や二度ではない。でも、赤司は普段はオレを大事にしてくれている。
「光樹。もうすぐご飯だよ。――あれ? なんか震えてないかい?」
 しまった――。オレはそう感じているのだ。
 オレはテーブルマナーをよく知らない。青峰とどっこいどっこいだ。
 こんな豪邸で出てくる料理は、さぞかし豪華に違いない。やったー、と喜ぶ代わりに、どう振る舞えばいいのかがまずわからない。オレのチワワメンタルが復活した。
 ――もう帰ろう。
「あ、あの……オレ、食事はちょっと……」
「大丈夫」
 赤司がオレを励ますように手をぎゅっと握る。
「今日のは湯豆腐だから。湯豆腐なら、光樹も好きだろう? オレの好物に付き合わせて悪いんだけどね……」
 何だ。湯豆腐か……オレは相当ほっとした。これが高尾辺りだったら、
「えー、もっと豪華なのないのー?」
 と、騒ぐに違いない。湯豆腐は健康にいいんだぜ。赤司の父が口を出す。
「征十郎がうるさいと思って店は吟味して選んでみた」
「いつもの店でいいですよ」
「そうだな。その方が無難だろう」
 湯豆腐を出す店かぁ……わざわざ湯豆腐を食べに店に行ったことないからなぁ、オレ。湯豆腐は家族で囲むものだと思ってたし。
 ああ、父さん、母さん。何で人畜無害のオレを金持ちの家という異世界に放り込んだのですか! しかも訳ありの! 確かにこの道を選んだのはオレだけど……。
「光樹。浴衣着よう」
「結構です」
 ――こうなったら無の境地。あのお袋でさえ、赤司に対してはテンパってたもんな。オレは石だ、石だ……石の心だ……。
 ここで出す浴衣なんて借りたら、目ん玉飛び出ちゃうくらいの値段を聞いてびっくりしないとも限らない。
「それから……明日は花火大会があるんだ。父様も行かないですか?」
「悪いが夜は仕事がある。征十郎は自由にしてて構わないが、私には赤司の家を守るという大事な仕事があるからね」
 そんな言い方したら、赤司が済まなく思ってしまうじゃないか。父さんは仕事してるのに、オレ達だけ楽しんで……って。
 ところが、赤司は実に晴れやかに、
「わかりました。縁日もあるのですが、光樹と一緒に楽しんで来ましょう」
 なんてのたまう。
「そうか。光樹君、征十郎を宜しく頼んだよ」
 何だか宜しくしてんだか宜しくされてんだかわからないな……。
 赤司は夕食の後、母親の写真を見せてくれた。綺麗な人だった。
 ――その日オレは、赤司家の寝室でい寝がての夜を過ごした。

 赤司の家の墓はやはり立派だった。赤司の親父さんは、お坊さんと仲良く談笑している。
 あの人達はほっといて行こう。――そう赤司は言ったが、そう言う訳にもいかないじゃねぇか。
 けれど、赤司家の墓に手を合わす親父さんの目からは涙の筋がひとつ、頬を伝っていた。
(詩織。――お前が正しかったよ)
 赤司の父さんがそう呟く。へぇ。赤司の母さんて、詩織って言うのか……。綺麗な名前……。昨日名前聞きそびれたからな。
 赤司征十郎をバスケの道に導いたお母さん。オレにとっては、恩人……でもあるのかなぁ。まぁ、日本のバスケ界には貢献しているかもしれない。
 可憐な感じの詩織さんの写真を思い浮かべながら、オレは、(赤司――征十郎を生んでくださってありがとうございます)と、心の中で唱えた。

後書き
赤司様のお父様もいい人だったのではないかと思います。
でも、赤司様の支えになってくれたのはお母様だったのでしょうね。
赤司様のお父様はきっとお母様のことも愛していたことでしょう。
2019.06.20

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